ダークエルフは助けてもらいたい

 レイナの家に泊まってから一週間程が経った頃、俺とレイナはアドラの街を出て、魔導書が収められているという神殿へと馬車で向っていた。


 この馬車は俺たちが用意したものではなく、ゲレンが用意したものだ。

 しかも、乗合馬車みたいなものでは無く、目的の神殿に向かうためだけにゲレンが用意したものらしく、俺とレイナの他には御者しかいない。


 あのゲレンとやらの正体がますます気になる……。

 このような馬車を簡単に準備出来る男とは一体何者なのか……。


 普通に貴族となのかもしれないが、それなら〇〇家の者と名乗るはずだ。

 それに、物の受け渡しも酒場ではなく屋敷で行われる筈……。


 考えれば考えるほどあのゲレンとやらの正体が気になる……。


 だが、その依頼を受けた張本人はというと……。


「見て!クロトっ!クロトがくれた腕輪のお陰で前よりすっごく速く走れるよっ!!」


 その張本人レイナは"あの日"が終わったからか、依頼主の素性など全く気にする様子もなくただ馬車を降りて一人走り回っていた……。


 獣人族の"あの日"は発情期を含めて一週間程で終わるらしい。

 "あの日"が一週間の人間に比べればかなり楽な方なのかもしれない。 

 いや、男の俺には分からんが……。


 そんな事よりも……だ。


「全く何をやっているんだあいつは……」


 俺はため息を尽きながらあのバカレイナを見る。


 草原とは言え、馬車が通れるくらいには道は整備はされているのだが、何も降りて走り回らなくてもいいのではないかと思うのだが、レイナは走りたくて堪らないらしい……。


 そして、そんなレイナを見て御者の男は困惑していた……。

 それは当然だろう、俺たちを乗せるためにゲレンから雇われた筈だ。


 しかし、レイナが勝手に降りたにせよ、それで何かあればこの御者の男がゲレンから叱られるのだ。この御者からしてみれば合った話ではない。



 だが、御者か……。この男もゲレンに雇われているはずだ。何かしらあの男のことを聞き出せるかもしれない……。


「すまないな、ツレがああやって勝手に走り回って……」


「ああ、いえ……。どんな形であれお二方をお送りするのが私の仕事ですから……」


 そうは言うが、案の定御者の男は顔こそ笑っているが困り果てていた。


「ところで、わざわざ俺たちのためにこのような馬車を用意してくれるとは依頼主は気前がいいようだな。ゲレンと言う人は貴族か何かなのか?」


「どうなんですかね……?私もゲレンさんの使いという方を通して雇われただけですからね……。お抱えじゃないんですよ。ですが、何も言わずに受け取ってくれと金貨二十枚をどんって払ってくれたんですよ」


「金貨二十枚を……?」


「ええ、多分訳ありなんだとは思いますが、口止め料込みなのかなとは思ってますけどね……。私も怪しいとは思ったんですけど、金額が大きかったからですね、つい受けてしまいましたがね」


 街から神殿まで往復で4日とは言え、金額二十枚か……。結構な金額だな。

 しかし、その金額を簡単に出せるとはゲレンとは本当に一体何者だ……?


「はあ……!はあ……っ!クロトただいま……っ!はあ……!疲れた……っ!」


 御者と話をしていたらようやくというかなんというか、レイナが帰ってきた。

 疲れたとかなんとか言っているが、俺は知らん……。



 ◆◆◆



「さて、着きましたよ」


 馬車に揺られること二日ほど、辺りは草原から草木の少ない土地へと変わる頃、目的の神殿へとたどり着いた。


 その神殿はどうやって作られたのかは分からないが、垂直に切り立った崖をくり抜いた中に立てられており、神殿の入口だけが見えていた。


 おそらくだが、あの崖の中に神殿の大部分があるのだと思われる。


「ありがとう。すまないが、ここで待っていてくれないか?」


「ええ、分かってますよ。そういう依頼ですからね。それでは、お気をつけて」


「それじゃあ、行ってきまーすっ!」


 俺とレイナはタバコを吸っている御者を横目に神殿へと入っていった。



 神殿の中は入口こそ広かったが、そこから先は細長い通路が続いている。


 しかし、中は明かりも何もなく日が届かない所は闇が支配しており、その細長い通路もどこまで伸びているのか入口からでは分からなかった。


「うう〜……!むぐぅ……っ!!」


 そんな中、何か呻き声ようなものが

聞こえてくる。


 なんだこの声は……?


「ね……、ねえ……。クロト今の声なに……?お、脅かさないでよ……」


 周囲を見渡しながらその声の出どころを探っていると、レイナは俺の腕を掴んでガクガクと震えていた。


 どうやら怖いものが苦手なようだ……。


「むぅぅーー……!むぐぅぅ〜〜……っ!!むぐぐーーー……っ!!」


 よく見ると、床に何かしら液体なのような染みが見える……。


 もしかしてと思い、俺は上を見上げると、そこには服こそ着ているが、なぜかロープで身体を縛られ天井に吊るされている女がいた。


 どうやらロープで猿轡をされているらしく、変に聞こえてきていた声はこのせいのようだ。


 その女はロープの締め付けのためか、口からは涎を垂らし、女のアソコには染みが出来ていた。


「ね、ねえ……。クロト誰か吊るされてるわよ……?助けなくていいの……?」


「大丈夫だ、あれは好きでやっているんだ。きっと自分で自分を虐めて喜ぶ変態だ」


 心配げな表情で見つめている麗奈に対して、俺はキッパリト言い切った。


 多分違うと思うが、変に関わってまた別の面倒事に待ち込まれても困る。

 面倒事はこいつレイナだけで十分だ。


「んなわけあるかーーーっ!!」


 口のロープを噛み切ったのか、その女の怒号にもにた叫びが聞こえてきた。


 やっぱり自虐プレイじゃなかったか……。まあ、当たり前か。


「ほら、クロトあの人困ってるよ……?助けてあげようよ……」


 俺は無視して行きたいのだが、困ったことにレイナの"底抜けなお人好し"が発動したようだ。


「そこまで言うならレイナが助ければいいだろ?」


「じゃあそうする。待ってて!今助けるわっ!……え?」


 俺の言葉にレイナは剣を構え、跳ぼうとしたとき彼女の足は床の何かを踏んだ。


 すると突然天井からロープが現れまるで生きているかのようにレイナの身体を素早く縛り上げると天井へと拐って行った。


「きゃあぁぁぁぁぁーーーー……っ!クロト助けてーー……っ!!」


「トラップか……」


 吊るされたレイナを俺は冷静に見ていた。


 多分あれは魔法で作られた"生きているロープ"か何かなのだろう、神殿の侵入者をああやって捕らえているのかもしれない。


「クロト!冷静に判断するのはいいから早く助けて……っ!ロープが変な所に食い込んで……!ひう……っ!そこ擦っちゃだめぇ……っ!!」


「こ……こっちもずっと敏感なところを擦られて……限界なの……、早く助けて……」


 なるほど、ロープが生きているから藻掻けば藻掻くほど締まるのか……。

 そして女の敏感な所を意図せずに刺激すると……。


 誰が考えたのかは知らんが中々卑猥なトラップだな。


 だが、レイナをあのまま置いていくわけにも行かないだろうし、もうひとりの女も本当に限界のようだ。仕方ない……。


火球ファイヤーバレットっ!!」


 俺は掌から握りこぶしサイズの火の玉を魔法で生み出すとそれをレイナともう一人の女を縛っているロープの付け根へと投げたっ!


 俺は闇魔法が得意と言うだけで、他の属性の魔法が使えないという訳ではない。


 火属性魔法の下級魔法、火球ファイヤーバレットくらいなら簡単に出せる。


「きゃあっ!?」


「ふげ……っ!?」


 ロープが焼ききれ、落ちてきたレイナを俺は受け止めたが、もう一人女はそのまま地面へと落ちた。


「クロト、ありがとう……」


 レイナは顔を赤くしながらも俺な顔を見つめていた。


「こらーーっ!ボクのほうも丁重に扱えーーっ!!」


 もう一人の女は体を縛られたまま、まるで芋虫のようにのたうち回りながら喚き散らしていた。


 悪いが、お前は知らん。 


「煩いヤツだな……。助けてやっただけ感謝しろ……。て、お前確かアドラの街で見かけたスリだろっ!」


「ギク……っ!」


 確かにそうだ、吊るされていた時はよく見えなかったが、黒い髪のダークエルフ……。服装こそあの時とは違っているが間違いないっ!


 そう言えば、こいつレイナがゲレンと話ししているときも確かいたな……。


「そのお前がこんな所になんの用だ?」


「お前には関係ないだろ……っ!?」


 俺はそのダークエルフの女に問うてみるも、彼女は飽くまでも白を切っていた。


「そうか、なら俺もお前のことは関係ないからもう一度吊るされておけ」


 俺はこの女をロープが発動する罠の床へと抱えて行った。


「わぁーー……!言う!言うからロープの罠はやめて……っ!!」


「なら最初からそう言え……」


 俺はひとまずナイフを取り出すとレイナを縛っているロープを切る事にした。

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