第9話 青い髪の少女

 ある冬の寒い日。俺は雪の積もった森の中で膝立ちになり、じっと息をひそめて遠くの草陰を見つめていた。視線の先には白い毛皮の兎が一匹。俺はゆっくりと左手のひらを前方にかざす。


「……スキル発動、『射出』」


 俺の左耳後方あたりの空間が波打ち、小さなナイフが現れる。それは手のひらで示した方向へと一直線に飛び、草陰へと吸い込まれた。


 兎の甲高い鳴き声と、ナイフの砕け散る音が連続で俺の耳に届いた。


「……今日は兎鍋だな」


 俺は立ち上がって、膝についた雪を払った。


 師匠と暮らし始めてから五年の月日が流れた。俺はすっかりここでの生活に馴染み、こうして一人で狩りをすることもできるようになった。他にも、薪を割ったり料理を作ったり、生きて行く上で必要なことは一通り師匠に叩き込んでもらった。


 また、師匠は最初に言っていた通り、スキルの使い方や基礎的な体術など戦闘に関することも俺に教えてくれた。『射出』スキルの使い方もすっかり慣れたものだ。


 体も年相応に成長したと思う。筋肉が付きづらく細いのは変わらないが、身長はずいぶん伸びた。今では師匠よりも頭ひとつ分は大きい。


 さて、俺が動かなくなった兎を回収していたそのときだった。突然、女性の悲鳴が森の奥から聞こえてきた。


「――なんだ?」


 こんな森の深部に自分と師匠以外の人が居ることは滅多にない。『黒い魔女』の噂もあり、この場所に近づく人は少ないのだ。


 嫌な予感を感じつつ、俺は声の聞こえた方を目指して雪の上を駆けた。しばらく走ったところで、声の主を視界に捉えた。


「あ……あ……」


 それは一人の少女だった。年齢は俺より少し下くらいだろうか。泥と雪で汚れた衣服に身を包み、地面に倒れ込んでいる。


 そして、少女の前には巨大な熊のモンスター、ホワイトグリズリーが立ち塞がっていた。


 俺は『射出』スキルを発動しようとこちらへ背を向けるホワイトグリズリーへ片手を向けた。同時に、ホワイトグリズリーが鉤爪の生えた腕を振り上げるのが見えた。


 ――ッ! 間に合わない!


 俺は咄嗟に背負っていた剣を抜き、ホワイトグリズリーの背中目掛けて投げつけた。


 くるくると回転しながら宙を飛んだ剣は、狙い通りホワイトグリズリーの背中へと命中し、その分厚い毛皮に弾かれ雪の上に落ちた。


 ホワイトグリズリーが振り返って俺を見る。俺は丸腰のままホワイトグリズリーの懐へと突っ込んだ。


「グォオオオオオ!!」


 ホワイトグリズリーが咆哮する。同時に、鉤爪が俺の頭目掛けて振り抜かれた。俺はスライディングでその一撃を掻い潜り、ホワイトグリズリーの背後、少女の元へと移動する。


 ――さて、ここからどうする?


 俺は少女を自分の背後へ庇いながら、数メートル先で鼻息を荒くしているホワイトグリズリーを見据えた。


 剣は手の届かない位置に落ちている。インベントリに入っているのは小動物を仕留める用の小型ナイフだけだ。『射出』で打ち出したところでダメージは期待できないだろう。


「万事急須か……」


 思わず呟くと、背後の少女が震えるような声で言う。


「あ、あの……あなたは……?」


 俺は振り返って少女を見た。泥と雪でひどく汚れたその少女は、今にも泣き出しそうな顔で俺を見ていた。


 そこで俺は気がついた。少女のベルトに、一振りの小刀が吊られていることに。


「おい! その刀を貸せ!!」


「え……?」


 ホワイトグリズリーが一際大きく雄叫びを上げた。体を沈め、俺目掛けて飛びかかろうとしている。


「いいから早く! 死にたいのか!」


 少女は困惑しつつもベルトから刀を外し、それを俺に差し出した。俺は右手の手袋を外し、刀を鞘ごと掴む。


「インベントリ!!」


 俺がそう言うと、空中に半透明のウィンドウが出現した。


 ーーーーーーーーーー

 所持品:

 ・小型ナイフ【銅】 × 102

 ・月鋼の脇差    × 36

 ーーーーーーーーーー


 よし、この武器ならいける。


「スキル発動! 『射出』!」


 俺の背後から受け取った小刀が発射される。それも一本だけではない。無数に射出された小刀は一本一本が攻撃力三倍となりホワイトグリズリーに襲いかかる。


「ゴオオオオオオオオオオオ!?」


 ホワイトグリズリーがよろめく。思った通りだ。この武器ならダメージが通る!


 俺は左手をホワイトグリズリーへと向けたまま、汗ばむ右手で小刀を力強く握りしめる。


 俺の『能力』は素手で掴んでいる物体に対して適用される。インベントリ内のアイテム増加ペースは秒間十個ペース。それを上回らない射撃スパンならば弾切れは起こらない。


 降りかかる小刀の雨に、やがてホワイトグリズリーはその場に倒れて動かなくなった。


 どうにか、倒すことに成功したようだ。


「……大丈夫か?」


 少女はまだ震えていた。たった一人でこんな場所にいるなんて、どういうことだろうか?


 俺は瞳に力を集めてスキル『看破』を発動する。これは対象のステータスを見通すスキルだ。格上の相手には通用しない場合もあるが、今回は問題なく少女のステータスが表示された。


 それを見た俺は思わず息を呑んだ。


 ーーーーーーーーーー

 名燕:スイ・シャーウッド

 繧後∋繧:5

 魔ョk:7

 繧翫g縺:4

 防y呂キy蜻:4

 謇?謖√ル:

 ・なし

 ーーーーーーーーーー


「……『バグつき』か……」


 俺は少女のステータスを、しばらく見つめていた。

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