第12話 王都襲撃 その5

 デューク・シャレルは瓦礫の影から身を乗り出しその少女を見つめた。


 合成魔獣キメラと対峙した少女は腰の刀へと手を添えると、静かな声で言う。


「スキル発動。『反射抜刀術の構え』」


 スキル発動の宣言。同時に、少女を中心に半透明のサークルのようなものが出現した。


 スキル『反射抜刀術の構え』。発動と同時に自身を中心とした半径数メートルに円形の結界を展開する。そして、その結界内に踏み込んだ相手を瞬きの間に斬り捨てるというカウンター特化のスキル。


 かなり強力なスキルだ。だが――。


「ふーん、考えたわね。確かにそのスキルの攻撃速度ならアタシも避けられないわ。でもね――」


 合成魔獣の口から聞き慣れない言葉が流れ出た。それは呪文の詠唱。合成魔獣の周囲に火の玉が浮かび上がり、それは形を変えて燃え盛る槍へと姿を変える。


「アタシがみすみすその結界に足を踏みいれるとでも思ったの? おめでたすぎるわ」


 そう、『反射抜刀術の構え』には致命的な弱点がある。それは一度発動すると抜刀するまでの間、一切の移動、他スキルの発動が出来なくなるということだ。


 完全カウンター特化、と言えば聞こえはいいが、それはつまり遠距離からの攻撃に対して手も足も出ないということに他ならない。魔術による遠距離からの撃ち合いが中心となる現代の戦闘においてあまりに致命的すぎる欠点だった。


 しかし、少女はスキルを解除しなかった。その表情は落ち着き払っており、眼前の敵をまっすぐに見つめていた。そんな少女のことを、合成魔獣は勝ち誇ったように歪な笑みを浮かべて見下ろした。


「強情ねェ。焼かれて死になさい」


 魔術によって生成された炎の槍が、一斉に少女目掛けて放たれた。


 槍の一本が着弾するその瞬間――少女の姿が地上から消えた。


 カキン。


 いつの間にか合成魔獣の頭上へと移動していた少女の刀が鞘を叩いて音を立てた。


 そして次の瞬間には、合成魔獣の首は切断されていた。


「――は?」


 少女は地面へと着地する。同時に合成魔獣の首が地面に落ちて、ぼとん、という重い音が響いた。


「バ、バカな……なにが……」


「座標の書き換え、です。あなたが私の結界に入らなくても、結界に入る位置に私から移動してしまえばそれは同じことでしょう?」


 少女は地面に転がる首を見下ろしながら、なんでもないことのように告げた。


「なぜだ……そのスキルの使用中は、他のスキルは使えないはずじゃ……」


「スキルは使えなくても『力』は使えますから。私にとって『反射抜刀術の構え』はカウンター技ではありません。それを見誤ったのがあなたの敗因です――おや、もう聞こえていませんでしたか」


 合成魔獣はサラサラと崩れ落ち、やがて灰の山へと形を変えた。


「さて、これで任務は完了でしょうか」


 少女はそう言ってふうと息を吐く。そのときだった。


「あなた! 無事だったのね!」


 崩れた家の影から、一人の女性が姿を現した。


「イザベル! 無事だったか!」


 それはデュークの妻、イザベル・シャレルだった。デュークが駆け寄ってくるイザベルを抱き止めようと腕を広げたそのとき、少女がその間に割って入った。


「イザベル・シャレルさんですか?」


 少女はイザベルに問いかける。


「な、なに、あなた……」


 その声の冷たさにイザベルはびくりと身を震わせた。デュークは少女の肩を背後から乱暴に掴む。


「おい! なんだお前は! 俺の妻になんの用が――」


 瞬間、振り抜かれた刀がデュークの耳を切り落とした。


「!! がっぁぁああああああああ!!!?」


「少し静かにしていてください。私があなたに対してどれほどの嫌悪感を抱いているかわかっていないようですね。次は首を跳ね飛ばします」


 デュークはごくりと唾を飲み込んだ。頬を伝う血が、彼女の言葉が嘘ではないと訴えていた。


 少女は刀を抜いたまま、イザベルに向き直る。


「イザベルさん。ひとつだけ質問に答えてください。あなたは――グリム様のことを愛していましたか?」


「え? グ、グリム?」


 予想外の名前に、イザベルは目を丸くした。


「はい。あなたの息子、グリム・シャレルのことです。あなたは一体どんな気持ちで森に置き去りにしたのですか? そこに少しでも、後悔や懺悔の気持ちはあったのでしょうか?」


 少女はまっすぐにイザベルを見据えていた。


「答えてください。イザベル様」


 イザベルはわずかに目を伏せたのち、


「――ええ、愛していたわ」


 震える声でそう答えた。少女は薄く光る瞳でその姿をじっと見つめていたが、やがてその瞳から光が消えた。


「……そうですか。わかりました」


 少女は刀を切り払い鞘に戻すと、デュークとイザベルに背を向けた。


「さようなら。もう二度と会うことはないでしょう――グリム様も」


 少女はそう言い残して、その場から姿を消した。

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