第2話 少年の日常


「……で、剣術訓練の調子はどうだ?」


 夜、家族で食卓を囲んでいると、お父さんがそうぼくらに尋ねた。

 

 王家に仕える騎士団員でもあるお父さんは、息子たちも立派な剣士に育てる、という使命感に燃えていた。シャレル家は代々騎士の家系。この立派な家も、ご先祖様が騎士として王家に多大な貢献をしたことが理由なんだって。


「ぼくはレベルが13になったし、ギルは新しいスキルを覚えたよ!」


 ガエルが嬉しそうに答える。お父さんは満足げに何度も頷いた。そのたびに騎士にしては恰幅の良い体がゆさゆさと揺れた。


 それからぼくの方を見ると、表情を消して尋ねた。


「グリム、お前は?」


「ぼくは……その……レベル1のままです……ごめんなさい……」


 ぼくは俯きながら答える。『バグつき』であるぼくはレベルが上がりづらい。それだけでなく、生まれつき全身の筋力が弱いため、まともに剣を振ることすらできず、鍛錬を積むことができずにいた。


「そうか」


 お父さんはつまらなそうに言って、再び食事の手を動かし始めた。ガエルとギルがニヤニヤしながらこっちを見ているのがわかった。


 ぼくは悔しかった。お父さんの期待に応えられていないことも、こんな体に生まれてきてしまったことも。


 もしぼくが『バグつき』なんかじゃなく健康に生まれてきていたなら、お父さんはぼくにもっと優しくしてくれただろうし、ガエルとギルとも仲良くやれたかもしれない。そう思うと、悔しくて悔しくて涙が出そうだった。


「グリム、そういえば明日はお前の誕生日だったな」


「えっ」


 お父さんの言葉に、ぼくは伏せていた顔をあげた。お父さんがぼくの誕生日を覚えていたことが驚きだった。生まれてから一度も誕生日を祝われたことなんてなかったのに。


「では、明日は家族全員で北の森にでも行くとしようか。今は紅葉が綺麗だと同僚が言っていた」


 ぼくは連続する驚きに何も言えなかった。ぼくの誕生日に家族でお出かけだなんて! もちろん初めてのことだ。


「父さん、北の森には『黒い魔女』がいるんじゃ?」


 ギルが怯えるように言った。


 黒い魔女。北の森の奥深くに住んでいるらしいその魔女は、全身を黒いぼろ布で覆っており、その素顔は一度見たら忘れられないくらい恐ろしいのだとか。性格は血も涙もなく残忍。子供の悲鳴が好物で、夜になるとふらりと現れ、子供を攫って森の奥にある隠れ家に連れ帰ってしまうらしい。


「そんな奥深くまで行くつもりはない。どっちにせよ、暗くなる前には帰ってくるから安心しなさい」


 お父さんはの言葉にギルは安堵したようだった。


 その後、ぼくは特に会話に混ざることなく、黙々と食事を続けた。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 食事が終わり、ぼくは自室に戻ろうと廊下を歩いていた。


 そのときだった。


「グリム」


 扉が開いて、そこから顔を出したお母さんがちょいちょいとぼくを手招きした。


「その額の怪我はどうしたの?」


 お母さんに言われて、ぼくは剣術訓練の際にギルに負わされた怪我のことを思い出した。


「これは……剣術訓練のときにちょっと……」


「おいでなさい。手当してあげる」


 お母さんに手を引かれて、ぼくはベッド脇に置かれた椅子に腰掛けた。


 お母さんはテキパキとぼくの頭に薬をつけて包帯を巻いてくれた。


 この家で、唯一ぼくに優しくしてくれるのがお母さんだった。今みたいに怪我をしていたら手当してくれるし、毎年誕生日には「おめでとう」と声をかけてくれる。お菓子を作っている最中にこっそり味見させてくれたことだってあった。


 辛いことだらけの毎日だけど、ぼくがどうにか生きる気力を失わずにいられるのはお母さんがいるからだ。


「お母さん。明日はみんなで北の森に出かけるんだって」


「そう言ってたわね」


「お母さんも来るでしょ?」


「ええ、もちろん。グリムの好きなビスケットを焼こうと思ってるのよ。楽しみにしててね」


 ぼくは嬉しくなった。それからきゅっと口を結んでお母さんを見上げる。


「……もし『黒い魔女』が現れたら、ぼくがお母さんを守るよ」


 お母さんは手を止めると、驚いたようにぼくの顔を覗き込んだ。ぼくは頬が熱くなって、思わずお母さんから目を逸らす。


 やがてお母さんは微笑むと、ぼくの頭を優しく撫でてくれた。


「ありがとう。グリム」


 ぼくはなんだかむず痒くなって、体をもじもじと動かした。


 明日はどうやら素晴らしい日になりそうだ――ぼくはそう思った。

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