06_なんか告白されてない?

「右耳のお掃除しますねー。膝枕じゃなくて残念です?」


 ゴソゴソ:右耳に耳かきが入ってくる音


「人の耳かきするのって緊張しますね。初めてなんですよ。他のお客様で試す前に先輩を実験台にできてよかった。もとい、練習台にできてよかったぁ」


 ゴソゴソ:右耳に耳かきが入ってくる音


「わ。けっこう奥まで入っていっちゃった。まだ大丈夫そうですか?」


 ゴソゴソ:右耳の中で耳かきが前後する音


「す、すごい……深い……。こんなに奥まで入っちゃった……」


「どうです? 気持ちいいですか?」

 少し不安げな声で聞いてきたけど、耳かき中に喋ってもいいか分らないから、鏡越しに目で訴える。


「あ。気持ちいいって顔してる。よかったー」


「では、左耳のお掃除しますねー」


 ゴソゴソ:左耳に耳かきが入ってくる音


「すっごい、奥まで入ってく……。緊張するぅ……」


 ゴソゴソ:左耳に耳かきが入ってくる音


「この辺りかな。気持ちいいです?」


 ゴソゴソ:左耳の中で耳かきが前後する音


「あ。この辺りがいいんですね」


 ゴソゴソ:左耳の中で耳かきが前後する音


「はい。終ーわり。どうです。先輩。癒やされました?」


 ああ。最高に癒やされたよ。


「私も、もーっと続けたいんですけど、残念ながらお時間なんですよね。また来てくれます?」


「絶対ですよ。予約時に、ちゃんと早蕨洋子って言ってくださいよ。ワラビーじゃ駄目ですからね。では、お会計はあちらですので」


 俺はワラビーについて、入り口近くの受付カウンターに向かう。


「それでは、本日のお会計は――」


 俺はふと、レジ横に置いてあるボトルが気になった。


「あ。はい。それがさっき使用したフェイスマッサージオイルです。気に入りました?」


「はい。販売もしてますよ」


 俺が買いたいと言うと、ワラビーは不自然に沈黙した。

「……え?」


「あっ、これ、見本なんで売り物じゃないんです。販売中の札がミスです」


 何故か慌てている。なんだ。何があった?


「いえいえ、在庫もありません。見間違いです。あれは同じボトルに見えて、別の製品です」


「え、えっと。とにかく売れません。おっ、お詫びとして、こんど一緒に買い物しに行って、私がオススメの選びます! それでいいですね? いつ、予定あいてますか!」


 なんかまくし立てられたから、俺は軽く呆気にとられながらも「明日」と答えた。


「明日? ちょ、ちょっと待ってください!」


 ドタドタ:ワラビーが慌ただしく何処かへ走り去る音。


 遠くから、小さくだがワラビーの元気な声がはっきりと聞こえてくる。

「店長! 急ですけど、明日、休んでもいいですか! そ、そうです。私がいつも好き好きアピールしているのに全然気づいてくれない例の鈍感な先輩です。お、オススメのフェイスマッサージオイルを紹介するというていで、デ、デデ、デートに誘っちゃっちゃいました」


「だっ、大丈夫です。寿退社とか、そういうのはまだ先です。私達、キ、キスもまだなんで……。いえ、キスは明日、決めてきます! マッサージのフリして唇の感触は確かめたから、イメージトレーニングは完璧です。明日は指じゃなく、自分の唇で決めます!」


「先輩のことマッサージして、胸バックバクというか、私、たかまっちゃってるので、この気持ちを維持していていけば、なんでもできる気がします。一線も二線も越えるために、私から襲うくらいの覚悟です! どたんばでへたれたときは、唇マッサージと称して、やります!」


 お前、声、でっかいから、丸聞こえなんだが?!


 ドタドタ:慌ただしくワラビーが戻ってくる。


「お待たせいたしました。明日、オススメのフェイスマッサージオイルを紹介させていただきます」


 聞かれていたとも知らずに、澄ました声で言いやがって……。


「……あれ? 先輩、顔が赤いですよ」


「あ。あれ。まさか……。き、聞こえてました?」


「ひゃ。ひゃぁぁ……。う、嘘、ですよね?」


「ち、違いますよ。先輩をからかうために、敢えて聞こえるようにしていたんです。全部、冗談です。本当です」


 必死に言い訳を重ねるが、あまりにも動揺しすぎていて嘘がバレバレだ。


「あ、いや、そこは嘘じゃないというか……。うーっ……」


 ワラビーは目をグルングルンさせて混乱マックスかと思ったら、突如、目をギラッと輝かせて逆ギレし始める。

「ええ。好きですよ! ずっと好きでした! だから明日はデートです! キャンセル不可です! いいですか! 私は絶対OKするんで、その気があるなら、先輩から告白してください!」


 一気にまくし立てたワラビーがはあはあと息を荒くしている。


 落ち着け。というか、なんで俺が美容院に来たと思ってるんだ。


 俺がゆっくりと語りかけると、ワラビーはまだ息が荒いが、少しずつ落ちつきながら返事をする。

「……え? 普段おしゃれしない先輩が初めて美容院に来た理由? 私に誘われたからですよね?」


「え? 私に大事なことを伝えたいから、オシャレしたかった? えっ、えっ? それって。えっ?」


 人のこと鈍感って言うくせに、お前だって、大概じゃねえか。

 俺だってお前との関係を途切れさせたくないから、ずっとゲームに誘って繋がりを維持していたんだぞ。だから――。

 好きだ。


 ワラビーはぽろぽろと涙をこぼし始める。


「そんなそぶり、ぜんぜんなかったじゃないですかぁー。両片思いじゃないですかー。好きー。私も好きぃー。先輩も、もっと好きって言って」


 お前、店の受付で急に甘えん坊になるなよ。


 感情が限界突破したらしく、ワラビーの声はだんだん小さくなっていく。

「好き好き。嬉しすぎて死にそう。……うん。……うん。先輩、好き。私ももっと言うから、先輩ももっと言って。好き……。好きぃ……」


 俺も好きだよ。

 でも、周りの視線が気になるし、そろそろ放れてほしいな。

 だいたい、お前は勤務中だろ……。

 あ。店長さんらしき人がニコニコの笑顔だし、まあ、怒られはしないか。

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美容師になった後輩ちゃんがカットしながらからかってくるけど、俺への好意がだだ漏れでは?【マッサージ・耳かき・咀嚼音】 うーぱー(ASMR台本作家) @SuperUper

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