【読み切り版】魔王と勇者の物語

魔王と勇者の物語

 世界で最も栄え、大きく、人の多い場所はどこか。そう呼ねられれば誰しもが王都『アーク』を挙げるだろう。歴史上何度も訪れた世界の危機、魔王との戦いにおいて最後まで残った人類の皆。強固な王城とそれを凌ぐ城壁に囲まれた、世界で最も安全な場所。普段であれば活気に満ち溢れ、誰しもが笑顔でいる都市。


 しかし、男が訪れたアークはどうにも活気が無く、道行く人々の顔は不安に満ちていた。何故ならもうすぐ、本当にすぐに魔王が復活すると言われており、そうなったときにどれだけの犠牲が出るかもまた誰しもが知っていたからだ。


 とはいえ男にはどの程度の差があるかは分からず、そもそも関係ないと言わんばかりにどんどんと都市の中心、王城を目指して歩いていく。そんな中で、ふと一人の男が声を掛けた。


「ちょいと旦那、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「おう、なんだ」


 声を掛けたのは都市の中で、吟遊を生業にしている男であった。自身の飯の種である歌の内、特に最近人気のあるものがある。勇者が見つかり脅威を増す魔物たち、そのせいで無惨な結末を迎えるはずだった村々が世界各地で救われている。それもたった一人の旅の男に。


 南のクラーケン、東のフェンリル、北のギガース、西のドラゴン。およそ人の手には負えぬと、勇者が向かわされる筈だった怪物たちを筆頭に討滅し数多の人々を救い続けた生きる伝説、最新の英雄譚。その語るところによれば、背に身の丈ほどの大剣を負う、凛々しくも野性味のある顔立ちの男だと。


「そのいでたち、もしや『英雄』アルス殿でしょうか?」

「王都は初めてなんだが、まぁ俺ほどの英雄ともなれば名が知られているか! ははは!」

「おぉ、やはり……」


 豪快に笑うのはアルスと呼ばれた男。その傲慢にも思えるような発言は、しかし功績を考えれば自信、自負の範疇に収まる。なんだなんだとあっという間に人だかりが出来る程には有名で、それこそ人類の希望故に大切にされ、結果としてそれほどの功の無い勇者よりも下手をすれば人気が高い程であった。


「わーすげー」「押すな押すな!」「かっけー!」「あれが英雄かぁ!」

「なんだ、活気がねぇと思っていたがそんな事も無かったか。まぁ俺の影響だな!」

「旦那の名を知らぬものなど最早王国には居ないと言っていいでしょう! いや、やはり魔王討伐隊に参加を?」


 『魔王を倒せるのは勇者だけである』というのは最早常識となって久しいが、だからと言って勇者だけを一人戦わせれば良いという話でもなく。魔王の元まで勇者を送り届けんがため配下ともいえる魔物たちをつゆ払いする討伐隊は、いつでも勇士を求めていた。


「おいおい、逆だぜお前。俺がっ! 魔王を倒してやる!  任せろって話だぁ!」


 故にこそ、そのような大言壮語ともなれば普通は身の火に合わぬ放言としてとらえられる。伝承の魔王は日く天地を割き、山を砕き、人類を何億と殺したのだ。只人では対峙すら能わず、勇者が命を懸けてようやく倒せる災厄なのだ。であれば、アルスと呼ばれた男のその言葉は空虚に響くのか。


「魔王だろうが勇者だろうが! 俺の方が勝つ! お前らが信じれば、それが俺の力になるっ! 俺が、『英離』だ!」

「「「……ぉぉぉおおおおおお!!!『英雄』! 『英雄』!」」」


 答えはこうだ。声の聞こえた人々の胸には希望が灯り、民衆の歓声はどこまでも大きく広がる。『この人なら』と、『英雄ならやってくれる』と信じさせるだけの存在感、熱量、説得力。アルスと呼ばれた男が王城に辿り着く頃には、王都全域が祭りのように賑やかとなっていた。


 あまりの騒ぎに、討伐隊の参加希望であれば普通なら騎士が対応して終わりだったそれは王との謁見にまで発展する。元よりいくつもの栄誉を抱える『英雄』であるが故に、その功績を称えると共に召し抱えようという思惑もあったが為。


 だからこそ、その調見の間においてアルスと呼ばれた男が望んだこれまでの功績の対価に、王だけでなく聞いていた全ての人が耳を疑った。


「勇者との決聞じゃと?」

「あぁ王様、何も命を懸ける勝負ってわけじゃありません。俺の方が強い、俺の方が勇者に相応しい! 要は勝ったら俺に魔王を任せてくれって話です。ありえませんが負ければ素直に討伐隊とやらに加わってやりますよ」


 王城にいる者は知っている。人類の希望である勇者のその規格外の強さを。だからこそ万に一つも勇者が負けるとは思っておらず、ただ一人の増長した男が鼻を折られて人々の為に戦う、そういう話であると確信した。故に反対は無く、『英雄』の箔をそのまま勇者が背負うと誰もが確信して。


「では明日、王都から少し離れた平原で決闘を執り行う事、王の下認めよう……今晩は歓待するゆえ、ゆるりと休むがよい」

「ありがとうございます」


 そうして案内された客間で、豪華な食事を振舞われた夜。アルスと呼ばれた男以外誰も居ない部屋の隅、蝋の明かりで揺らぐ影があまりにも不自然に形を成す。


「よぉカミサマ」

『おやおや全く、悪魔と呼んでくれたまえと何度も言っているのだがねぇ』


 うごめく闇に明確な姿は無い。四つ足の獣にも、海を行く魚にも、人に仇なす魔物にすらも見えるそれは、ただ闇の中からこちらに囁きかけるのみである。


「てめぇは全ての元凶だが、てめぇは何も悪くねぇ」

『そうだねぇ。私が全部悪いし全部私のせいじゃない……ところで、私の前でくらい元の口調に戻したらどうだい?』

「コレが俺の全部だ。一片余さずな」

『……そうかい』


 闇の咳く声に乗る感情は、後悔であり、憐憫れんびんであり、それでいてどうしようもない程の期待であった。その由来故に良心の化身でありながら、正義を成す為に善をこそ地獄に送るソレは、自身を消滅させると豪語する男にこそ期待せずにはいられない。


『ところで、私が言うのも何だが勝算はあるのかい?』

「てめぇにだからこそあえて言うが、勝つのは俺だ。とはいえてめぇの見立てではか?」


 何に、とは言わない。最終目的を考えれば勇者など前座、今の魔王ですら勝つことが前提。絶対に不可能であろうとも、それを成し遂げなければいけないのだから。


『ふふふ、足りる事を願っているけれどね』

「精々祈ってろ。神の折りともなればまぁ多少気休め程度にはなるだろ」

『悪魔と言って欲しいのだけれどねぇ。それじゃあ頑張りたまえ』


 そう言ったきり、影はただ蝋の明かりに揺らぐだけになる。


「神の影故に悪魔だなんてなぁ安直にもほどがあんだろ」


 そう言って、男もまたベッドで目を閉じるのであった。


 翌朝、王城を発ついくつかの馬車の中の一つでアルスと呼ばれた男は勇者と対面していた。


「よぉ勇者サマ、にこりとでもしたらどうだ?」

「……必要ありません」


 短く切り揃えられた髪はおそらく戦闘の邪魔にならないように。表情は硬く、氷のようで。ぞっとするような、まるで彫刻が動いているかのような。勇者を見た人間は口をそろえてそう言った。その力も相まって、人とは違う生き物として。


「愛想よくしといた方がいいんじゃねぇか? 魔王を倒す男だぜ?」

「……本当に勝てるとでもお思いで?」

「勝つさ」


 あまりにも自信満々に断言されて、はじめて勇者は表情を動かす。とはいえそれは笑顔ではなく驚き、次いで呆れに近い表情であったが。


「不可能です。私は勇者、あなたでは勝てません」

「いいや、俺は勇者だろうと魔王だろうと勝つさ」


 それきり無言となる二人。少しして馬車は止まり、そこから更に少し歩いて。近くに人の居ない平野、はるか遠くから見守る人々の視線を片や無意味と気にせず、片や証人であると確認して。


「命は取りませんが、あなたには少し痛い思いをしてもらいます」

「おいおい、後から本気じゃなかったなんて負けた言い訳をすんなよ?」


 そう言ってお互いに構えて、激突した。


 勇者の力は強大である。それはこの世界の常識であり、同時に例外を除けば誰もその理由を知らないものである。魔王の復活の前兆として見出されるそれは、はじめは大した力を持たないが魔王の復活が近づくにつれその力を増す。故にまずは王都で保護され、厳重に守られながら力を磨き、数多の活性化した魔物と戦い、勝利して、のである。


 つまり魔王の復活がもう間もない今の勇者は、ほぼ完全に力を発揮できる状態であり。全力など出さずとも、軽く力を入れただけで岩石を粉微塵に粉砕する事も容易い。だからこそ人間などは相手にならず、痛い目などと言いながらも彼女は最小限レベルまで力を抜いていた。


 それでもなお常人であれば簡単に吹き飛ばされる筈の一撃。しかし後退りさせられたのは勇者の方であった。


 (……本当に人間? オーガだって吹き飛ばせる程度には力を込めてた筈っ!)


 全力では無かった、そう考えた上でなお目を疑う。と考えていた英雄とと思っていなかった勇者の次の動きの差は大きく、辛うじて大剣の一撃に剣を挑む事に成功する。今度はしっかりと力を入れたが故にか、。しかし警成して更に一歩下がり間合いを開ける。


「よぉよぉ勇者ちゃん、下がって守ってばっかりかい? さっさと負けを認めても良いんだぜ?」

「......手を抜いたのは認める。でもここからは手加減しない」


 どこまで力を入れても大丈夫か。そんな考えをする余裕が無い事に勇者は気が付く。勇者は負けない。負けられない。負ければ人類が減ぶゆえに。魔王は目の前の男など羽虫と思えるように強い筈で、それにだって負けるわけにはいかないのだから。


 だからこそ、次の一撃は本気だった。結局のところ魔王との戦いでは戦力にならない男一人、苦戦すら許されないそれをもし殺してしまったところで。


 (……どうせ今と何も変わらない。嫌われ者のままでいい!)


 彼女に人との交流はほぼ無い。勇者は期待され、希望であり、それでいてどうしたっておそれられた。どうせ魔王と相打つのだからと、誰かの傷にならない事をむしろ安堵した彼女は、目の前の男の事など知らないしっている


 (!? 何、今の……)


 今更止められない一撃。人間ところか強大な魔物ですらも原型を留める怪しい程のそれ。地形すら変え得る一撃は、あやまたず男に命中して。


 まま、巻き上がった土煙から飛び出す。荒れる呼吸は肉体ではなく精神の不調。知らないしっている知らないしっている知らないしっている


 (だって、彼は、そんな、でも)


 脳裏に過るのは、人生で唯一の暖かかった悪い出。忘れる筈の無い戦う理由。そして


 (うそ、だって、そんなはず)


 忘れるはずがない? 今だって思い出せないのに? どこまでも大切で輝かしい筈の思い出が、どこまでも身体を重くする。


『一つ、昔話を挟もう』


 それは今からおよそ10年前の事、よりも更に少し前、とある少年の産まれてからの話である。


『あるところに、不思議な少年が居ました』


 その少年は、産まれた時からある記憶の断片を持っていた。一人の人生というにはあまりにも穴が多く、およそ変な夢で済ませられるようなそれは、しかしこの世界においてはあまりにも『重い』記憶。


 それは、一つの物語であった。数多ある物語の一つ、愛と勇気の物語。魔王が居て、勇者が居て、最後には世界が教われる物語。それはこの世界においては通か未来の事であり、逆説的に今のこの世界はどうあがいても教われない証明。


『少年は世界の全てを知っていましたが、他には何も知りませんでした』


 自分は何もしなくても、いつか世界は救われる。自分が何かしたところで、きっと世界は救われない。その事実は少年にはあまりにも重く、どうしようもないもので。


『そんな少年に、いろんな事を教えた少女が居ました』


 どうしようもない。何もできない。焦燥感や無力感にさいなまれる少年がこの世界で生きていく意思を持てたのは、部屋から連れ出して世界を見せてくれた少女のおかげであり。その笑顔に救われて、関係の無い世界せかいの事よりも、自分の手の届く世界しょうじょを少しでも笑顔にしてあげたいと考えるようになり。


『そして世界は少女を選びましたとさ』


 およそ10年前。平凡というには善良であり、誰かのために行動でき、およそこの世界で一番勇者に向いていたから。そうであると判断する為に善性を持たされた悪魔は、人類を救うために『勇者いけにえ』を選んだ。しかしそれは、少年にとっては認める事が出来ない事だった。


 勇者は魔王と相打ちになる。それは世界のシステムとして魔王が不滅でありながら勇者はそれに匹敵する力までしか与えられないから。いずれ復活する魔王と、その都度選ばれる勇者。人類が存続する限りそのどちらもが永遠であり、同時に全ての勇者はすべからく無駄死にの捨て駒に等しい。


 それを知っているから。あなたを守りたいからなんて笑顔で去っていく少女を見送るしか出来なかった少年は、本来であればどうする事も出来ない……


『しかし少年は、悪魔の手を借りました』


 代償魔術、あるいは契約。世界のシステムとして存在するそれは忘れ去られて久しく、世界にその情報は残っていなかった。遥か未来、偶然にも一つのを代償にとある必然が世界を救うまで、この世界には存在しなかったはずの奇跡。


 最初に捧げたのは未来。少年にとって10年を超えた先はもう必要が無かったから


 次に捧げたのは過去。今の因難を打破する為に弱い自分は要らないから


 名前も、記憶も、努力も時間も何もかもを捧げながら、綱渡りのような奇跡の先に『英雄』は産まれた。


 話を今に戻そう。『英雄』と呼ばれた男が土煙から飛び出す。その五体は欠損することなく、しかし確実にダメージはあった。死なないギリギリ近くまで衝撃を無くす対価は『痛み』。


 常人であれば即座に発狂は間違いなく、およそまともな生き物であれば自死を選ぶほどの激痛は、慣れや我慢などという概念を貫通する。


 (!!!)


 迷いは無い。剣を振るう。クリーンヒットしたはずのそれは勇者になんらダメージを与えない。それはまだ対価として消えるだけ。


 返すように振るわれる剣。防御したところで絶死のそれを、躱し切れずに左腕が弾け飛、ばない。まともな生き物であれば意識を落として逃避する痛みを、しかし逃げる事が出来ない発狂必須のそれを、全て気合で乗り越える。狂っているのだ、そもそもが。


「俺が勝つっ!」

「知らない!」


 片や死に体、片や無傷。しかしその動きは真逆。精彩を欠いた勇者はしかし、世界を救う力を振り回す。知らない しっている記憶を思い出せずに、想いは残っているから。だからこそ、


「『アリス』!!!」

「!!!わた、しの……!」


 動きが止まる。斬撃が放たれる。少女に何の苦痛も与えないそれは、積み重なる事13回。


 只人のそれでは100を超えても無駄なそれは、しかし『英雄』のそれであるならば。


「遅くなったけどさ、迎えに来たよ。俺を信じろ、絶対勝つから。君に笑って欲しいんだ」

「……うん、しょうがないなぁ。信じるよ」


 にへらと笑った少女は、直後に意識を失う。それを抱き留めて、抱え上げながら歩きだす。


少女は負けた。王が、人々が、『悪魔』がそれを認めた。であるならば。


 『勇者』に敗北は無い。それは世界のシステムが『魔王』とのにしているから。ならば收者は勇者ではなく、勝者こそが『勇者』であり。


「すげぇ力だ。そりゃぁ世界だって救えるさ」


 もし志の無い人間に渡れば比喩ではなく人類は滅亡する。しかし同等の力しか持たぬ勇者が魔王に負けた保険は必要。魔下討伐隊の組織される真の理由は、ある種のスペアである事。本来勇者の死亡でしか起こりえない委譲はしかし、奇跡により成し遂げられた。


「よ、よもや本当に......」

「あぁ王様、見ての通り俺が勇者です。まぁ当然ですがね!」


 見物人の中でも特に厳重に守られた場所で、は豪快に笑う。民衆の歓声は熱狂となり、止まない英雄コールの中で王城にいた面々は信じ難いものを見る目つきである。


「さて王様、実はもう一つお願いがありまして」

「ふ、ふむ。何でも言ってみたまえ」

「いや、ちょっとコイツを安全に守っててやって欲しいんですよ。今はもうただの女の子なんで」

「む、そ、そうなのか? いや分かった、しかし英離殿は……!!!」


 ぴたり、と歓声が止む。皆が絶望がやってきた事を本能で理解したが故に。禍々しい気配は世界中に一挙に広がり、誰しもが恐怖を感じた。


「そういうわけなんで、ちょっくら世界を救って来ますから。まぁ任せろはっはっは!」


 そう言って勇者は飛び出した。圧倒的な能力はボロボロの身体に関係なく力を注ぎ、音もかくやの速度で大地を駆ける。


『どうやら案内は不要みたいだねぇ』

「こんなの馬鹿でも分かるだろ」


 疾駆した先。大陸の西の、ドラゴンの巣窟より更に先。果ての大地の海から顔を出す怪物。


 勇者の持つ記憶の中で、古の人類を滅ぼした時には100の頭があったとされるそれは、しかし7つに減ったところで人類を滅ぼして余りある災厄に他ならない。


『『『くははは! 面白い余興であったぞ! よもや今代の勇者は只人にすら勝てぬとはなぁ!!!』』』

「つまりお前も只人にすら勝てないってわけだがな!」


 魔王とは何かを知らなければ恐れを抱く大笑も、全てを理解していれば滑稽ですらあると勇者は不敵に笑みを浮かべる。


『『『ふむ、おぬしどうやら多少は知識があるか。故に勇者の力に頼らぬ事で、我を打倒せんとでも考えたかぁ? 浅い浅いぃ! まっこと人間というのは愚かな事よのぉ、その程度の事を知って勝った気にでもなったかぁ? 勇者の力が単なる上乗せでなく、我に届かぬ分を上乗せするだけの残念なモノだとは知らなかったかなぁ?』』』


 勇者の力がもし魔王のそれと等価の力を与えるのであれば、元から備わっている力の分だけ勇者が常に上回る。しかし実際は、赤子であれ歴戦の勇士であれ、勇者として与えられた後の力が魔王と等価になる。


 そういうシステムなのだと、知っているがゆえに魔王は人の努力を等しく無意味であると笑う。


『『『それとも我を上回る力を得られるとでも思ったかぁ? 脆弱な人風情が、絶望の権化たるこの我を? くははははははは』』』

「絶望の権化、。あぁ、知ってんだよ全部なぁ! それがどうした、勝つのは俺だ!」

『『『くくく、なんだ、貴様は我を笑い殺すのでも狙っておるのかぁ? 知っているならなお絶望しように。貴様が我に勝ったところで、我は不滅であるぞ? まったく無駄! 無意味! そうさなぁ、よしんば貴様が我に勝てたとしよう。それで貴様に残された時間はどれほどだ? 10年か? 100年か? 無い無い無い! くふふ、見てわかるぞ? 最早貴様の命は風前の灯よ。貴様が死んだら次はあの女かぁ? 只人にすら勝てぬ奴に勇者の力とは全く持ち腐れというものだろうにのぉ!』』』


 7つの口が、異口同音に嘲笑う。そもそもとしてこれから先の人類の希望の対価、飢餓や戦争といった不幸の代償として顕現しているがゆえに。


 己の弱体化すら人類の絶望であると愉悦するそれは、現象でありながらも確固たる自我を獲得している。人の悪意、その結晶は永遠に人類の不幸を振り撒きながらいつか人々を滅ぼすつもりでいるのだから。



 男にとって、世界せかいなどどうでも良かった。世界アリスが笑顔でさえ居てくれれば、それだけで満足だったのだ。


 だから、遠い未来、いつかの勇者がそれまでの魔王と勇者の戦い全てを1つの儀式として代償に、永劫生まれた魔王と戦い続ける真の勇者となる事は、もう関係が無い事だった。


 自分がそれをするにはあまりにも積み重ねが足りない。未だ魔王と勇者の戦いは3桁にすら届かず、


 であるならばどうするか。原因を抹消するより他にないと、10


「魔王、人類の未来の希望の影。その力の根源は人類が続く限りの未来、その絶望の可能性だ。勇者、人類の希望。それは人類の発展を犠牲に、衰退を許容してまで魔王に抗うための希望、絶望の影」

『『『くははは! そこまで理解しておれば永劫の果てに訪れる貴様ら人類の滅亡も理解できよう!』』』

「その起源は一つの文明の果て。世界の契約、代償魔法。人々の総意を束ねた祈りだ。最早世界のシステムとなったそれをどうにかするんなら、

『『『む? 貴様、何を……もしや!?』』』


 今この瞬間において、魔王と勇者は等価である。そのどちらもが人類の未来を対価にしている以上、どちらかを捧げればもう片方をも消すことができる。


『『『くははは! なるほど、だがそれは未来の魔王と全ての勇者の力を消すのみよ! 我は不滅! ゆえに今の我は残る! 勇者の力を失い、いかにして我を倒すと言うのだ! くは、くははははははははは!!!』』』


 それをしたところで、人類は魔王に滅ぼされるだろう。足りないのだ。等価であると標榜すれど、勇者は魔王に届かない。だからこそ勇者は魔王に勝てず、永きにわたる積み重ねが必要だったのだから。


「『」』


 『悪魔』は見続けた。あり得ないほどの代償を積み重ね、奇跡の果てに存在する『英雄』を。


 世界中の人々の希望。『今この瞬間』の『人類全ての希望』。『英雄』を秤に乗せることで、


『『『ば、馬鹿な!? よせ、やめろ! 貴様自分が何をしようとしているか分かっているのか? 我が消えれば人類はまた争いを始めるだけだぞ!? 無駄、無意味だ! 己自身で滅びる未来に何の意味がある! 貴様自身もだ! 全てを捧げるということがどういう事か理解出来ておろう!? 何もかも消えるのだぞ? 死ですら無い、完全なる無! 誰も貴様の行いになど感謝せず、何も後には残らない! 何を思って!』』』

。あいつが笑ってられるんならそれで良い」

『『『やめろ! やめろやめろぉぉぉ!! やめろやめろやめ
















































 その昔。世界には魔王と勇者が居た。


 らしい、と付かないのは未だにそれらが消えてから年月が経ったわけでもなく、どころか当事者がまだ生きているから。


「おーい、アリス。今日も朝から早いねぇ!」

「あらヘルマンさん! ふふ、だって気持ちの良い朝ですもの!」


 実際どういう理由なのかは誰もわからない。だが、最後に勇者だった少女がただの少女に戻った事。それでもう将来魔王が現れない事。それだけは世界中のみんなが知っている事。


 少女は時折、ふとどうしてそうなったのだろうと考えることがある。自分が何か偉大なことを成し遂げたのだとみんなは持て囃すけれど、そんな自覚はこれっぽっちも無い。


「それにしたって世界を救った勇者様がパン屋をやってるなんて、俺ぁ勿体無いと思うがねぇ」

「そんな事ないわ? だって私、こうやって平和な毎日を過ごせればそれだけで幸せですもの。ふふっ!」


 長くたなびく金髪はまるで光のようで、柔和な笑顔も合わさって太陽のような。知っている人は誰しもが口を揃えてそういう少女は、今日も平和な世界に微笑む。


 何もかも、一欠片も残さず全てを捧げ切ったもう何処にも居ない誰か。その光景を見る事も無く、存在したあらゆる痕跡は最早想いすら存在しない。


 だけれども、その願いだけはきっと、確かに叶っていた。


























 村が滅んでいた。珍しい事では無い。この世界に魔王は居らず、勇者も居らず。だが、人類に仇なす魔物は存在しているのだから。


 立ち向かおうと無意味な抵抗をした父親。子を守ろうと無意味に足掻いた母。無惨にも食い散らかされた赤子。全て珍しい光景ではない。


 無論立ち向かう者達も居る。兵士となり、団結して立ち向かう者。旅人として、道ゆく村を点在する傭兵。だが誰しもが望むような、全てを救う『英雄』などは存在しない。


 一つの時代の終わり。人類の希望の象徴。そんな存在が居る村であれば、手厚く防護されるだろう。


 あるいは世界の中心。人類の砦であれば笑顔と活気に満ち溢れた人々の営みがこれから先も続くだろう。


 だがそれは、世界に絶望が存在しない理由にはならない。涙に濡れ、明日を請い願いながら地に臥す誰かは消えはしない。


「あぁ……あぁあああああ!!!」


 己の非力に慟哭する少年は、全てを失ったわけでは無いとはいえ。荒れ果てた村で、しかし何ができるわけでもない。


『おやおやおや、全く酷いものだねぇ』

「!? だ、誰?」


 自分以外皆死んだ筈の、廃墟の中の廃屋で。不自然にゆらゆらと蠢く影。四つ足の獣にも、海を行く魚にも、人に仇なす魔物にすらも見えるそれは、明確な意思を持つ何か。


『なぁに、通りすがりの悪魔さ。消え損ねた、ね。ところで少年、もし良ければなんだがねぇ』


 けれど。


 積み重なった軌跡の重さとうこうほうしき物語を眺める視線どくしゃすう。あるいは期待する想いの数ひょうかすう。それらが違えば、あるいは。

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