久しぶりのデート

 約束の日曜日。待ち合わせ場所についたのは約束の時間の一時間前。別に時間を間違えたわけではない。ただ、家に居ても落ち着かなくて出て来てしまった。ベンチに座って、着いたことを彼女に知らせるメッセージを打ち込み、流石に早く着きすぎてプレッシャーを与えてしまうかもしれないと思い直し、消す。待ち合わせ時間までどこかで時間を潰そうかとスマホをしまって顔を上げると、駅の方から歩いてくる彼女が見えた気がした。見間違いかと思い二度見すると、小走りで近づいてきて、私の目の前で固まった。


「……なんで、居るんですか。約束の時間までまだ一時間ありますよ」


「早く君に会いたくて。来ちゃった」


「……いつから居るんですか?」


「昨日から」


「……」


「うそうそ。さっき来たばっかだよ。で? 君は? なんでこんなに早く来たの?」


 問いかけると、彼女は恥ずかしそうに目を逸らして、私の隣に座って絞り出すような声でこう答えた。


「……貴女と、同じ理由です。……早く、会いたくて」


「……なんて? よく聞こえなかった」


 照れてる彼女が可愛くて意地悪して聞き返す。彼女はムッとして「貴女に会いたくて早めに家でたら早く着きすぎました!」と開き直るように叫んだ後、真っ赤になった顔を両手で隠した。顔を覆った両手の隙間から「先輩の馬鹿」とくぐもった声が漏れる。


「森中先生って、ほんと可愛いですよね」


「せ、先生って呼ばないでください。私はもう、貴女の先生ではないんですから……」


「はーい。わかりましたよー。森中せーんせ」


「もー!」


「ごめんごめん。で、まだだいぶ時間あるけどどうする?」


 今日は映画を見に行く予定になっている。ここから劇場までは十分程度だが、今から劇場に行ったところで上映時間まではまだ一時間以上ある。劇場内に併設されているショップを見ても有り余る。


「あそこ確か、ゲームセンターありましたよね」


「ああ、あるね。確か、当日上映回の映画のチケットを見せるとメダルが貰えるんじゃなかったかな。つってもすぐ無くなるだろうけど」


 劇場のある建物へ向かい、地下のゲームセンターへ。受付でチケットを見せて貰えたメダルは一人三十枚。そのわずかなメダルを抱えて向かった先は、投入したメダルを機械で押し出してフィールドにあるメダルを落とすゲーム。プッシャーゲームというらしい。


「これはどうやって遊ぶのですか?」


「狙いを定めて、ここにメダル入れて、台に乗せるだけ。そしたら動いてる台にメダルが押し出されて、フィールドのメダルが落ちてくる。それを繰り返して手持ちのメダルを増やしていくんだ。で、真ん中に穴あるでしょ? あそこにメダルが入るとスロットが回るんだよ」


「……なるほど」


「葉月ちゃんもしかして、ゲーセン初めて?」


「いえ。でも普段はクレーンゲームしかやらないので。メダルゲームは初めてです。あ、スロット回りましたね。これは、7が揃うといいんですか?」


「基本はそうね。あ、もうメダル無いわ」


「えっ、早くないですか? 私のメダル使います?」


「いや、良いよ。出たやつ拾うわ」


 落ちてきたメダルを拾いながらちまちまと打ち続けていたが、やはり元手が少ないから十分ほどで終わってしまった。

 メダルが入っていたカップを返却して次に向かったのはクレーンゲームのコーナー。しかし彼女はクレーンゲームよりプリクラが気になるようだ。


「葉月ちゃんプリクラ撮ったことなさそー」


「無いですよ」


「だよねー。ああいうの苦手そうだもん。撮ろー」


「苦手だと分かっているのに連れていくんですね」


「とか言いながら拒否らないじゃん。なんだかんだで興味あったんっしょ?」


「……でもこういうの、若い子が撮るものじゃないですか」


「えー? 人生百年時代だよ? アラサーなんてまだまだ若い若い」


 躊躇う彼女を少々強引にカーテンの中に引き込み、お金を入れて機械を弄る。


「手慣れてますね」


「ふふん。なんせ私、最近までJKだったからな」


「そう言えばそうでしたね。学生の頃も皆さんと——「はい撮るよー。画面見てポーズ取ってー」え、あ、こ、こうですか?「どんどん撮っていくからね」あわわわ」


 初めてで戸惑う彼女をよそに、機械はどんどん次のポーズを指定してくる。出来上がった写真はどれも戸惑いを隠せない顔をしていて、思わず笑ってしまう。


「なかなか難しいですね」


「えー? 何がよ。適当にポーズ取るだけじゃん」


 その適当が難しいんですよと彼女がぶつぶつ言っている間に、真顔でピースする葉月ちゃんの下に『葉月ちゃんせんせー♡』と、自分の下には『せんせーのかのじょ♡』と落書きをする。


「って、何書いてるんですか。"せんせー"ってなんですか"せんせー"って」


「えー? だって、漢字にしたら堅苦しいじゃん?」


 そういう問題では無いと彼女はため息を吐く。浮かれている感満載で恥ずかしくて嫌だとのこと。


「特にこのハートマーク」


「いいじゃないの。浮かれてんのは事実なんだし。プリントしまーす」


「あっ、ちょ、落書きは消してくださいよ!」


「だーっはっは! もう遅い!」


「ああ……」


「んふふ。はい、葉月ちゃんの分」


 プリントされた写真を彼女に渡す。彼女は険しい顔をしながらもそれを受け取ると、その険しい顔のまま「先輩はこれ、どうするんですか?」と私に問う。まさか見えるところに貼ったりしないだろうなという心の声が聞こえたが無視して「スマホケースに貼るよ」と答える。「正気ですか?」とありえないものを見るような目で返事がきた。


「酷っ!? どうせ、見られるの恥ずかしいからやめてって言うんでしょ。内側なら問題ないでしょ?」


「……」


「……分かった分かった。財布にでも忍ばせとくよ」


「そうしてください。……私は、こういうのは、二人だけの思い出に留めておきたいですから。だから……あんまり、人に見せびらかしたくないです」


「……」


「……な、なんですか」


「……いや。可愛いこと言うんだなって思って。てっきり『いい年してこんなラブラブアピールして痛いじゃないですか』って言うかと」


「……それは、思ってますけど」


「あ、思ってはいるのね」


「せ、先輩のことを痛い女だと言ってるわけじゃないですよ! ただ……そうやって必死にアピールして、すぐ別れそうとか思われるの……嫌ですし……」


「葉月ちゃんって人の目を気にしすぎるところあるよね」


「貴女が気にしなさすぎなんですよ!」


「あはは。それはそうね。分かったよ。じゃあこれは、誰にも見せないようにする。好きな人にそんな可愛いこと言われたらそうするしかないよね。ふふ」


「……そうやってすぐ好きとか可愛いとか言うのもやめてください」


「ええー……まさかこれも、外からみたらアピールしてるように見えるとか思ってる? そんなに気にしてたら私何も言えなくなるし何も出来なくなるじゃん。てかなに? もしかして葉月ちゃん自身もアピールだと思ってたりする? 私は本気で君のこと好きなんだけどなぁ。心外だなぁ」


 と揶揄うと、彼女は本気で私が傷ついたと思ったのかハッとして頭を下げた。そしてごにょごにょと何かを言うが、聞き取れない。聞き返すと顔を上げて、目を逸らしながらこう言った。「周りがどう思うとかではなく、私が恥ずかしいので」と。その反応が可愛すぎて思わず固まってしまうと「何か言ってくださいよ」と、彼女は私に目をやる。何かと言われても「可愛い」しか出てこない。


「もー! 話聞いてました!?」


「聞いてた。葉月ちゃんが可愛いこと言うから悪い」


「そ、そんなこと! 先輩だって可愛いじゃないですか!?」


「えっ。お、おう、ありがとう?」


 流石の私も不意打ちをくらってドキッとしてしまったが「違うんですよ! そうじゃなくてぇ!」と明らかに混乱している彼女の反応に笑わずにはいられなかった。


「ふふ。分かった分かった。人前ではなるべく控えるようにする。あんまり言いすぎて言われ慣れちゃったらつまらないしね」


「……なんですかそれ。結局弄りたいだけですか」


「そういうわけじゃないけど、あたふたしてる君を見るのは楽しい」


「……あんまり意地悪すると、嫌いになっちゃいますよ」


「意地悪してるつもりはないんだけど。可愛がってるつもりなんだけど」


「意地悪です。……先輩のせいで私、この一週間、全然仕事が手につかなかったんですから」


 と、なんだか色っぽい雰囲気で彼女はそう言うが、仕事が手につかなくなるようなことを彼女にした記憶がない。


「え、私なんかし——」


 私の疑問を遮るように、音楽が鳴り響く。彼女のスマホからだ。どうやら上映時間に合わせてアラームをかけていたらしい。


「行きましょうか」


「お、おう……」


「? どうかしました?」


「……い、いや……なんでも無い」


 彼女のあの雰囲気から察するに、恐らく、何かそういうことを意識させるようなことを言ったのだろう。彼女とのトーク履歴を見るが、特に変なメッセージは送っていない。となると、何か言ったのは恐らくこの月曜日の電話の最中だ。あの日は確か、サークルの飲み会があった。彼女からの会いたいというメッセージを見て速攻で電話をかけたところまでは覚えているが、その後の電話の内容まではよく覚えていない。一体どんなセクハラをかましたというのか。怒っているような雰囲気ではなかったが、忘れたと正直に言えば怒られそうな雰囲気ではある。上映中もそのことが気がかりで、正直映画の内容なんてほとんど入ってこなかった。

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