第8話 王都襲撃 その3
鎖で動きを封じられた
たった一つ確かな事実。子供の頃に死んだはずの男。何もできずただ泣くだけの子供だった弟が、今自分の命を救ったのだということだけが事実だった。その屈辱に、ガエルの脳は沸騰しそうになる。
が、状況はまだ好転したわけではなかった。
「この程度の拘束……時間稼ぎにしかならんわッ!!」
合成魔獣が吠える。鎖の巻きついた四肢の筋肉が激しく膨張した。ビリビリと大気が震え、金属が軋む音が響き渡る。数本の鎖が耐えられず千切れ、焼け野原となった草原へと弾け飛んだ。
が、グリムは落ち着いていた。
「時間稼ぎで充分なんだよ」
グリムは言いながら右手の手袋を外してゆく。背負っていた剣を抜きそれを地面へと突き立て、柄を逆手に握った。さらに反対の手を合成魔獣へとかざすと、
「スキル発動、『射出』」
そう唱えた。
スキル『射出』。インベントリ内の道具を攻撃力三倍にして発射する低級スキル。
ガエルは思わず舌打ちをした。その程度のスキルではろくなダメージすら与えられないだろう。やはりこの男はなにも変わっていない。生まれついての不良品、『バグつき』だ。ほんの少しでも期待した自分が馬鹿だった。
――が。グリムのスキル詠唱はそれで終わりではなかった。
「――+『領域結界』+『貫通』+『分身』+『倍化』+『聖なる光』+『ミスリルコーティング』+『磁場』+『ブーメラン』+『爆炎』+『雷光』+『衝撃刃』+『速度上昇×10』+『攻撃上昇×10』――」
「なッ!?」
合成魔獣の周囲の空間が波打つように歪む。次の瞬間、取り囲むように無数の剣が出現した。その全てが雷を帯びたように輝き、真っ直ぐに合成魔獣の体を狙っていた。
「バカな――」
最後まで言い終わる前に、突き出されたグリムの手が握られた。同時に剣のドームは収束した。目にも留まらぬ速さで射出された無数の剣は合成魔獣の四肢を貫き、雷と火焔を放ち、その後炸裂した。
ドゴォォオオオオオオオオオオオオオ!!!!
爆発音にも似た凄まじい轟音を響かせ。衝撃波と突風が戦場を駆け巡る。
強力な一撃。否、波状攻撃。
だが――。
「だ、ダメだ! そいつは何度でも復活する!!」
グリムの攻撃によって合成魔獣は少なくないダメージを負ったようだった。が、早くもその肉体は再生を始めている。胴体部に空いた穴は塞がり始め、千切れ飛んだ片腕は早くも生えてきている。
合成魔獣は吹き飛ばされた顎を修復しながら唸るように言う。
「……ヴァか……もノ……め……この程度で……オレを殺せルとでモ……」
「思ってないよ」
グリムが冷たい声で言い放つ。
「だから――死ぬまで続ける」
空間が波打つように歪み、数舜前と同様に無数の剣が顕現する。そしてそれは再び合成魔獣へと襲いかかった。
それは凄まじい光景だった。
次から次へと空間から現れた剣が合成魔獣へと暴風雨の如く襲いかかった。そしてその一本一本は肉体を削り、切断し、雷と炎でその身を焼いた。
「グォオオオオオオオオオオオオ!!?」
合成魔獣が咆哮する。
「修復が……間に合ってない……?」
ガエルがそう呟いた瞬間。合成魔獣の全身が膨張し、爆散した。
与えられるダメージの量と速度に肉体の修復を間に合わせようと、体内の魔力が活性化しすぎたのだろう。逆に肉体が魔力に耐えきれず、内部から爆発したのだ。
爆散した合成魔獣の肉体が灰となって降り注ぐ。それを浴びながら、グリムは地面に差していた剣を抜き、切り払って背に吊った鞘に収めた。
「本当に……グリム……なのか……?」
ガエルはスキル『看破』をグリムに対して使用する。目の前の空間に、グリムのステータスが表示された。
ーーーーーーーーーー
謾サ前:グリム・シャレル
繝ャベる:169
魔‘d力:28392
謾サ謦?鴨:83920
髦イ蠕。蜉:32802
謇?持*スkル:
・射出
・領域結界
・ミスリルコーティング
ーーーーーーーーーー
「なっ!?」
なんだこのステータスは、見たこともない数値だ。
ガエルが呆然とグリムのステータスを見ていると、
「グリム様、こちらは終わりました」
背後から突然女の声がした。ガエルは驚いて振り返る。
そこには長身の美女が立っていた。肩のあたりで切り揃えられた髪は青く。瞳は金色の女性で、腰には『
というか、この女どこから現れた? 足音も、気配もまるで感じなかった。まるでいきなりこの場所に現れたかのようだ。
ふと、女の視線がガエルへと向けられた。
「グリム様。この方々は……?」
「俺の兄弟だよ」
グリムが業務連絡でもするかのような声色でそう答える。その瞬間、女の目から光が消えた。まるで道の端に転がる馬糞でも見るかのような目でガエルを見据える。
「そうですか……この方々が……」
その声は冷ややかで、どこか軽蔑の意思を感じた。いや、それを超えて殺意すら含まれているように感じる。
そのときだった。城壁の方から一人の騎士団員が慌てた様子で駆けてきた。
「で、伝令ッ! 東の第三防衛ラインが突破された模様! 繰り返す! 東の第三防衛ラインが突破された! 動けるものは直ちに街へと急行されたし!」
「なに!?」
ガエルは息を呑んだ。防衛ラインが突破されたということはモンスターに街への侵入を許したということ。
しかも第三防衛ライン。そこを守ってたのは親父が部隊長を務める部隊だったはずだ。
ギルを寝かせて立ち上がったガエルに、グリムが声を掛けた。
「そいつを早く医者に連れて行ったほうがいい。死にかけてる」
淡々とそう言った。その態度が気に食わず、ガエルはグリムの胸ぐらを掴んでその顔に唾を飛ばして叫んだ。
「う、うるせぇ! お前にはわかんねぇのかよ! 第三防衛ラインが突破されたってことは、街の東側からモンスターが攻めてきてるってことだ! そこには俺たちの家があるだろうが! 家には母さんがいるんだよ!」
その瞬間、ガエルの喉元にヒヤリとした感触が走った。
「……グリム様から離れてください。どの口が抜かしているんですか」
今度は明確に殺意を孕んだ声だった。先ほどの女が抜刀し、青白く輝く刀身をガエルの首筋にピタリとあてがっていた。
「な、なんだよ、おまえ……」
「よせ、スイ」
グリムが静かな声で言う。スイ、と呼ばれたその女は目だけを動かしてグリムを見ると、やがて刀を下ろした。
「スイ、悪いが街の東を頼む。人々を守ってくれ。
グリムはそう言って地平線を指差した。そこからは、再びモンスターの大群がこちらへ押し寄せてきていた。
女は刀を鞘に戻すと、
「承知しました。グリム様、どうかお気をつけて」
そう言った次の瞬間、女の姿が消えた。唖然とするガエルの腕をグリムが掴む。
「早くそいつを医者のところに連れて行け。ここは俺が食い止める」
ガエルはグリムを見返した。やはり、こいつは違う。グリムはこんな目を――こんな力強い目をする男じゃなかった。
「母さんのことなら、スイに任せておけば大丈夫だ。彼女は――強い」
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