第7話 力の使い方

 ぼくが魔女――いや、師匠と暮らし始めてから一週間が過ぎた。


 その日、ぼくと師匠は二人で狩りに出ていた。横並びになったぼくと師匠はうつ伏せで森の茂みに伏せ、獲物が巣から顔を出す瞬間をじっと待っていた。


 すると師匠は突然、こんなことを言い始めた。


「グリム、『インベントリ』ってなにか説明できる?」


 師匠は手にした小さなナイフをくるくると弄ぶように回しながらぼくを見た。


「インベントリは、この世界に生きる人なら誰でも使える『収納魔法』で、道具を別の空間にしまったり取り出したりできる……かな」


「そう。それがインベントリという魔法の概念。でね、インベントリになにかをしまう、っていうのは一瞬の動作に見えるけど、正確にはいくつかのステップに分けることができるんだよ」


 師匠はそれを三つのステップに分けていると言った。


 1.インベントリに収納したい物体に触れる

 2.インベントリ内に物体が複製コピーされる

 3.触れていた物体が消滅する


「この三つのステップが一瞬で行われるから、触れた物体がインベントリ内に移動したように見えるんだね」


 師匠はそう言って、手にしていたナイフをインベントリ内へと収納した。側から見ている分には一瞬でナイフが消えたようにしか見えない。


「で、グリムの力はこのうちステップ3だけを無効化してるんだよ」


「触れていた物体が消滅する、ってところ?」


「そう。だから1と2を無限にループして、インベントリ内に増え続けるんだ。いやぁ、便利な能力だね」


 能力。この現象をそんな風に考えたことはなかった。これは忌むべき『呪い』だと、ずっとそう思っていたから。師匠が『能力』と肯定的に捉えてくれたことがぼくは嬉しかった。


「で、ここからが本題ね。グリムはこれからこの能力を使いこなして戦えるようにならなきゃいけない。そうしないといつまで立ってもレベルが上がらないしスキルも覚えられないからね。低級スキルなら魔導書グリモワールで覚えることもできるけど、いつまでもそれに頼るわけにはいかないし」


 戦えるようにならなきゃいけない。その言葉にぼくは思わず縮こまってしまう。


「でも、ぼくは生まれつき体が弱くて剣を振ったりできないから、戦うって言われても……」


「そんなお悩みをお持ちのアナタにピッタリのスキルがあるんですよ」


 師匠は芝居がかった口調でそう言うと、片手をまっすぐに伸ばして、


「スキル発動――『射出』」


 小さな声でそう言った。その瞬間、師匠の背後の空間が水面のように揺らめき、そこから先ほどインベントリに収納したナイフが勢いよく飛び出した。


 放たれたナイフは矢のような速度で地面と水平に飛び、巣穴から顔を覗かせた兎に命中した。


 バキィン! という分厚いガラスの砕け散るような音を残してナイフが粉々に砕け散る。同時に兎の体が巣穴から弾き出され、地面に落ちて動かなくなった。


「――今夜は兎鍋だね」


 師匠はそう言って指でピースサインをしてみせた。兎を回収するために立ち上がった師匠の後ろを追いかけながら、ぼくは興奮を抑えて尋ねる。


「い、いまのスキルは?」


「スキル『射出』。インベントリ内の道具を一つ選んで発射する。発射された道具は攻撃力が三倍になった状態で飛んでいくけど、必ず壊れて消滅してしまう」


「どうして、これがぼくにぴったりのスキルなの?」


「グリムは能力で道具に触れてさえいればインベントリ内にその道具が無限に増え続ける。つまり『射出』によっていくつ発射したところで弾切れになることがない。発射した道具は必ず消滅してしまうけど、このデメリットもグリムには関係ない」


 ぼくは驚きと興奮に包まれながら師匠の言葉に耳を傾けていた。


「たとえばキミが『世界に一本しかない伝説の剣』を掴んでいれば、その剣が攻撃力三倍になって敵めがけて発射され続ける。無限にね。こう言えばキミの能力の恐ろしさが伝わるかな?」


 ぼくはごくりと唾を飲み込んだ。確かにその闘い方なら体の弱さなど関係ない。いくら筋力がないとはいえ、剣を掴むくらいのことはぼくにだってできる。


 師匠は仕留めた兎を回収すると、インベントリから古ぼけた羊皮紙を取り出した。


「それ……魔導書?」


「そう。この魔導書には今言った『射出』のスキルが封じてある。これを今からキミに覚えさせるから、鍛錬を積んで使いこなせるようになるんだよ?」


 師匠はそう言って、その魔導書をぼくの前にかざした。魔導書が青い炎に包まれ、同時にぼくの頭の中にスキルの使い方が流れ込んできた。


「ほい。これで完了っと。ステータスを見てごらん」


 師匠に言われるがままにステータスを開く。


 ーーーーーーーーーー

 謾サ前:グリム・シャレル

 繝ャベる:1

 魔‘d力:3

 謾サ謦?鴨:2v

 髦イ蠕。蜉:%s

 謇?持*スkル:

 ・射出

 ーーーーーーーーーー


「うんうん。ちゃんと覚えられたみたいだね」


 そのとき、数十メートル先の茂みがわずかに揺れ、一匹の兎が顔を覗かせた。巣に戻ってきたのだろう。


 ぼくは師匠の顔を見た。師匠は無言で頷くと、そっと一本のナイフを差し出した。ぼくはそれを受け取ってインベントリに収納する。


 それからぼくは兎に向かって右手を突き出し、


「――スキル発動! 『射出』!」


 そう唱えた。ぼくの背後から一本のナイフが飛び出し、兎目掛けて一直線に飛んでゆき――。


 ナイフは兎の頭上を飛び越えて、その背後の木に命中して粉々に砕け散った。その音に驚いた兎は森の奥へと姿を消してしまう。


「外れた……」


 思わずそう呟いた。生まれて初めてスキルを使ったという感動と、獲物を仕留め損ねたという事実になんとも言えない複雑な感情になっていた。


「うん。惜しい惜しい。初めてにしてはなかなかセンスいいんじゃない? これから練習していけば必ず当たるようになるよ」


 師匠はそう言って、ぼくの頭をポンポンと手で軽く撫でた。


 ぼくはスキルを使ったばかりの右手のひらを見つめた。なんだか、まだその部分が熱を帯びているような気がした。


 高揚していた。ぼくは生まれて初めて、自分という存在に可能性を感じていた。


「師匠。ぼく、強くなれるかな」


「たくさん訓練を積んで、レベルを上げて色んなスキルを覚えていけば強くなれるよ」


 師匠はそう言って笑う。


「きっと、いつかは私よりもね」


「そっか……」


 ぼくはぎゅっと拳を握った。それから師匠の顔を見上げて、笑顔で言った。


「いつか、そうなれたらいいな!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る