第008話 隠しイベント

『陽光耐性のレベルが上限に達しました。陽光無効へと進化しました』


 日が沈むまで太陽を受け続けたら、遂に陽光がノーダメージになっちゃった。


 それもこれもリアリティ設定が最大かつ死の超越者の効果のせいだ。


 私は次の朝からもう太陽に焼かれない。初めての死因だっただけに、太陽による浄化死は私にとってちょっと特別。もう太陽で死ねないのだと思うと、とても悲しい。


 なんだか涙が出てきた。


 ITOはソフト一つに付き一アカウント。スキャンされた身体データが残っているため、なりすましはできないし、作り直しもできない。


 新しいソフトを買えば、また新しいキャラクターで始めることはできる。


 でも、元々の人気だった上に、初回当選者のレビューや口コミでさらに爆発的に人気が高まった。そのせいで問い合わせが殺到しているんだとか。


 だから、次からの抽選でもう一度当選する確率はものすごく低くなる。いつかは人気も落ち着くと思うけど、それはかなり先の未来になると思う。


 それはつまり、ほとんどやり直しのきかない現実と同じ。一度できなくなったら、後はずっとそのまま。


 バイバイ、太陽による焼死ちゃん、またいつか新しいソフトが買えるその日まで……。


「はぁ……」


 ITOは、晴愛曰く耐性を習得するまでが大変らしいけど、その後はになってる。耐性を習得したご褒美なのかもしれない。


 でも、私にとってはホントありがた迷惑。なんでこんなに簡単にレベルアップするの? これじゃあ、どんどん死ねなくなっちゃうじゃん……。


 ITOのシステムは私が死ぬのを邪魔ばかりする。


 また、要望を送りつけたい衝動に駆られたので、怒りをオブラートに包んで、上限文字数目一杯まで入力欄を埋めて運営に送信した。


「ふぅ……」


 一仕事終えた私は、昨日と同じように毒で死に始める。


 耐性の効果はあまり感じなかった。


 毒耐性の説明を改めて確認すると、レベルに応じた強さの毒を無効化すると書いているので、無効化できるレベルを超えている毒に関しては意味ないみたい。


 これならレベルの高い毒を摂取していれば、死ねないことはないと思う。


『毒耐性のレベルが上がりました』

『毒血のレベルが上がりました』


 でも、毒耐性も陽光耐性と同じでレベルアップが異常に早い。ついでに毒を摂取しているせいで毒血のレベルも上がっていく。


 このままだとすぐに毒も効かなくなりそう。


 毒まで無効になってしまうと、いよいよこの森で死ぬ方法がなくなってしまう。そろそろ別の場所へ向かった方が良いかもしれない。


 現状地図で分かるのは、森で歩いた範囲内と最初の街の場所。


 街かぁ……。


 聖水、にんにく、銀製品。


 街には吸血鬼が死ねそうなアイテムが沢山あると思う。もしかしたら、街の中の方が簡単に死ねるかもしれない。


 ゲームを始めてからずっと街に行く理由もないから森に留まっていたけど、たった今その理由が出来た。


『毒耐性のレベルが上限に達しました。毒無効へと進化しました』

『毒血のレベルが上限に達しました。毒体へと進化しました』


 今後の方針を考えながら毒を摂取して死んでいる内に、とうとう毒が無効になってしまった。


 その上、毒血が進化して体全体が毒になっちゃった。私の体はその全てが猛毒で、毒の状態異常とダメージを与えてしまう。


 確かこんなキャラクターがいるという話を晴愛がしていた気がする。まさか自分がなっちゃうとは思わなかったけどね。ひとまず死ぬのに支障はないし、気にしなくてもいっか。ちょうどいいし、街へ行こう。


 そう思っていた矢先、突然通知が聞こえ、ホログラムのように地図が表示された。


『条件を満たしました。シークレットダンジョン『大賢者グリムの墓』が出現しました』


 ダンジョン?


 ダンジョンと言えば、沢山の魔物が出現し、数多のトラップが仕掛けられている危険に満ち溢れた場所。そして、最奥にダンジョンボスと呼ばれる強いモンスターがいるという。


 その代わり、宝箱があったり、ボスからレアなアイテムを手に入れられたりと、様々な恩恵がある。


「くふふふっ」


 アイテムはいらないけど、死ぬ危険がある場所なら行かない手はない。特に大賢者の墓って名前が、いかにも色々な仕掛けがありそうで楽しみ。


 地図にはダンジョンの場所が分かるように目印がついている。大賢者の墓はスタート地点の森の中にあって、今いる場所から近い。


 地図に従って、目印の場所へと向かう。


 それにしても不思議。毒系アイテムを探すためにこの森は散々歩き回った。探索していない場所はほとんどない。もちろん目印の場所にも行ったことがある。


 何もなかったはずだけどな……。


 不思議に思っていると、何もなかった場所に見たことのない空間が見えてくる。


 その中心にはひと際大きな木が聳え立ち、その真下に根が絡みついたいかにも雰囲気のある建造物が佇んでいた。


「あれが大賢者の墓……」


 そういえば、ここが出現する条件ってなんだろう。


 ――ピロンッ


 私の考えを読んだかのように、半透明のウィンドウが浮かび上がった。


『シークレットダンジョン:大賢者グリムの墓

 概要:千年前、世界中に魔法を広め、数々の魔道具を作りだした天才魔法使いグリム。富、名声、力全てを持っていたグリムだが、人間の愚かさに耐え兼ね、晩年に姿を消した。世界中には彼が残した――』


 そこにはダンジョンの説明があり、出現条件も載っていた。


 出現条件は、はじまりの森から出ることなく100回毒死すること、らしい。確かにそのくらいは毒死したように思う。


 そんな条件で、こんなにも危険極まりなさそうなダンジョンを出現させてくれるなんて、たまにはシステムもいい仕事をする。


「おっきい……」


 ダンジョンに近づいていくと、その大樹の大きさがさらに際立つ。


 現実ではこんなに大きな樹木は知らない。大ケヤキなんかと比べても圧倒的に大きい。死への興味が最優先の私も圧倒されるくらい、存在感と威圧感があった。


 その麓の建物は、墓というには大きく、小屋くらいのサイズで、石造りの豆腐ハウスみたいな形をしている。その壁には歴史的価値がありそうな模様がある。


 建物の中は暗くなっていて、夜目を持っている私でも見通せない。


 中はダンジョンなので、多分そういう仕様なんだと思う。


 入り口に近づくと、案の定、透明な壁にぶつかってそれ以上進めなかった。


『大賢者グリムの墓に入りますか?』


 私の前にウィンドウが現れる。


 私は迷わず「はい」をタッチした。



 ◆   ◆   ◆



「山岸先輩、お疲れ様です」

「お疲れ~」


 社内の廊下でばったり出くわした二人の男性が挨拶を交わす。


「ギリギリまでバタバタしましたが、無事にITOをリリースできてよかったですね」

「だなぁ。まぁ完全に俺たちが悪ノリしたのが悪い」


 後輩の言葉に山岸は肩を竦めて苦笑いを浮かべた。


「ま、まぁ、隠し要素は大事ですし、間に合ったんだからいいじゃないっすか」

「まぁな。ゲームの隠し要素はロマンだから、しゃーない」


 開発者たちがギリギリになってから仕様になかった称号やスキル、それにイベントなどをねじ込んだため、余裕をもって組まれていたスケジュールが押してしまった。


 彼らは職人だが、オタクでもある。そのため、ついつい遊び心が出てしまった。浴び心でも本気も本気。そのせいでリリースの寸前まで様々な調整が行われていた。


「確かにそうですね。でもあれは絶対見つけられないんじゃないですか?」

「どれだ?」

「あれですよ、あれ。死ぬ回数がトリガーになっているやつ」

「あぁ、あれか」


 後輩に尋ねられても何のことか分からなかった山岸だが、条件を言われたことで、自分が考えた隠しスキルやイベントのことを思い出した。


「100万回死ぬとか、1万回死ぬとか、エグすぎて誰も見つけられないっすよ」

「そんときはそんときだ。いつか見つけてくれればいいさ」


 開発者としてはぜひ見つけてもらいたいものだが、デスペナルティの重さもあり、誰も死にたがらないことは分かっている。


 だから、山岸もそれほど期待はしていなかった。


「サービス終了までには見つかると良いっすねぇ」

「そうだな」


 しばらく見つからないだろうが、いつか日の目をみることを願いつつ、2人は開発室の扉の向こう側へと消えていった。

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