第6話 王都襲撃 その2

 恐るべき速度で城壁へと迫った合成魔獣キメラは、手にしていた巨大な剣を振り上げ、城壁へと叩きつけた。


 落雷のような爆音が鳴り響く。地響きと共に吹きつけた強烈な風に吹き飛ばされそうになり、ガエルは必死に耐えた。


 土煙が晴れたとき、そこには絶望的な光景が広がっていた。


「そんな……城壁が……」


 城壁の一部がえぐれ、大きく欠損していた。合成魔獣はたったの一撃で城壁を破壊してみせたのだ。防壁としての役割を失ったその箇所へとモンスターの群れが進路を変える。


「グゥオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 合成魔獣は雄叫びを上げると、攻撃の矛先をモンスターを狩る剣士たちへと変えた。四本の脚で戦場を駆け、その巨大な剣を振り回し次々と屍の山を築き上げてゆく。


 そしてその凶刃は、ガエルとギルの元へ迫りつつあった。


「く、くるなぁぁああああああああ!!」


「よせ! ギル!」


 ガエルの静止する声も聞かず、ギルは抜刀し迫り来る合成魔獣へと突っ込んだ。


「スキル発動! 『攻撃速度上昇』+『七星連撃斬グランシャリオ』!!」


 跳躍したギルの持つ剣が輝く。そのまま閃光のごとき連続攻撃が合成魔獣の体へと叩き込まれた。


 片手剣専用スキル『七星連撃斬』。それは超速で繰り出される必殺の七回連続攻撃。


 合成魔獣の片腕が切断され、地面に落ち灰となって崩れた。


「どうだクソ野郎!!」


 地面へと着地したギルが勝ち誇ったように叫ぶ。が、次の瞬間、合成魔獣の腕の断面が膨張したかと思うと、そこから新たなる腕が生えた。一瞬にして、合成魔獣の肉体は元通りになっていた。


「まさか、肉体の自動修復だと……!?」


 一体どこまで命を弄んだ結果なのか。眼前の怪物は完全に一生命として存在していい範疇を超えてしまっていた。存在そのものが生命に対する冒涜と言っていい。


 合成魔獣はゆっくりと首を回すと、唖然と立ち尽くすギルを睨みつけた。


「グゥウウウ……その程度の攻撃がこのオレに通用するとでも……?」


「なっ!?」


 こいつ、人語を喋った!?


 人語を理解する合成魔獣など聞いたこともない。『人喰いの魔女』はその域まで到達しているというのか……?


「逃げろ! ギル!」


「ガ、ガエル兄さん助け――」


 が、遅かった。修復され元通りになった合成魔獣の腕が地面を薙ぐように振り抜かれる。岩石のようなその拳はギルの体に真横から叩き込まれ、その体を数十メートル吹き飛ばした。


 ごきごき、という骨の砕ける嫌な音が聞こえた。ギルの体は風に弄ばれる枯れ草のように地面を転がり、倒れ伏して動かなくなった。


「ギル!?」


 ガエルは急いで倒れたまま動かないギルの元へと駆け寄る。ギルは目や鼻から血を吹き出したまま、ヒューヒューと奇妙な呼吸音を奏でていた。


「怯むな! いけぇ! いけぇ!!」


 誰かが叫んで、まだ息のある剣士たちが一斉に合成魔獣へと斬りかかった。


 が、結果は見えていた。相手は自分たちより何倍も大きく強く、おまけに負わせた傷は数秒で完治するという怪物なのだ。


 ガエルは虫の息になったギルを腕に抱きながら、怪物に蹂躙される仲間たちの悲鳴をただ聞いていることしかできなかった。


 やがて、周囲は静まり返った。聞こえてくるのは風の音と、仲間の死体を踏み潰しながら近づいてくる怪物の足音だけだった。


 ゆっくりと、だが確実に死は近づいてきた。


「――死ぬがいい」


 合成魔獣が、ガエルの身長の五倍はあろうかという大剣を振り上げる。その光景を、ガエルはどこか現実離れしたものとして見ていた。


 数秒後自身に降りかかるであろう死の未来。ガエルはそっとそれを受け入れた。


 そして次の瞬間、轟音と共に剣は振り下ろされ――なかった。


「………………?」


 ガエルは震えながら顔を上げる。


 合成魔獣の振り上げた大剣に、空中から伸びる無数の鎖が絡みついていた。否、大剣だけではない。鎖は合成魔獣の腕や脚、体全体に絡みついてその動きを完全に止めていた。


「グウゥ……なんだ? 貴様は」


 合成魔獣は唸りをあげ、ガエルの背後に向けてそう問いかけた。


「誰でもないさ」


 誰かがそう答えた。声の主はへたり込むガエルの脇を通り抜けると、合成魔獣の前へと進み出た。


 それは痩身の男だった。身長は高く、そのせいで余計に痩せて見える。やや癖のついた金の髪が、風に揺れていた。


 男は一歳怯えることなく。立ちはだかるように合成魔獣の前に立っていた。


 ガエルは男の後ろ姿を見ながら絶句していた。男のその声が、後ろ姿が、ガエルの記憶を激しく揺さぶり起こしていた。


 ――ありえない。だが、間違いない。


「――グリム……?」


 呟いたガエルに、男は一度だけ振り返った。


 その横顔は紛れもなく。十年前北の森に捨てられたはずの、死んだはずの弟のものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る