第29話 竜の力

「ふんっ!」


 モンフォールが杖を地面に叩きつける。

 すると青白い炎の波がアレクに叩きつけられた。


「っ!」


 アレクの隣りにいるグレイは思わず腕で身を守ろうとする。

 しかしアレクは無詠唱で展開した透明のバリアを張り、その炎を防いだ。


 数秒間炎がバリアに当たり、周囲の空気の振動から、ただの人間がこの青白い炎の波に当たれば、たちまち骨も残らず灰になるであろうことが見て取れた。


(魔法卿は三流と言っていたけど、魔法の腕は一流だ)


 詠唱無しであの威力。

 アレクは三流と言っていたが、魔法をかじった程度のグレイでもモンフォールは一流と呼べる腕を持っていることが分かる。

 そもそも、竜を使い魔にできている時点で、モンフォールが魔法使いとしては腕が立つことは自明だが。


「今日ここで貴様を殺し、私が魔法卿の名を継いでやる! 四大貴族を殺したとて、魔法卿よりも魔法の腕が上だったことを示せば、国王も黙認せざるを得ないだろう!!」


 モンフォールは話しながらも攻撃の手を止めない。

 強力かつ早い魔法を苛烈にアレクへと浴びせ続ける。

 アレクはその魔法を透明なバリアで受け続けながら、顎に手を当て、分析する。


「ふむ、速射に優れた魔術と、魔法を組み合わせ、そこにドラゴリッチの力を上乗せしているのか。三流といったが、これは二流まで評価を上げるべきかもしれないな」

「そんなことを言っている場合ですか。このままだとジリ貧ですよ」


 グレイたちは今防戦一方だ。

 ドラゴリッチがいる以上、モンフォールの魔力切れは期待できない。


 竜はその身に膨大な魔力を有しているためだ。

 いうなれば、モンフォールはほとんど無尽蔵に魔法を撃てるということだ。


「そうは言ってもな……」


 その時、今まで動きがなかったドラゴリッチに動きがあった。

 首を少し下げ、骨の口をグレイとアレクに向けて大きく開く。

 すると青白い炎と大量の魔力が口へと集まっていく。


「あれは……」


『──────』


 アレクがそう呟いた瞬間──膨大な魔力の奔流が放たれた。


 竜が全ての生命の頂点であり、王である所以。

 自身の膨大な魔力を一点に集中し、敵へと向けて放つ最大威力の攻撃。


 ブレスだ。


 全ての魔力が集約されているだけあり、その破壊力は凄まじく、もはやほとんど光線となった青白い炎が、轟音と共に大気を振動させながら稲妻の如き速度でアレクとグレイの元へと向かう。


 アレクはそのブレスを、透明なバリアを何枚にも重ねて防いだ。

 最初の一枚はブレスが触れた瞬間に割られ、続く二枚目は数秒耐えた後に砕け散る。


 そして三枚目、四枚目、五枚目も割られ、最後の六枚目へと到達した。

 ピシ、と最後の六枚目のバリアにヒビが入る。


 モンフォールはそれを見て喜びの笑みを浮かべた。

 アレクはそのブレスをじっと見つめ、耐えていた。


 次第にドドラゴリッチのブレスが弱まっていく。

 その後に立っていたのは……無傷のアレクとグレイだった。


「バカな……! ブレスを耐えきっただと……!?」

「単にドラゴンのブレスを耐えただけだ。この程度でいちいち騒ぐな、愚か者」


 アレクは肩についたホコリを払いながらそう言った。

 モンフォールは顔を真っ赤にして、杖をアレクへと向ける。


「っ! 舐めるな!!」


 またモンフォールの一方的な攻撃が始まった。

 いつまで経っても攻めてこないアレクを見て、モンフォールは何かを察したのか笑う。


「ハハッ! 分かったぞ! 今のブレスを防いだことで、魔力がほとんどないんだろう! 貴様がなんの使い魔と契約しているかは知らんが、ドラゴンのブレスをまともに受けて消耗していないはずがない!」

「さて、どうかな」

「貴様が死した後、私が代わりにエルドリッチの土地を治めてやろう! エルドリッチの資源も、人間も、地脈も私が有効に活用してやる!」


 モンフォールの言葉にアレクが眉を動かすが、それ以上の反応は見せなかった。

 アレクは涼しい顔でモンフォールの猛攻を受け流す。


 たった一つの魔法で全てを受け流すアレクの技量は計り知れない。

 それはまるで防御魔法の手本を見せられているようだった。


「どうするんですか、このままだとまたブレスがやってきますよ」

「そうだな」


 今はドラゴリッチの動きはないが、それは単に次のブレスのために魔力を集めている状態だからだ。

 次にあのブレスを受ければ、アレクとて防ぎきれるかはわからない。


 そうなれば二人まとめてブレスに骨ごと焼かれて灰となるだろう。

 グレイに言われるまでもなく、アレクもそんなことは分かっている。


 しかし手を打たないということは、いくら魔法卿とは言えど、モンフォールとドラゴリッチの相手は骨が折れるのだろう。

 そう判断したグレイは、アレクの前に出た。


「ドラゴリッチの相手は私がやります」

「ほう?」


 グレイの言葉に、アレクは眉を上げた。


「お前になんとかできるのか?」

「勘ですが、あれは私でなんとかできると思います」


 グレイはドラゴリッチを指差す。


「なるほど。ならあれはお前に一任するとしよう」


 何の確証もないただの勘だったが、アレクはグレイの言葉を信じて頷いた。

 その時、初めてアレクがモンフォールへと攻撃した。


 アレクが杖を振る。

 単に何の属性もない、単純に魔力を固めて飛ばすだけの、魔法とも呼べない代物。


 しかし威力は十分で、当たれば骨折以上の怪我を負うことは免れない。

 だからモンフォールは防御魔法でアレクの攻撃を防いだ。

 一瞬だけ、攻撃の手が止まる。


「いけ」

「っ!」


 その隙にグレイが走り出した。

 アレクはグレイを攻撃できないように、モンフォールへと先程の魔力の塊を撃ち続ける。

 モンフォールも負けじと防御魔法を使いながら、アレクへと魔法を放つ。


 その結果、モンフォールはグレイまで手が回らなかった。

 ドラゴリッチの目の前までグレイがやってくる。

 魔力を集めていたドラゴリッチは、グレイへとその虚ろな目を向けた。

 モンフォールが大きな笑い声をグレイへと向けた。


「ハッ! 無駄だ! 死してアンデットとなり弱体化しているとは言え、そいつは元は『蒼白』の二つ名をつけられていた竜だ! いくら竜の血が混じっている人間と言えど、そいつに敵うはずがない!」


 同じ種族の中でも飛び抜けて強力かつ人の間で名を知られるようになったモンスターには、二つ名がつけられる事がある。

 つまりこの竜は竜の中でも頂点にいる存在なのだ。


 だからこそ、モンフォールは疑っていなかった。

 ただの竜の血が混じっているだけの人間でしかない小娘が、二つ名持ちの竜に敵う道理はない、と。


 しかしグレイはその言葉に耳を貸さず、息を吸い込んだ。


(集中──)


 目を閉じ、胸の前で拳を握る。

 グレイの髪が赤く染まっていく。

 いつもは毛先だけしか染まらないが、今回は全ての髪が燃える炎の色へと染まっていく。


(いつもみたいに少しだけじゃなくて、全てを引き出す)


 今回のグレイは、竜の力を全て引き出そうとしていた。

 これまでの人生で、グレイは自分の血に眠る竜の力を、全て引き出そうとしたことはない。


 だからこそ、何が起こるのかはグレイにすら分からなかった。


 ドクン、とグレイの心臓が跳ねる。


 膨大な魔力が、身体の内から湧き出てくるのが分かる。

 グレイが目を開ける。

 髪は灰色から燃え盛る炎に染まり、肌はうろこ状に割れ、燐光が散っている。


「なんだ、あれは……」


 モンフォールの声が聞こえてくる。

 そこにいたのは、全ての竜の力を引き出したグレイだった。

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