第14話 王都襲撃 その7
「――『黒の魔女』だと?」
突如現れた『黒の魔女』を名乗る女を前に、アスタモンド王は眉をひそめた。
『黒の魔女』は北の森を根城とする魔女だ。ここ十数年一切の動きがなかった魔女がなぜこのタイミングで?
アスタモンド王がそんなことを考えていると、人食いの魔女が口を開いた。
「アンタが『黒の魔女』? 下手な嘘ね。私の知ってる黒の魔女はもっとずっと年寄りよ」
「――あらら。もうバレちゃった?」
黒ずくめの女はそう言って笑みを浮かべた。
「正しくは、二代目『黒の魔女』ってとこかな。元々あの森にいた黒の魔女は、私が殺したから」
「殺した? アンタみたいな小娘が?」
「信じられない? じゃ、これでどうかな」
黒ずくめの女はそう言って、右手につけていた黒い手袋を外し、その手のひらを人喰いの魔女へと突き出した。
「……! それは……」
突き出された手のひらには、鍵穴の形をした穴が空いていた。不思議なことにその穴は手の甲には貫通しておらず、黒く深い鍵穴の中はどこか別の空間へと繋がっているようだった。
「私が『黒の魔女』の肉体に仕掛けた呪詛の魔術……。へぇ、どうやら本当にアンタが黒の魔女を殺したようね」
人喰いの魔女が少し驚いたように言う。
「だから最初からそう言ってるじゃんか」
黒ずくめの女は腰に手を当て、ぷん、と拗ねるような仕草をしてみせた。どこまでもふざけた女だ、と王は思う。
「それで? その呪詛を解きにここまで来たってこと? 確かにかけた私にしか解けないけど……」
「もちろんそれもあるよ。でも、一番の目的は別にあってね」
黒ずくめの女は視線を人喰いの魔女からアスタモンド王へと移すと、
「会いたかったよ。王様」
笑顔でそう言った。その馴れ馴れしい物言いに、アスタモンド王は顔を顰めた。
「貴様の事など知らん。話の邪魔だ」
「……まだわからない? 私が誰か」
黒ずくめの女は悪戯っぽく笑うと、
「――じゃあ、思い出させてあげるよ」
そう言って、静かに「ステータス」と呟いた。空間がわずかに揺れ、画面が浮かび上がる。
ーーーーーーーーーー
ナ?繧エ:リオン・アスタモンド
レv繝ャ:193
繝Μ繝ァッ:49731
繧ウ?ヲ繧ュ%:79244
繝懊え繧ョク:69043
繧ク持縺キ吶″:
・神獄落とし
・天雷扇
・藍幻
ーーーーーーーーーー
その場の全員が驚きに声を失った。アスタモンド王は目を見開き、陸に打ち上げられた魚のように口をぱくぱくと動かす。
「これで思い出した? お父さん。生まれたばかりの私を森に捨てたこと」
黒ずくめの女――リオン・アスタモンドは楽しそうに言った。アスタモンド王は真っ青になり玉座から立ち上がる。骸骨に拘束されたままの騎士たちも、驚愕の表情でリオンのステータスを見つめていた。
「アスタモンド、だと? 王に娘が……?」
「森に捨てた、と言っていたぞ」
「まさか『バグつき』の子だから……?」
『玉座の間』に困惑が広がっていく。呆然と立ち尽くすアスタモンド王の様子をリオンはじっと見つめていた。
「生まれたばかりの私が『バグつき』だからって北の森に捨てて、『黒の魔女』に奴隷として拾われて、それから私がどうやって生きてきたか――お父さんにわかる?」
「違う……バカな……でたらめだ……」
アスタモンド王はわなわなと震えていた。そんな王を見るリオンの目は、どこまでも冷たい。
「――貴方に王の資格なんてない」
アスタモンド王はついに、がくりと床に崩れ落ちた。王としてあってはならないその姿に、声をかける者は誰もいなかった。
騎士たちはみな、軽蔑の目でその姿を見つめていた。
静まり返った玉座の間。沈黙を破ったのは人喰いの魔女だった。
「――で? それで終わり? 正直、アンタら家族のいざこざなんて私にはどうでもいいのよねぇ。私は王と契約を結びに来ただけなの」
リオンは人喰いの魔女に言う。
「好きにすればいいさ。でも、その男が王でいることをまだ国民が望むかな?」
「ああ、それは困るわねぇ。どうしましょうか、王様?」
まるで答えを知っているかのように、人喰いの魔女はアスタモンド王にそう問いかけた。
「……あの女も、騎士も、全員殺せ」
王は床を見つめたまま、静かな声でそう告げた。
人喰いの魔女は嬉しそうに質問を重ねる。
「いいの? あの小娘、アンタの子なんでしょ?」
アスタモンド王は顔を上げると、まっすぐに自分を見つめるリオンの瞳を見返した。
そして、
「……構わん殺せ。最初から――私に娘などいなかったのだ」
人喰いの魔女はにんまりと笑みを浮かべた。
「はぁい。了解したわ、王様」
人喰いの魔女が右手を挙げると、数体の骸骨がリオンを取り囲んだ。それから人喰いの魔女は、手首にじゃらじゃらと付けたブレスレット、そこにぶら下がる黒い宝石のついた鍵をリオンに見せた。
「この鍵がアンタの呪詛を解呪する鍵よ。ほら、欲しかったら奪い取ってごらんなさい」
リオンは半目で人喰いの魔女を見返す。
「無茶言わないでよ。この呪詛のせいで、私はキミに傷一つつけられないんだから」
「その通りよ。それこそが呪詛の力だもの。鍵を目の前にして、アンタはなにもできずに死んでいくの」
骸骨たちが錆びた剣を構える。人喰いの魔女は口元に手を当て、楽しそうにリオンを見下ろした。
「あーあ、哀れね。実の父親に二度も見捨てられるなんて。本当に可哀想な子」
リオンはそんな人喰いの魔女をじっと見返していた。自分を囲む骸骨たちの剣がじりじりと迫ってくるのも目に入らないかのように。
そして。
「哀れみなら間に合ってるよ。それに、孤独ってわけでもないさ」
そう言って、リオンは笑った。
「今の私には――優秀な弟子がいるんでね」
同時に、空中に少女が現れた。
青髪の少女は腰に吊った刀に手を添えたまま、目だけを動かして敵の位置と数を把握する。
そして次の瞬間――少女の姿が消えた。
空気を切り裂く音が立て続けに鳴り響いた。稲妻が走るように、玉座の間を少女は目にも止まらぬ速さで駆け抜けた。
時間にして二秒。リオンの前へ戻ってきた少女が刀を鞘へ納めるのと同時に、騎士たちを拘束していた骸骨の首が跳ね飛ばされた。
部屋にひしめいた骸骨の軍勢は、全てが首を切断され、灰へと帰していた。
「――遅くなりました。師匠」
少女はそう言って、真っすぐに刀を人喰いの魔女へと突き付けたのだった。
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