第15話 復讐のシナリオ

「――というわけで、私は現国王アスタモンド王の一人娘なのでしたー!」


「……はぁ、そうなんですか」


「あれ!? なにその反応!? 普通もっと驚かない!?」


 俺の反応に、師匠はショックを受けたようだった。


 ある日、俺とスイがいつものように二人で組手をしていたところ、突然師匠に呼び出された。


 部屋に集まった俺たちに向けて、師匠は「私の復讐の内容を教えるよ」と告げ、師匠は自分がこの国の現国王、アスタモンド王の一人娘であり、生まれてすぐ森に捨てられたことを明かした。師匠の言っていた『復讐』とは、自分の存在をアスタモンド王に認めさせ、王としての地位を剥奪することだと。

 

「いや、突然王族とか言われても。情報に感情が追いつかないと言うか……」


 そう。あまりにも突然のことで、俺は生返事を返すことしかできなかった。まさか師匠も捨て子だったとは。


「驚きませんよ。私は以前より、お師匠から一般人離れした高潔なオーラを感じていましたので」


 俺の隣で師匠の話を聞いていたスイが、キラキラと目を輝かせながらそんなことを言った。


「ええー! よしてよスイ! ……でも、やっぱ出ちゃってた?」


「はい! 出ていました! それはもう溢れんばかりに!」


 恥ずかしそうにくねくねと身をよじる師匠と、ぐっと拳を握りしめるスイ。


 俺はそんな師匠とスイのぬるいやりとりを咳払いで一蹴した。


「師匠の父親――アスタモンド王を玉座から引きずり下ろす。師匠の『復讐』の内容はわかりました。でも、ひとつ質問があります」


 なにかな、と師匠が言う。


「なぜ、俺とスイが必要なんですか? 師匠なら一人でも復讐を遂げられるでしょう?」


 決して冗談ではない。師匠の力ならば、一人で国家転覆など容易いだろう。


「じゃあ仮に、私が一人で王宮に乗り込んでアスタモンド王を失脚させることに成功したとしよう。そのあと何が起こると思う?」


「え?」


 何が起こるか。俺は考える。


「……しばらくの間、王都には混乱が広がるでしょうね」


「そう。そしてその隙を『人喰いの魔女』は見逃さないだろうね」


 人喰いの魔女。それはこの国を相手に一人で渡り合っている文字通り化け物の名前だ。


「つまり、アスタモンド王の失脚後、王都は人喰いの魔女によって侵略されるということですか?」


「そうなるだろうね。といっても、私はそんなこと望んでいない。この国に思い入れはないけど、自分のせいで国民が人喰いの魔女に殺されたとあっては寝覚めが悪いからね」


 師匠はそう言って肩をすくめる。


「だからこの復讐計画は、人喰いの魔女を討伐する、というところまでがセットなのさ。さて、そこで一つ問題がある」


 師匠はそう言うと、いつも右手につけている黒い手袋を外し、手のひらを俺とスイに見えるよう差し出した。


「!! お師匠、それは……!」


 スイが息を飲むのがわかった。


 差し出された師匠の手のひらには、鍵穴の形をした穴が空いていたのだ。


「これは呪詛の魔術。人喰いの魔女によってかけられたものだよ」


 師匠は忌々しそうに続ける。


「さっきも言った通り、私は生まれてすぐアスタモンド家から秘密裏にこの森の奥深くに捨てられた。そこで奴隷として『黒の魔女』に拾われたんだ」


 おそらく黒の魔女に殺されなかったのは、師匠が『バグつき』だったからだろう。


「私は黒の魔女の元で、いつ殺されるかわからないまま育てられた。そんな日々の中で、私は自分の『力』に気がついたのさ」


 師匠は遠い日の思い出を思い出すように瞳を閉じた。


「私は生きるために、呪いの扱い方を覚えたんだ。スキルも、魔術の知識も、黒の魔女の目を盗んで覚えた。いつ殺されるかわからなかったから、そりゃもう必死だったよ。私以外の子は――みんな魔女に殺された。一人ずつ、一人ずつね。助けてあげられなかったことを、今でも悔やんでいるよ」


 俺はふと思った。師匠が俺やスイを助けたのは、もしかしたらそのときの後悔があるからなのかもしれない。


「そしてある日、とうとう私の番が来た。でもそのとき、私は黒の魔女の想像より遥かに強くなっていたんだ。私は黒の魔女を殺して逃げることに成功した。ところがそこで、一つ想定外のことが起きたんだ。黒の魔女は、人喰いの魔女に呪詛の魔術をかけられていたのさ。それは『黒の魔女を殺した者にかかる呪詛』だった」


 師匠は鍵穴の空いた右手をぎゅっと握りしめる。


「私はこの呪詛のせいで、人喰いの魔女と、その細胞から生み出されるモンスターに一切攻撃することができない。それがこの呪詛の効果なんだ」


 ――なるほど、ようやく話が見えてきた。


「つまり、人喰いの魔女を殺すために、俺とスイが必要ということですね」


 師匠は無言で頷く。


「正確には、呪詛を解く手伝いをして欲しいんだ。呪詛を解く鍵は人喰いの魔女が持っているはずだから、それを奪って欲しい。そうしたら、私が人喰いの魔女を殺すよ」


「勝てるんですか?」


 俺が尋ねると、師匠はニコリと笑みを浮かべた。


「グリムは、私が負けると思うかい?」


「……わかりません。ただ、師匠が誰かに負けている姿は――想像できない」


 それが答えだった。師匠は頷いて、改めて俺とスイに向き直った。


「人喰いの魔女は強敵だ。今までキミたち二人が戦った誰よりも狡猾で凶悪な相手だろう。もしかしたら、命を落とすかもしれない。もちろんそうならないように、今日までキミたち二人を徹底的に鍛えてきたつもりだよ。でも、命の保証はできない。――それでも、私に力を貸してくれるかい?」


 一瞬の沈黙。先に口火を切ったのはスイだった。


「もちろんです。私はグリム様とお師匠に命を救われた身。お二人のためであれば、この命を賭して戦いましょう」


 スイの気持ちは最初から決まっていたようだ。師匠が静かに頷く。それから視線を俺の方へと向けた。その目には、少しだけ不安の色が漂っているように見えた。


「……グリム、キミはどうだい?」


「今更聞くようなことですか?」


 俺はすぐに言葉を返した。改めて聞かれるまでもない。俺だって、師匠に命を救われた身だ。その恩を忘れたことは一度もない。


「俺はずっと、アンタに恩返しできるチャンスを待ってたんだ」


 そう言って笑うと、師匠は少し驚いたように目を見開き、


「……ありがとう。二人とも」


 そう言って、机の上に広げられた地図を指で示した。


「今、人喰いの魔女は王都を襲撃する計画を立てているらしい。近いうちに決行されるだろう。そのとき、王宮にはアスタモンド王と人喰いの魔女が揃うことになる。復讐の決行日は――その日だ」

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