第17話 王都襲撃 その9
「……だぁれ? アンタ」
人喰いの魔女の問いかけをグリムは無視した。視線を巡らせ、瞬時にこの場の状況を把握する。
「アンタもあの女の弟子ってやつ? ったく、面倒くさいわねぇ。とりあえずその小娘を先に始末――」
次の瞬間、
「スイ」
「……グリム様、申し訳ありません。鍵はまだ人喰いの魔女が持っています。右手のブレスレットに吊るされた黒い宝石のついた鍵です」
こんな状態にありながら、少しでも有利に戦えるよう自身の知り得た情報をグリムに伝えたスイ。グリムはぽんとその頭を軽く叩いた。
「スイ。よく耐えたな。ここからは俺が引き継ぐ」
グリムは振り返って壁際に立つリオンへと声をかけた。
「師匠――スイを頼みます」
リオンにスイを預け、グリムは振り返る。一歩、合成魔獣の元へと歩みを進めた。
「誰が来ようと同じことよ。殺しなさい」
人喰いの魔女がそう告げると同時に、合成魔獣はグリム目掛けて突進していく。
しかし、グリムは足を止めない。一歩、また一歩と合成魔獣との距離を詰めていく。右手の手袋を外し、それを放り捨てる。
合成魔獣が大刀を低く構え、グリム目がけて横から薙ぐように斬撃を放った。
「――スキル発動、『束縛』+『チェーン』+『ミスリルコーティング』+『棘』」
グリムが呟くと同時に、合成魔獣の腕に無数の鎖が絡みついた。虚空より出現した鎖は合成魔獣の攻撃を止め、その体勢を崩す。
グリムはそのまま合成魔獣の脇をすり抜け、背後を取った。左手を合成魔獣の背中へと向ける。
「スキル発動、『射出』+『分身』+『倍化』+『聖なる光』+『ミスリルコーティング』+『爆炎』+『雷光』+『衝撃刃』+『貫通×10』+『攻撃上昇×10』――」
グリムの背後の空間が揺らめき、無数の剣が顕現する。一拍の間をおいて、ほぼゼロ距離から合成魔獣の背中へと剣の雨が襲い掛かった。
が――。
「グォオオオオ!」
バチ、バチと音を立てて鎖が引きちぎられた。鎖によって速度の落ちた斬撃をグリムは間一髪のところで回避する。大理石造りの柱へと直撃した大刀が、まるでバターをナイフで切るようにそれを切断した。
バックステップで合成魔獣から距離を取りながら、グリムは呟く。
「……なるほど。スイが苦戦するわけだ」
無数の刺突を浴びせられたはずの合成魔獣の背中は、傷ひとつ付いていなかった。明らかに異常な強度を備えた肉体――まともなスキルではダメージを与えることは不可能に近いだろう。
「となると狙うのは――」
ぐん、とグリムの身体が沈み込む。次の瞬間、グリムは一直線に合成魔獣目掛けて駆け出した。その愚直とも思える突進を見て、人食いの魔女は口元を吊り上げた。
「馬鹿ね――真っ二つにしてあげなさい」
合成魔獣が両手の大刀を担ぐようにして持ち上げる。間合いに入ったが最後、それはまるで処刑台のギロチンの如く、避けられない一撃としてグリムに襲い掛かるだろう。
が、グリムは止まらない。死の領域へと踏み込む直前、グリムの左手が真下へと向けられた。
「スキル発動――『白煙』」
グリムの手から爆発するように白い煙が噴き出し、グリムと合成魔獣を覆いつくした。
「グゥオオオオ!?」
煙幕。思いがけない目くらましに合成魔獣の動きが止まる。次の瞬間、二本の燃え盛る剣が白煙の中から飛び出し、合成魔獣の両目に突き刺さった。
「!? グギャアアアアアアアア!!!」
眼球を焼かれ、悲鳴をあげる合成魔獣。人喰いの魔女は舌打ちをした。
(火属性の魔剣で眼球を焼いて、回復を遅れさせるつもりか!!)
「構うな! 薙ぎ払え!!」
人喰いの魔女が叫ぶ。合成魔獣は悲鳴とも雄叫びとも聞こえるような声を上げながら、二本の大刀を振り回し、自身の周囲三百六十度を薙ぎ払った。巻き起こった風によって白煙が渦を巻き周囲に溶けてゆく。
(――仕留めたか)
人喰いの魔女が白煙の向こうにばらばらになった少年の死体を探そうとしたその瞬間――白煙を切り裂いてグリムが飛び出した。
「――なッ!?」
剣を持つ手とは反対の空手。その手が人喰いの魔女の手首に付けられたブレスレットへと伸びる。
(このガキ! 眼球狙いはフェイク!!
限界まで伸ばされたグリムの手。その指先がブレスレットにぶら下がる鍵に触れ――。
「――だけど甘いわねェ!!」
次の瞬間、人喰いの魔女の手首に付いていたブレスレッド――
「――ッッ!!」
電撃によってグリムの動きが止まる。同時にグリムの背後から合成魔獣が迫っていた。再生した眼球に怒りの炎をたぎらせて。
「グォオオオオオオオオオオオオ!!!」
咆哮と共に放たれた横薙ぎ一閃。グリムはかろうじてその一撃を剣で受けることに成功した。
――そう。受けることには成功した。が、防げるかどうかは別の問題だ。
攻撃の衝撃によってグリムの体は吹き飛ばされ、リオンとスイの頭上の壁へと叩きつけられた。
「グリム様!!」
スイが悲痛な声で叫ぶ。
「……惜しかったわねェ。直接鍵を狙うって発想は悪くないわ。ただ、私が何の対策もしてないと思ったの?」
おめでたいわね、と人喰いの魔女は床に倒れ伏した少年に向けて見せつけるように、手首のブレスレットにぶら下げた鍵を見せつける。
「残念だったわね。鍵が取れなくて」
グリムは膝立ちになると、血の混じった唾液を床に吐き出した。それから短く告げる。
「確かに取れなかった。だが、問題ない」
グリムは左手の拳を突き出した。見せつけるように、真っ直ぐと。
「――
開かれたグリムの左手。そこから
人喰いの魔女はぎょっと目を見開く。慌てて自分の手元を見るが、鍵は間違いなくブレスレットに吊られている。そして鍵はこの一本しか存在しないはずだった。
「――ば、馬鹿な!? どうやって――」
「師匠!!」
グリムは叫ぶと同時に、リオンに向かって鍵を投げた。宙を舞った鍵がリオンの手の中へと納まる。そしてそれは、パズルの最後のピースをはめるように、リオンの手に空いていた鍵穴に差し込まれた。
玉座の間に光が溢れた。リオンを中心として、目を開けていられないほどの強い光が辺り一体を包み込む。それは強力な魔力の拡散が起きたときに見られる現象だった。役目を失った魔力の粒子が光へと形を変えて外部へと発散していく現象。
次の瞬間、リオンの手の中と、人喰いの魔女のブレスレッドにぶら下がっていた鍵、二本ともが同時に砕け散った。
「呪詛が……解かれた……」
人喰いの魔女が呆然と呟く。弱まり収束していく光の中で、リオンは静かに、穴の塞がった手のひらを見つめていた。
「……ありがとう。スイ。グリム。――ここからは、私の戦いだね」
その声は小さく、声色は静かだった。が、どこかゾッとするような響きを秘めていた。
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