追放少年はバグにまみれて〜呪いの子として捨てられた少年が力を使いこなし最強となって帰ってくるまでのお話〜

雨悟 凛

第1話 呪われた少年


「旦那様! 生まれました! 男の子です!」


 そんな女性の声と共に、赤ん坊の泣く声が部屋に響き渡った。


 旦那様、と呼ばれた恰幅のよい男は部屋に飛び込んでくると、生まれたばかりの赤子をその手で抱き上げる。そしてすぐに、隣に立つ別の男へと赤子を差し出した。


「調べろ」


 短く命じる。赤子を受け取った男は鑑定士。この国では、国民は生まれると同時に『素質』が調べられる。鑑定士はその『素質』を調べる役割を国から与えられているのだ。


 『素質』とは、簡単に言えば生まれ持っている才能の原石だ。それは魔力の才能かもしれないし、剣士としての才能かもしれない。


 が、赤子を腕に抱いた鑑定士の顔はみるみるうちに青ざめていった。


「だ、旦那様、この子は……」


 鑑定士の様子で全てを察した男は、恐る恐る問いかける。


「まさか……『バグつき』か?」


 鑑定士がごくりと唾を飲み込み、頷く。


 部屋にいた誰もが言葉を失っていた。たった今新しい命を産み落とした女性は、顔を両手で覆って涙を流す。男は近くのテーブルに力強く拳を叩きつけた。


「――ッ! くそ……呪われた子か……」


 こうしてその男の子は、誰からも祝福されずこの世に産声を上げた。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ぼくがこの世に生を受けてから、七年の歳月が過ぎた。


 その日、ぼくはいつもと変わらない『日常』を過ごしていた。


「おら、こっちだ!」


 がっしりとした体格の少年が一人、木剣を片手にぼくの前に立っている。ぼくの手にも木剣が握られていて、ぼくたちはまるで決闘でもするかのように向かい合っていた。


「防いでみろ! グリム!」


 少年が叫んで、地面を蹴って跳躍した。真正面から迫り来る一撃をぼくは木剣でガードする。


 が、その一撃は重く、ガードした木剣ごとぼくの体にめり込んだ。


「がっ!?」


 骨まで軋むような衝撃。ぼくは肺の空気を全て吐き出してうつ伏せに芝の地面へと倒れ込んだ。


「はい、ガエル兄さんの勝ちー」


 すぐ近くで戦いを眺めていた別の少年が言った。


「つまんねぇの。もうおしまいかよ」


 ぼくに木剣を叩き込んだ少年が吐き捨てるように言う。ぼくは荒い呼吸を繰り返し、必死で酸素を取り込みながら二人の少年を見上げた。


 ぼくに木剣を打ち込んだ方がガエル。つまらなそうに様子を見ていた方がギル。二人ともぼくの兄で、ガエルが三つ上、ギルが二つ上だ。


 この二人にぼく――グリムを加えて『シャレル三兄弟』のできあがり。シャレル家はそれなりに名の通った貴族で、代々王家に仕える騎士を輩出してきた家系だ。だからこうして屋敷の中庭で剣術の訓練をするのは、ぼくら兄弟にとっては日課だった。


 と言っても、二人の兄にとってこの時間は「剣術訓練」ではなく「グリムいじめ」の時間らしい。彼らにとっては素晴らしい時間かもしれないけど、ぼくにとっては悪夢のような時間だ。


「ガエル兄さん、俺、新しいスキル覚えたからこいつで試したい」


 ギルがそう言って、続けて「ステータス」と唱えた。ギルの前に半透明のウィンドウが出現する。


 ーーーーーーーーーー

 名前:ギル・シャレル

 レベル:10

 魔力:49

 攻撃力:36

 防御力:29

 所持スキル:

 ・横薙ぎ斬り

 ・兜割り

 ・鋼鉄化

 ーーーーーーーーーー


「ほらこれ。試してみていいよね?」


 ギルは嬉しそうに言って『インベントリ』を開き木剣を取り出した。そのまま素振りするように空を薙ぐ。


 ぼくは地面に這いつくばったままギルを睨みつけた。


 戦闘スキルなんて人間相手にふざけて試すようなものじゃない。万が一打ちどころが悪かったら死の危険すらあるのだ。


 ぼくの視線に気がついたギルはイラついたように目を細めて顔を顰めた。


「……むかつくなぁ。なんだよその目は。悔しかったらお前もスキルで反撃してみろよ。ほら、ステータス見せてみな」


 ぼくは躊躇った。が、逆らえばもっと酷い目に遭わされることはわかっているので、鉄の味がする唇を動かし、言った。


「……ステータス」


 顔の前で空間が揺らぎ、そこにぼくのステータスを記したウィンドウが現れた。


 ーーーーーーーーーー

 謾サ前:グリム・シャレル

 繝ャベる:1

 魔‘d力:3

 謾サ謦?鴨:2v

 髦イ蠕。蜉:%s

 謇?持*スkル:

 ・なし

 ーーーーーーーーーー


「ギャハハ! いつ見ても気持ちわりィな! 『バグつき』のステータスは!」


「ほんと、こんな不良品と血が繋がってると思うとゾッとするね」


 兄二人はぼくを見下ろしたまま、げたげたと下品に声をあげて笑った。


 『バグつき』。ぼくみたいに呪われた人を指す言葉。普通の人に比べて基礎ステータスが低く、スキルの習得がなかなかできない。ステータスウィンドウは歪み、時々自分の意思とは無関係に不可解な現象を引き起こす。


 生まれたときから呪われている忌むべき存在――それが『バグつき』なんだって。


 兄二人は散々笑ってから、やがてぼくの腕を掴むと強引に立ち上がらせた。


「や、やめて! はなしてよっ!」


 ぼくは痩せ細った体で必死に抵抗する。が、体格も力も圧倒的に勝るガエルから逃れることはできない。


 ガエルに拘束されたぼくの前で、ギルが木剣を構えて嬉しそうに吠えた。


「ほらほらほらァ! せいぜい死なないよう気張れよッ! ――スキル『鋼鉄化』+『横薙ぎ斬り』!!」


 ギルがスキルを発動する。一才の躊躇なく横一直線に振り抜かれた木剣が、ぼくの額を捉えた。


 『鋼鉄化』スキルによって鋼の硬さと化した木剣の一撃を受け、額の皮が裂けて血飛沫が飛び散る。衝撃でガエルの拘束が解けて、ぼくは吹き飛んで地面を転がった。


「ひゃー! こりゃスゴッ!! あいつマジで死んだんじゃねーか!?」


「ギャハハ! グリム、死ぬんじゃねーぞ! がんばれ!」


 体が痺れて、ぼくは仰向けに倒れたまま指一本動かすことができなかった。視界の先で青空がぐるぐると回転する。ガエルとギルのはしゃぐ声がだんだんと遠のいて――やがてぼくの意識は闇へと吸い込まれた。


 この地獄こそが、ぼくにとっての『日常』だった。

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