余計な手間

 とまぁ、そんなわけで元悪魔のガラス細工を受け取った後。

 

「あの……本当によろしかったのでしょうか。今なら貴方様を元の場所にお戻しすることも可能なのですが。」

「いえ、本当に大丈夫ですので」


 そう気遣う様に告げられたなんの魅力も無い提案を僕は食い気味に辞退していた。

 前述の通り、これは僕にとって千載一遇のチャンスなのだ。

 自分がバカだという自覚はあるが、こんな機会をむざむざ棒に振るほどのバカでは無い。

 改めてそう自覚しながら、僕はルソラにこういった。


「それよりルソラさん。先ほど何か言おうとしていませんでしたか?」

 

 そう訊ねると、ルソラは申し訳なさそうにしたのち、切り替える様に頭を振ってこう話し始めた。


 「えーっと、本当にどこから話せば良いやら……はぁ。とにかく間宮様。私の願いを聞き届けてくださったこと、非常に感謝しております。そして……幾度目かも知れぬ謝罪になって紅顔の至りなのですが、申し訳ございません。少し状況が変わりました」


 状況?

 そう首を傾げる僕に応える様に頷くとルソラはこう続ける。


「はい。本来なら、貴方様は私の子を連れ、誰にも知られることなくひっそりとこちらの世界で暮らす。警戒するのはせいぜい悪意を持った人間と獣程度。そのはずだったのですが……どこからか、情報が漏れたのです。」


 漏れた……まぁ、人の口に戸は立てられぬというぐらいだし、それも無理からぬことではあるのだろうが、

 

「……それはどういった風に?」


 そう訊ねると、ルソラは少しためらう様にして、


「貴方様が、その……私の子を攫ったと。その上、私の子には生捕りのみの懸賞金まで掛かっている様でして……」

「……なるほど」


 どうやら僕の予想は間違っていなかったらしい。

 あの時何故僕だけ通しても良いといわれたのかは疑問に思っていたのだが、そう言うことか。

 そう納得しつつも、僕は次に気になったことを尋ねた。


「漏れたルートとか、漏らした意図って言うのはつかめたんですか?」


 そう訊ねると、ルソラは少し難しそうな顔をして、


「すみません。どちらも把握できておりません。ただ、噂の形がおかしいとは考えておりまして。」

「噂の形?」

「はい。前提として情報のルートについてお話させていただくのですが、私の妊娠、出産について知っているのはこの子に付ける予定だった乳母と私の秘書、それから予言者と呼ばれる者の計三名。

 つまり、私の子に両方付いているということを知っているのもその三人だけなのです。そしてここからが本題なのですが、その三人が国外に向けてそんな噂を流すメリットがありません。なんせ私の『子に生きて欲しい』という個人的な願いが叶う確立を下げるだけですからね。せめて国民に向けて『女王の子に両方生えている』とでも言いふらせば現体制に不満アリという見方で納得も出来るのですが……」


 そう難しそうに悩むルソラを他所に、僕は少し違うことについて考えていた。


「すいません。悪魔の妊娠って外見では分からないんですかね?」


 そう、女王という国の顔ともいうべき立場に居ながら、何か月も人前に姿を表さなかったとは考えにくいだろう。それなのに、妊娠と出産をその三人しか知らないというのなら、可能性としてはそれしかあるまい。


 そう考えての質問だったのだが、


「あぁ、説明もせずに申し訳ございません。その通りでございます。詳しい原理は存じませんが……きっと我々が半ば概念のような存在だからでしょう。我々の妊娠、出産は痛みを伴わず、赤子でお腹が大きくなるようなことも無いのです。けれど……それがどうかしましたか?」


 そう不思議そうに首を傾げて見せるルソラ。

 なるほど、なるほど。

 一応、「もう思い至った可能性ではあるでしょうが」と。

 そう前置いてから、僕は自分の思いついた仮説について話し始めた。


「その場に四人目が居たということは考えられませんか?」

「四人目……ですか?」

「はい。ご存じの通り、僕はこの世界についてはあまり詳しく無いのですが、決してない……とは言えないのでは?」


 そう言うと、ルソラは少し難しい顔をして考え込んでしまった。


 「結界内は魔力波による個人の特定はされていますが、確かに偽装もできなくは無い。ですが物理的な監視の目は……」


 そう、ただ普通に暮らしていて妊娠を知られることが無いというのなら、その事実を知りえるには出産の瞬間に立ち会うしかない。加えて、先ほどルソラが言っていた三人。その三人が怪しくないというのなら四人目が居たという他に答えは出ないのではないだろうか。

 正直、結構自信を持って至った結論だったんだが、


「すいません。やはり監視を抜けて私の部屋まで来るというのは考えにくいかもしれません。」


 そう言われてしまうのだった。

 うんまぁ……そりゃそうだよな。こんなもん真っ先に思いつく可能性だろうし。

 内心そう冷静になりながらも、僕はそれをごまかすようにこういった。


「まぁ、一つの可能性として頭の片隅にでも置いていただけると。ですが、どちらにせよ確実に言えることが一つあります。」

「……それは?」

「それは流した本人はルソラさんより僕か赤ん坊のどちらかに悪意を向けているということ。これだけは間違いないでしょう。」


 そう言うと、ルソラは一つ頷いて、


「そうですね。実のところ、ここに来た理由もそう言った事象への対策と言った面もあるのです。という訳で貴方様、こちらをどうぞ。」


 そうして差し出されたのは、


「これは……カタログ?」


 青く染められたハードカバーに小洒落た金の模様が入った表紙。

 中を開けば様々な髪形や体形、それに服と言った一覧が載っていた。

 確かに載っているものが異質ではあるが、これをカタログと呼ばずしてなんと呼ぼう。


「はい。名前は、『変身カタログ』とでもしておきましょうか。使い方は……どうやら必要ないようですね」


 そう言って微笑むルソラを他所に、


 ぱふん


 そんなメルヘンな音と煙と共に、僕の髪はサイドテールになるのだった。


「お?おぉ……」


 にぎにぎにぎ


 突然頭の横に生えてきた慣れない触角をいじりながら思わずそう声を上げる。

 ふと下した視線の先にはカタログに貼られたサイドテール姿になったルソラの写真が有った。

 どうやらスマホのアイコンの様に写真に触るだけで該当する姿に変身できるらしい。

 そんな面白いアイテムに思わず先ほど以上に熱心になってページを捲って居たのだが、最後の最後に、


「うん?」


 でかでかと♂と♀のマークが書かれていたのだった。

 これまでの情報から考えるに、これに触れば女に成れるんだろうが……個人的にはそれ以上に気になることが一つ出来たのだった。


「……ルソラさん。これは僕がこっちに来てからここまで歩いた道中の話になるんですけど……一度この子がお腹を空かせて泣いたことが有ったんです。その時はなぜか僕がいきなり母乳の出る女性になってその場は何とかなったんですけど……もしかしてその時って何かしたりしました?」

「それは……少々失礼」


 そう言って、再びこちらの目をのぞき込むルソラ。

 そののち、やはり溜息を吐くと、苦労人の女王はこういった。


「やはりあの子はそのあたりの説明も省いたのですね。察するに理由は……説明する事項が増えるからという辺りでしょう。これを伝えずに逆に何を伝えるのかという話なのですが……はぁ。」


 その溜息に反応して、ズボンの前ポケットに入れたガラス玉が揺れた。

 やはりこんなになっても意思があるのだろう。なんと不憫な……

 まぁ、それはさておき。

 どうやら僕の記憶を覗く限り、あの悪魔が丸ごと説明を省いた箇所にかなり重要な情報があったらしい。

 もちろん僕からすれば何のことやらなのだが。

 そんなことを考えながら首を傾げていると、ルソラは真剣な顔でこういった。


「貴方様。あの子からはこの子を預ける理由を『この子を守るため』と『私の立場を守るため』という風に聞いたと思います。それも間違いでは無いのですが、実はもう一つ。理由として大きな物が有るのです。」

「……それは?」


 そう尋ねると、ルソラは少し間を空けてこう答えた。


「『この子がもたらす破滅を防ぐため』です」


「……ん?」


 そう真剣に告げられた言葉に思わずそんな言葉を漏らす。

 冗談の類では……なさそうだ。

 だとすると、真っ先に来る疑問はこうなのだが……


「……どうやって?」

「はい?」

「破滅ったって……どうやってこんな赤ん坊が破滅なんかさせるって言うんですか?」


 そう、これまで色んな……というにはあまりにも日が浅いかもしれないが、多少時間を共にした僕の目にはこの子があくまでただの赤ん坊としてしか映らなかった。

 そんな赤ん坊が何かを滅ぼす等、するかどうか以前に出来るかどうかの時点で疑わしく思えたのだ。

 だからこそ尋ねた質問だったが、その疑問にルソラは物悲しい微笑で応えた。


「貴方様も先ほど経験なさったはずですよ。ほら、この子がお腹を空かせて泣き出した時に」


 この子が腹をすかせた時?そんな時に起こった不思議なこと等アレしか……でもそうか。この話題の始まりもそれについての質問からだった。

 

 そう考えつつも、互いの認識の相違が気になって言えずにいると、ルソラは微笑んでこういった。


「はい、貴方様の認識通りで間違いないですよ。貴方様が突然お乳の出る女性になった時。その変化自体がこの子の仕業で、我々の言う滅びの力もその力なのです。」


 そうこちらを安心させるような笑みと共にそんなことを言うルソラだったが、そんな助け舟に湧き上がったのは安堵ではなくやはり疑問だった。


「それが……滅び?」

「はい、貴方様が疑問に思うのも無理はないでしょう。私もあそこまで無害な変化は初めて目にしましたから」


 ……あぁ、なるほど。

 どうやらただ僕の運が良かっただけらしい。


 そう理解していると、ルソラは真剣な面持ちでこういった。

 

「先ほどの貴方様に起こった現象もしかり。この子による変化に私たちは【星堕ろし】と名付けました。」

「星堕ろし……」

「はい、変化の際は小さな光が頭上から降りて来ることが由来の一つですね。さて、今のままだと貴方様から見た星堕ろしはきっとただの変身する現象でしかないでしょう。ですから……これからは滅びについてお話したいと思います」


 そう言った後、ルソラはこう続けた。


 「とはいっても、先ずは預言者についてからですね。貴方様。先程お話した私の妊娠を知っている三人の内の一人に『予言者』と言う者がいるとお話したことは覚えておいででしょうか。」

 

 尋ねられたその質問に、僕は首肯で返した。

 他二人の職業が聞き覚えの有る物だっただけに良く覚えている。


「では、最初に予言者という役職の仕事からお話させていただくのですが、まぁ、仕事としては読んで字のごとく。滅びを予言し、その予言を回避することにございます」


 予言……あっちだとどうしても胡散臭いイメージがぬぐえなかったが、こっちだとどうやら期待できる物なのだろう。なんせ一国の女王が国の危機を預けているのだ。

 まぁ、魔法なんかがある以上それも納得ではあるのだが。

 そう考え、相槌を打つ僕を見た後、ルソラは僕の腕の中に目を落としてこういった。


「そして、この度予言された滅びが……」

「この子、と。」


 意味深に言葉を切って目を落としたルソラの言葉を引き継ぎながら、僕も自分の手元に目を落とした。

 そこにはすぅすぅと寝息を立てる赤ん坊の姿。

 あのシーツは投げてしまったのでむき出しになったのにも関わらず、その後の逃走中ですら、この子はずっと眠っていた。

 赤ん坊ってもう少し繊細な物だと思っていたのだが……もしかすると、この子は僕が思っている以上の大物だったのかもしれない。

 

 そう思い返しながら赤ん坊の頭を撫でていると、そこにルソラの言葉が飛んできた。


「ざっくりにはなりますが、予言の内容としてはこうです。『17年後。大人になったこの子が星を降らせて世界を殺す』」

「……殺す」

 

 仮にも滅びを示す予言なので妥当ではあるのだろうが、やはり穏やかではなさそうだ。

 とはいっても、やはり気になるのはどうやって、なんだが、いや、そこの答えはもう出てるのか。予言の通り星を降らせるのだ。この子は。

 だとすると、例の【星堕ろし】とやらは一体なんだという話になるのだが……何故僕は女になった?サンプルが少なすぎてはっきりとは言えないが、この一点から考えた場合、考えられる可能性としては周囲の存在を自分にとって都合のいい存在に作り変える?

 だとすれば、なるほど。これほど滅びに相応……


 「いえ、それは違います。貴方様」


 想像で作った足場を突き進む僕の仮説は、そんな声によって切られたのだった。

 その声に顔を上げれば、そこには少し悲し気な顔をしたルソラ。


 「この子が空腹で泣き出した際、貴方様は「この子の腹を満たしたい」と願いはしませんでしたか?」


 そうだ。

 その言葉にふと思い返す。あの時の僕は無い食事を求めて泣き続ける赤ん坊を泣き止ませてやりたいと願っていた。そして、ルソラのこの言葉。

 察するに……


「【星堕ろし】とは、自己都合による改変ではなく、他人の願いを叶える力?」


 そう口にした言葉に、ルソラは真剣な面持ちでこういった。

 

「ある意味ではそうとも言えますがそれが全てではない、と言うのが答えです。……結論から行きましょう。この子の力は手に届かない星。つまりは選べなかった、或いは選ばなかった可能性を、今の体に引きづり堕ろすと言う物なのです。ですから、堕ろす星によっては願いを叶えることも可能でしょうが、その星が身を滅ぼすということも十分にあり得る。そういったリスキーな物なのです。」

「……なるほど」


 そう口にしたルソラの言葉に思わず納得する。

 それなら滅びの条件としても十分に成り立つだろう。まさしく星の数ほどある人の可能性。どんな人間でも、悪人となる可能性ぐらいは誰しもが持ち合わせている筈だ。

 星を堕ろすことが出来る条件は分からないが、もし同時に複数の人間を悪人にしたり出来るのなら国だろうが、世界だろうが存外簡単に滅んだりするのかもしれない。


 そう整理していると、ルソラはこう続けた。


 「ですが……きっと貴方様ならお分かりでしょう。大衆と言う物は、それがリスキーであろうがなかろうが。そこに望むものが手に入るチャンスがあるというのなら目を輝かせて飛びつきます。つまり……えぇ。この子にとって、完全な味方と言う物は貴方様ただ一人なのです。ですからどうか貴方様。どうか貴方様だけはこの子の味方でいてあげてください。この子にとっては……この世界の全てが敵になりうるのです。」


  そうためらう様に、悲しむように。そんな複雑そうな表情で言ったルソラの言葉に僕は盲点を突かれたような気分になった。

 

 改めて理解したのだ。この子には僕しかいないのだということを。

 今の今まで親戚の子供をだいぶ長く預かるという珍しい状況に置かれたという程度の認識ではいたのだが、そんな生ぬるい物では無かった。

 

 なんせこの子は僕に預けられた時点で帰る家も無く、頼れる人間もいないのだ。

 果てには見ず知らずの人間すら秘密を知ればこの子の敵になりうる存在であり、心休まる時など無いかも知れない。

 そんな状況にこの子は置かれていたのだ。こんなに小さいのに、だ。


「……肝に銘じます」


 そう思い至った僕は噛み締める様にしながらそう口にした。その時だった。


 リィン


 突然空間にそんな澄んだ音が響き渡った。

 これは?

 そんな尋ねる意を込めてルソラに視線を送ると、


 ……はぁ


 一つ溜息を吐いてルソラはこういった。

 

 「申し訳ございません。どうやら城の者に抜け出したのがバレてしまったようです。そろそろ行かなくては」


 抜け出してきたのか……とは思ったが、そうか。この赤ん坊が生まれたことすら国的には無かったことになって居るのだ。そんな状況なら抜け出さざるを得まい。


「貴方様。こちらを。」


 そんなことを考えていると、席を立ったルソラがこちらに向けて手を伸ばしてきた。

 見れば、その手の上にはここに入る時に使った紫色のカギ。


「この空間から出る時はこのカギを折ってください。そうすれば、出てきた場所に戻ります。再び入りたい時は、少し意識を向ければカギの方から出てきます。今回の様に避難先や、倉庫としても有用ですのでよろしければご活用ください。」


 どうやらいよいよ別れの時は近いらしい。

 そう説明をするルソラの目を真っすぐ見つめながらそんな事実を悟る。

 まだ聞けていないことはたくさんあるが、その前に僕としては何としても聞いておきたいことが一つ有った。


「すいませんルソラさん。この子の……この子の名前は?」


 席を立ち、いよいよどこかへ行ってしまいそうな空気を感じた僕は。静かに、けれどはっきりとそう訊ねた。

 それにルソラは振り向いて、


「『イリアス・レア』。この名は真昼の一等星の意を示します。あり得ざる子、可能性の子であるこの子を想って付けた名ですが、明かりが強ければ強いほど寄って来る虫の数も増えるというモノです。ですからどうか貴方様。この子を……どうかよろしくお願いいたします」


 そう言って、ペコリと頭を下げた後、ルソラの姿は来た時と同様、パシュンと音を立ててかき消えた。

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天魔の子 かわくや @kawakuya

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