第七話 食事(受け身)

「はい先生。口を開けて下さい……あーんっ」

「……むぐっ」




 教え子が満面の笑みとともに差し出してきたスプーンが、俺の口の中に突っ込まれる。

 

 ……一体これはどういう状況なんだ。


「ふふっ……こういうのもいいですね。先生が私のものになってしまったみたいで」


 心底嬉しそうな表情を見せる水無瀬さん。今咀嚼しているのは、チーズの乗ったミートソースドリア。ついさっき彼女がつくったやつだ。



「あーん」なんて、ケーキに砂糖をトッピングしたように甘々なイベントが自分の身に起きているというのに、嬉しいとかそういう感情は全く湧いてこない。というかどちらかと言うと嫌な気分だ。

 

 年下の少女、それも教え子が相手だからだろうか? ……いや、多分それだけじゃない。


 水無瀬さんの「あーん」は、なんだかこう……犬に餌付けをしているみたいで、支配的なのだ。本当に。


 スプーンを差し出されても口を開かないと、水無瀬さんは、


「もうっ、ダメじゃないですか先生。『『ちゃんと私の言うことを聞いて下さいね?』』」


なんて言って、あの謎の催眠術を掛けてくる。

 逆に俺がささやかな反抗として口に入れられたスプーンを歯でホールドしていると、


「あぁっ……仕方のないひとですね、先生っ!」


と言ってほっぺをぐにぐにこねくり回してくる。もうどちらが歳上かわからなくなる。



 ……これだけだと、世間一般ではもしかしたら羨ましいと思われるかもしれない。可愛い教え子が甘えてくるのは眼福だ、と。


 俺もある程度はそう思う。


 ただ、ただな? 一つだけ気になることがある。たった一つだけ。それさえなければ水無瀬さんの「あーん」も受け入れられたと思う。でもスルーするにはインパクトが強すぎて、結果俺はフリーズして彼女にされるがまま。というのも――


「んん……やっぱり今日のドリアはいい出来ですね。ほら先生、口を開けて……」


 ああああッッなんでどうしてスプーンが一本しかないんだ――――――ッッ!?


 俺の前と水無瀬さんの前、計二つのドリア。しかしながら食卓にはスプーン一本。もちろん、手で食べろってことではなかった。ただ、二人で交互にスプーンを使うってだけでした。

 水無瀬さんが口に入れたスプーンから、唾液の糸が引いている。


「どうぞ、先生」

「……どうぞ、じゃなくてだな。なんで俺は水無瀬さんが使ったスプーンで食べさせられているんだ?」

「? なんでと言われましても……体が勝手に?」

「そりゃ大病だ。今すぐ病院に行こうな」

「あっ、先生、さりげなく席を立とうとしないで下さい! ここからが重要なんです!」


 ここから? と俺が同じ言葉を繰り返すと、水無瀬さんはあたたかな微笑を浮かべた。


「はい。ここからは私、先生の膝に乗って先生の手で食べさせてもらいますから」

「微笑みながら言うことじゃないぞ、それ」

「ほら先生、席に戻って下さい。私が膝の上に座ったら、まずは後ろから抱きしめていただきます」

「まずはってどういう意味だ……」

「その次は先生に愛を囁いてもらい、さらに耳を舐めてもらうんです。じっくりと、音を立てて……あ、先生? 顔が赤くなっていますよ?」


 当たり前だ。そんなことを言われて冷静でいられるわけない。だって経験がないから……いやそれは当たり前か。


「……水無瀬さんも顔赤くなってるからな?」


 かくいう彼女自身も赤面している。み、耳を舐めるだとか、恥ずかしいなら言わなきゃいいのに……。


「当たり前じゃないですか。先生の舌が私の体を這うんです。先生の唾液で満たされるんです。興奮しないわけありません」


 違った。恥ずかしいわけじゃなかった。興奮してるだけだった。というかどのあたりが「当たり前」なのかよくわからない。


「……とにかく、頼むから水無瀬さんのスプーンはよしてくれ」

「……そうですか……」


 肩を落とし見るからに残念そうな水無瀬さん。食事とかは許してしまったが、流石に同じスプーンを使うことはできない。バレたら社会的に抹消されそう。


 彼女の距離感はやはりどこか変だ。

 でも――俺はそれを咎めることはせずに、ただ受け止めると決めた。


 水無瀬さんがいじけた顔でドリアをつつき回している。それは年相応の幼さを感じさせた。


 ……まあ、この時間ぐらいはちゃんと付き合ってあげても。

 


 なんて思っていたのだが。



「……あの、水無瀬さん? なんで身を乗り出してくる――んむっ!?」


 突然、水無瀬さんが顔を近づけてきた。

 かと思えば、


「んっ」


 唇によって口が塞がれた。


「ぐ……むっ、う」

「んん……………っ」


 ななななんだ急にッッ――――!?


 慌てて顔を引くと――水無瀬さんは口元を腕で拭いながら。


「スプーンがダメなら、口移しですねっ♡」


 

 ……あ。



 俺、ここまで色々耐えてきたけど。


 そろそろ無理かもしれない。




【コメント】

 短くてスミマセン。

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月数回しか会わない教え子の美少女たちに闇のような愛を注がれてます。どう考えても全員病んでる。 夕白颯汰 @KutsuzawaSota

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