第5話「キミにおやすみ」

『でね、その頭に赤い洗面器をのせた人に何でのせているのか聞いたんだけど――』


「センパイ、明日は早いんですしそろそろ寝ませんか……?」


 布団にはいって天井を見つめながら、枕元に携帯電話を置いてセンパイと通話をしている。


 もはや日課と呼べるこの付き合いも最初は抵抗があったが、今ではなにかの都合で話さずに過ごす夜に違和感を覚えるまでになってしまっている。


『えぇー、ここからがいいところだったのにぃ』


「それより、明日の集合時間ちゃんと覚えてます?」


『おぼえてるよぉ、十時に駅の改札でしょ?』


 センパイは学校だけでなく人との待ち合わせでも漏れなく遅刻魔だから、人によってはセンパイにだけあえて早い集合時間を教えている人もいるくらいだ。


 俺は小細工なんてせずに、いつだって遅れるのを覚悟している。センパイ相手なら待つのも別に苦ではないし。


「明日は俺以外にも大勢いるんだから遅刻しないようにしてくださいよ」


『わかってるってばぁー、いつもわかっているんだよぉー?』


「わかってるなら行動で示してください」


『厳しいなぁ』


「だから、早く寝てください」


『はいはーい』


 俺も通話をつけたまま目をつむる。


 どちらかが明らかに寝たとわかったらそっと通話を終わらせるのだが、切り忘れて朝になることもしばしば。


 お互いになるべく相手の様子を感じていたい――というと少し大げさかもしれない。


「………………」


『………………』


「………………」


『………………』


「………………」


『…………ねれない』


「……無理でも寝てください」


 眼をつむったまま、電話越しのセンパイに向かって呟いた。


『……ねーれーなーい」


「………………」


『……キミって歌うまかったっけ?』


「……上手くないです」


『……じゃあ子守唄歌ってよ』


「……いやですよ」


『……どの歌にしようかな』


「……話聞いてました?」


『……ケチ』


「………………」


『………………』


「………………」


『………………』


「………………」


『ワァッ!!!!』


「うわっ!」


『ヒヒヒッ、びっくりした?』


「……通話切りますね」


『あー! 待って待って! ごめんって!』


 携帯電話のスピーカーの向こうから衣擦れ音がする。


 枕元に置いてあった携帯電話を持ち、ぼんやりと光る画面を見て目がくらんでいると、突然通話からビデオ通話に切り替わった。


『やっほー』


 画面の向こうには布団にすっぽりと入って横を向いて寝ているセンパイの顔が見えた。小さく手を振っている。


「寝ろって言ってるでしょ、なんでビデオ通話に切り替えてるんですか」


『だって、どうせならキミの寝顔が見たいじゃん?』


「見せないですよ隠して寝ます」


『ケチかよぉ、そういう態度取るならキミが今まで言った寝言をウチのクラスのみんなに言いふらしちゃうよ?』


「……それ、センパイも地雷踏むことになるけどわかってます?」


『……ん? なんで?』


「なんでって……俺達がビデオ通話してるのなんてみんな知らないのに、急に寝言の話なんてしたら……」


『……ん?』


「……わからないならいいですよ」


『なーに? 教えてよぉ!』


「切りますねー、おやすみなさーい」


『ねぇ、なんで? 教えてよぉ! あーもぅ! おやすみぃー!!』


 はぁ……。まったく……。


 明日も早い、俺は布団の中で温まった抱き枕を代わりにぎゅっと抱いて寝ることにした……。

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