第5話 王都襲撃 その1
その日は、朝から灰色の雲が空を覆っていた。
自室のベッドで目を覚ましたガエルは部屋に響くノックの音に顔を顰めた。
――昨晩は飲みすぎた。扉を叩く音が痛む頭に不快だ。
体を起こしたガエルは隣に裸の女が寝ていることに気がついた。名前を思い出そうとしたが、余計に頭が痛むだけだったのでやめた。
「開いてるよ」
不機嫌な声で応じると、ノックが止まって扉が開く。
「おはよう、ガエル兄さん」
扉の向こうから現れたのは弟のギルだった。綺麗に切り揃えられた金髪は整えられており、王国騎士団の制服に身を包んでいる。
「緊急招集だって。早く着替えたほうがいいよ」
「緊急招集?」
騎士団に所属して六年。緊急招集など初めてのことだ。
「すぐに行く」
ギルを先に向かわせガエルはベッドから這い出た。あくびをしながら制服に袖を通してゆく。
「まったく、アイツの呪いじゃねぇのか……」
ガエルはふとそんなことを呟いていた。
今から十年前、ガエルにはもう一人弟がいた。
確か名前はグリム。思い出す価値も理由もないので忘れていたが、今日はアイツの命日だ。
……いや、そういえば誕生日でもあったか。
ガエルは一人でくくく、と笑みをこぼした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
王宮前の広場は騎士団員たちで溢れかえっていた。てっきり選ばれた数名が招集されたのかと思っていたが、この分だと騎士団に所属する全員が呼ばれているようだ。想像よりも緊急事態らしい。
やがて、騎士団のトップである大隊長が壇上に上がった。
「よく集まってくれた! たった今より緊急の防衛作戦を開始する!」
団員たちの間に緊張が走った。
「現在、北東の山脈に巣食う『人喰いの魔女』がモンスターの大群を従えてここ王都を目指して進軍してきている! 我々の目的はその進行を防衛ラインにて食い止めること! 一匹たりとて王都への侵入を許すわけにはいかん!」
動揺が波紋のように広がっていった。
「ひ、人喰いの魔女!? ここ数年動きがないと思ったがついに攻めてきたのか!?」
「モンスターの大群とは、本気で王都を落としにきたな」
隣に立って話を聞いていたギルが小声で話しかけてきた。
「ガエル兄さん、大変なことになったね」
「まぁ、いつかはこうなるとは思ってたがよ……」
北東の山脈を根城としている『人喰いの魔女』は人間嫌いで有名だった。昔から王都に対して嫌がらせのようにモンスターを嗾けてきたりしていたので、要監視対象とされ長年緊張状態が続いていた。いつかこんな事態が起こるのではないかということは、誰しもが予想していたことではあったのだ。
「静粛に! それぞれ部隊長の指示に従い、担当する防衛地点へと移動を開始しろ!」
大隊長はそう告げて壇上から姿を消した。騎士団たちはそれを合図に行動を開始する。
ガエルとギルも、指示された場所へと向かって移動を始めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ガエルとギルが配置されたのは、街の北側に面する第一防衛ラインだった。城壁の上から見ると、北東に広がる山脈の方から蠢く黒い影が王都へ迫ってくるのが見えた。
「数が多いな……」
城壁の上でモンスターの群れを見たギルが呟く。ギルは少し心配性なところがあった。
「まぁ、大丈夫だろ。城壁もあるし、魔導士部隊も配置についた。俺たちの仕事は魔法攻撃で弱った残党を仕留めるだけの簡単なもんさ」
ガエルはそう言ってギルの肩を叩く。
やがて、敵の姿が鮮明に見えてきた。地面を埋め尽くすほどのスライムやゴブリン、ゴーレムといったモンスターの群れが城壁へと迫る。
「魔法攻撃開始!」
部隊長の合図を皮切りに、魔導士たちが一斉に魔法の詠唱を開始した。数秒の後、その手から放たれた炎の矢がモンスターの群れへと飛び込み、轟音をあげて炸裂した。その強力な一撃によってほとんどのモンスターが灰へと還る。
「よし! 剣士部隊は残党を狩れ! 一匹たりとも逃すな!」
ロープを伝って城壁から降りた剣士部隊は、かろうじて爆炎から逃れたモンスターに剣を突き立てた。すでに魔法の一撃によって弱り切ったモンスター相手なら何の問題もない。
ガエルも近くをふらついていたゴーレム目掛け剣を突き刺した。近くでゴブリンの首を跳ね飛ばしながら、ギルが笑い声を上げる。
「あはは! ガエル兄さんの言った通りだ! こいつらまるで手応えがないよ! 楽勝だ!」
戦況は騎士団が優勢。すでに勝敗は決しているかのように見えた。
異変が起こったのはその直後だった。
「なんだアイツは!? 魔法が効いてないぞ!!」
すぐ近くで剣を振るっていた男が叫ぶ。ガエルは地平へと視線を向けた。
立ち上る火柱の中を、巨大な影がズシン、ズシンと地響きのような足音を鳴らしながら動いている。
やがて炎が晴れたとき、そこに立っていたモンスターの姿にガエルは目を見張った。
「なんだ……?」
そいつは上半身はオーガ、下半身は巨大な馬という奇妙な姿をしていた。体長は人間の三倍はあり、手には大木のごとき巨大な剣を握りしめている。
「まさか……『
合成魔獣。それは複数のモンスターを掛け合わせる禁忌の魔法によって生み出される怪物。その力は通常のモンスターの数百倍にも及ぶとされる。
次の瞬間、そいつは城壁目掛けて一直線に走り始めた。
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