第28話 ドラゴリッチ

「これで分かったか? どれだけ上手く隠し通せたと思っても、誰かは見ている。みだりに力は使うな。エルドリッチの婚約者である以上、お前を狙う人間はごまんといる。一人で出歩くな、必ず護衛を連れて歩け。そして、俺の忠告は聞いておけ」

「骨身にしみて理解しました」

「他にも色々と言いたいことはあるが、取り敢えず今はここまでにしておいてやろう」


(うわぁ……これは後で説教コースだ……)


 グレイが心のなかで青ざめていると、モンフォールが宙に浮かぶアレクへと叫んだ。


「エルドリッチ! なぜここが分かった!」

「なに、ねずみが俺の城に入り込んでいたのでな。俺も下僕に見張らせておいたというだけだ」


 グレイの足元に光る半透明の魚が現れたかと思うと、アレクの手のひらへと泳いで行く。

 それを見てモンフォールが汗をかきながら悔しげに歯を食いしばった。


「貴様、気が付いていたのか……!」

「俺の城だぞ。異物が入り込んで気がつかないとでも思ったか。一流の魔法使いならともかく、三流のお前の腕で騙せると思われていたとは、エルドリッチも随分と舐められたものだな」


 アレクはモンフォールを嘲笑するような笑みと共に、そう言った。

 モンフォールが怒りに表情を真っ赤に染める。

 つまり、アレクはモンフォールの使い魔がグレイを見張っていたことを知っていながら、泳がせていたということになる。


「じゃあ、私が攫われたのは……」

「良い教材だと思って活用させてもらった。何事も身を持って体験するのが一番脳に刻まれる」


(やっぱりこの男、性格が悪すぎる……!)


 グレイが攫われたのは、アレクが見過ごしていたからということだ。

 不用心に出かけた自分も悪いが、出かければ自分が攫われると分かっていて送り出したアレクも相当意地が悪い。


「どうして貴様がこんな小娘に執着する! こいつはただの平民! 貴様にとっては捨て駒だろう!」


 どうやらグレイが平民であることも分かっているらしい。

 平民だと分かっていたからこそ、アレクは自分を攫っても問題ないと考えていたのかもしれないな、とグレイは思った。


 普通に考えれば、体裁上は婚約者となっているグレイを攫えばどうなるかぐらい分かりそうなものだ。

 それが分からなかったからこそ、グレイを拉致したのだろうが。


「黙れ」


 アレクはモンフォールの言葉をバッサリと切り捨てる。


「こいつは俺のモノだ。切り捨てるかどうかは俺が決める。ましてやお前が好きに使って良い権利などどこにもない」


(いや、あなたのモノじゃないですけど)


 グレイは心のなかで冷静にツッコミを入れる。


 するとアレクが空中から降りてきた。

 アレクは拘束されているグレイの方へと近づくと、グレイを拘束していた手錠が解けた。


「わっ」


 いきなり拘束が解けて倒れそうになるグレイを、アレクは胸で受け止める。


「気をつけろ」

「……」


 グレイは一瞬お礼を言おうとしたが、やっぱり言わないことにした。

 今回攫われたことを教えてくれなかった抗議だ。

 アレクはモンフォールたちへと向き直る。


「まずは、ここを潰すとしようか」


 アレクが手を振る。

 すると地面が振動した。


「な、なんだ……!」

「地震か……!」


 モンフォールとその手下たちが叫ぶ。

 しかしすぐにグレイは地震ではないことに気が付いた。

 次の瞬間、轟音を建てながら建物が崩れ落ちた。


「けほっ、けほっ……」


 粉塵が晴れた後、グレイの目に映ったのは瓦礫の山だった。

 手下たちは建物の崩落に巻き込まれたようで、瓦礫の山に挟まりうめき声を上げていた。


 グレイの隣にいるアレクは当然無事だ。

 逆にモンフォールは無事だったようで、立ち上がる。


「くそっ……!」

「さて、モンフォール伯爵。いくら同じ爵位とは言えど、我が婚約者を攫い、危害を加えようとしたことは黙って見過ごすわけにはいかない」


 グレイを抱きとめたまま、アレクはモンフォールへと視線を向ける。


「よもや、言い逃れはできるとは思ってないだろうな」

「くっ……!」


 伯爵家の婚約者を攫った罪。そしてグレイに危害を加えようとした罪は、いくら貴族とは言えどごまかすことは出来ない。

 相手が四大貴族の一角である、エルドリッチ家なら尚更だ。


「大人しく降伏すると言うなら、俺も手加減すると約束しよう。だが、もし抵抗するなら……わかるな?」


 ゾッとするような敵意を漂わせてアレクはモンフォールへと脅しをかける。


「舐めているのは貴様の方だ! 私が、のこのこと捕まるはずがないだろう!」


 モンフォールは手に杖を手に持ち、そして懐からもう一つ、あるものを取り出した。


「あれは……宝石?」

「いいや、あれは単純に魔石だな」


 モンフォールは手のひらサイズの宝石のようなものを取り出した。

 グレイの呟きにアレクが訂正を入れてくる。

 モンフォールが手に持っている魔石には、何やら魔法陣のようなものが刻まれていた。


「そんな魔石を使ってどうするつもりだ? そこに起死回生の一手とやらが眠っているのか?」

「その通りだ! この魔石に刻まれている魔法陣は、召喚の魔法陣! そして召喚するのは、私の最強の使い魔だ!」


 魔石の中の魔法陣が光を帯びる。

 ピシ、と魔石にヒビが入り、割れると地面に大きな魔法陣が展開され、その魔法陣の中からモンフォールの使い魔が出てくる。

 それは、グレイやアレクよりもはるかに大きな体躯を持つ生物。


「これは……」


 召喚された生物を見て、アレクは目を見開く。

 グレイは召喚されたものの名前を呼んだ。


「あれは、竜……!?」

「アンデットとなった竜……ドラゴリッチか」


 十メートルを遥かに超える体躯に、大きな翼。


 だが、その竜には肉体がなかった。

 骨だけの竜だ。


 竜が死した後、何らかの方法でアンデット化した姿。

 ドラゴリッチ。

 それがモンフォールが呼び出した竜の名前だった。


 口からは青白い炎を漏らし、虚ろな瞳はアレクとグレイを見つめていた。

 肉体を失ったとはいえ、全てを支配する圧倒的なまでの強者の威圧も健在だ。


「これは驚いた、モンフォール。貴様には竜を手懐ける力などないと思っていたが」


 竜を見ても余裕を崩さずモンフォールへとそう言った。


「貴様の婚約者を攫うのだ、こちらが何の準備もしていないと思ったか……!!」


 アレクに場所を暴かれてもどこかまだ余裕があったのは、この切り札があったからだった。

 竜を使い魔にしているのに竜の血を欲したのは、そもそもその竜に血が流れていなかったからだった。


「これで形勢逆転だ!」


 モンフォールはニヤリと笑みを浮かべる。


「その小娘を守りながら、どこまで私と竜の蹂躙に耐えられるかな?」


 竜を使い魔にできると言うことは、その分力を引き出せるということでもある。

 つまりモンフォールは自身の魔法使いとしての力に加えて、ドラゴリッチの力まで使えるということでもある。


「ふん」


 アレクがモンフォールの言葉にはなにも返さず、杖を取り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る