第13話 王都襲撃 その6

 王都の中央に位置する王宮。その『玉座の間』には多くの騎士たちが集まっていた。


 彼らは王直属の護衛部隊。その集団の奥に、玉座に座る人影があった。


 アスタモンド王。この国のトップに君臨する国王だ。


「――まだ片付かんのか」


 アスタモンド王は苛立ちを滲ませた声で言った。


 伝令部隊から伝えられる戦局は芳しくなかった。東の防衛ラインは崩され、他の防衛ラインも油断が許されない状況が続いている。その原因は人喰いの魔女が造り上げた合成魔獣キメラの脅威的な戦闘能力だった。


 さらに、この戦いを仕掛けてきた当事者である『人喰いの魔女』は未だその姿を見せていない。その事も不気味だった。


 そのとき、両開きの扉が開いて転がり込むように一人の騎士が『玉座の間』に飛び込んできた。


「で、伝令ッ! 東の防衛ラインに出現した合成魔獣が何者かによって討伐された模様!」


 おお、とその場にいた騎士たちから安堵の声が漏れる。


「それと、もう一つお伝えしたいことが……」


 騎士はそう言って一度部屋の外に出ると、一人の男を連れて再び現れた。


 連れられて来たのはみすぼらしい男だった。ぼろ切れのような衣服に身を包み、ぼさぼさの髪と髭は伸び放題になっている。背中を丸めてふらふら歩く姿はまるで物乞いのようだった。


「!! もしや、アレス隊長では……?」


 騎士の一人が驚きを含んだ声でそう言った。


「お前、この男を知っているのか?」


 アスタモンド王が尋ねる。


「騎士団の元隊長です。数年前、人喰いの魔女討伐を目的とした遠征中に消息を絶ってから、行方が分からなくなっていましたが……」


 昔とすっかり様相の変わってしまったアレス隊長は、よろめきなが玉座の前へ進み出ると、床に片膝を突き震える声で言った。


「……王よ……どうか……お許しください……」


 次の瞬間、アレス隊長の首から上が弾けた。


 玉座の間に血飛沫を撒き散らし、頭部を失った体は床に倒れ伏す。騎士たちはどよめき、すぐに王を守るよう護衛が駆け寄った。


「なんだというのだ……」


 アスタモンド王が呆然と呟く。そのとき、床に散らばった血液がくねくねとまるでミミズのように動き回り始めた。


 意思を持ったかのような血液は大理石の床を這いまわり、くっつき、分裂し、やがて黒いシミへと姿を変える。


 やがて騎士たちは気がつき始めた。血液はまるで床に絵を描くように、ある形へと変化しているのだ。


 その形はまるで――。


「……魔法陣?」


 次の瞬間、血液で作られた魔法陣の中心に黒い閃光が走った。そして、そこから骸骨のモンスターが溢れ出した。


 骸骨の怪物たちは背負っている剣を抜き、かたかたと音を立てて騎士たちに襲いかかる。


「総員戦闘準備! これは罠だ! 魔法陣からモンスターが送り込まれてくるぞ!!」


 玉座の間は一瞬にして混乱に陥った。魔法陣から次々と現れる骸骨たちの奇襲に、騎士たちは為す術がなかった。瞬く間に玉座の間は骸骨たちに制圧され、騎士たちは喉元に剣を突きつけられ、武器を捨てる事を余儀なくされてしまった。


 やがて魔法陣から、骸骨に混じってぬるりと小さな影が姿を現した。


 それは白銀の髪を持つ若い女だった。露出の多い衣装の上から貴金属のアクセサリーを大量に身につけている。


 その姿を見たアスタモンド王は舌打ちをした。


「貴様は――『人喰いの魔女』か」


「久しぶりね、王様。さぁ、交渉のテーブルについてちょうだい」


 人喰いの魔女は舌でぺろりと唇を舐めると、蠱惑的な笑みを浮かべた。人の寿命を優に超える年数生きているその魔女は、どんな魔術を使っているのか、若々しい肉体を保っていた。


「要求は二つよ。国土の十五パーセントを私に譲渡すること。月に一度、新鮮な男女百人を差し出すこと」


 骸骨に拘束されていた騎士の一人が、ぎょっと目を見開いた。


「!! ばっ、馬鹿を言うな! 国土の十五パーセントだと? それで国が立ち行くわけが――」


 人喰いの魔女がつまらなそうにその騎士を一瞥すると、骸骨が騎士の喉元を切り裂いた。動かなくなった騎士の体が自分の血溜まりに沈む。


「アンタの意見なんてどうでもいいのよ」


 人喰いの魔女は王へと向き直る。


「ま、もし要求を呑めないなら、この場の全員は肉になるわ。王様、決断は慎重にね」


 玉座の間はしんと静まり返った。騎士たちの視線が玉座に座るアスタモンド王へと注がれる。


 やがて、アスタモンド王は口を開いた。


「――わかった。要求を呑もう」


「!? 王よ! お待ちください! 毎月百人の国民を生贄にするというのですか!?」


「知ったことではない」


 アスタモンド王はフンと鼻を鳴らした。


「ここで私が死んでみろ。それこそ、この国の崩壊ではないか。それに比べれば国民の命など安いものよ」


「王よ、な、なにを――」


 アスタモンド王の言葉に、人喰いの魔女はけらけらと楽しそうに笑い声を上げた。


「あはは! いいねぇ、王様! それがアンタの本性かい! 私好みだよ!」


「それと人喰いの魔女。一つ頼みがある。ここでの会話内容が外部に漏れると問題なのだ」


 アスタモンド王はそう言って、冷たい瞳で騎士たちを見下ろした。


「私と貴様以外この場の全員――殺してもらえるか?」


「なっ――!?」


 骸骨に拘束されたまま、騎士たちの顔はみるみるうちに青ざめていった。


「お、王よ! 嘘だと言ってください!」


「い、いやだ! 死にたくない! どうかご慈悲を!」


「だれか! だれかたすけてくれぇ!!」


 たちまち玉座の間は阿鼻叫喚の地獄と化した。喉元に錆びた剣を突き付けられた騎士たちは涙を流し、声高々に許しを請いた。


 が、それを受け入れる人喰いの魔女ではない。魔女が今まさに皆殺しの命令を下そうとしたその瞬間――。


「やぁ、取り込み中かな?」


 緊張感のない声が玉座の間に割って入った。


 人喰いの魔女の手が止まる。声の主は開けっ放しになっていた扉の前に立っていた。


 それは、全身を黒いローブで覆った女だった。腰まで伸ばした髪も同じく漆黒の色をしている。


「誰だ? 貴様は」


 アスタモンド王が尋ねると、その女はにやりと笑みを浮かべて答えた。


「私は――『黒の魔女』だよ」

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