第27話 人さらい
(せっかく手に入れた休日だ。しっかり満喫しないと)
グレイは一人でエルドリッチの街に降りてきていた。
屋台で大きめのクッキーが売ってあったので、それを一枚購入し、食べながら街中を歩く。
歩いているついでに他にもジャンクそうなものを見つけたので、それも随時購入して食べていく。
「うん、おいしい。こういう屋台の味って、どうしても食べたくなるからなぁ」
グレイはしみじみと呟く。
エルドリッチ城での食事はもちろん美味しい。
しかし、平民として育ってきたグレイにとっては、味が少々お上品すぎると言える。
貴族の食事だからか繊細な味付けなので、ずっと食べていると平民用の大雑把でジャンクな味付けを食べたくなってくるのだ。
もちろん食べ過ぎは身体に悪いことも分かっているが、最近はめっきり食べてなかったので少し多めに食べるくらいなら大丈夫だろう。
こうして食べ歩きできるのも休暇の特権だな、とグレイはしみじみと思った。
もしリリアナやアレクを連れてきてたら、こういった屋台の食べ物は食べれなかっただろう。
これも誰もついて来てほしくなかった理由の一つでもある。
思えば、グレイはエルドリッチの街を落ち着いて観光するということがあまりない。
一応何回か街には来ているものの、どれも用事とセットだったので観光はできなかった。
街中を歩いていると、視線が注がれるようになった。
(しまった、髪の色くらいは変えてくればよかったかもしれない)
グレイはこの髪のまま出てきたことを後悔する。
王都にいたときはあまり外に出なかったし、近隣の人はグレイのことは見慣れていた。
遠出するときはそもそも水で落とせる染料で髪に地味な色をつけていた。
しかしエルドリッチ城に来てからその習慣もなかったので、髪を染めるのを忘れてしまっていたようだ。
「こんなことなら、変身の魔法を習っておくべきだったかな。いや、でもあそこまでになるには相当才能がいるらしいしな……」
人目を避けるために、人通りの多い大通りを避けて、人が少ない脇道へとそれていく。
どうにかして自分の髪色を隠す方法はないだろうか、そんなことを考えながら歩いていた。
だからこそ、直前まで気がつかなかった。
グレイの背後から猛スピードで馬車が迫ってくる。
「え? んぐっ……!?」
扉が開かれると口元に布を押し当てられ、強引に馬車へと引き込まれる。
(あ、まず……これ、薬品入り……)
布には薬品が染み込んでいたのか、それをまともに吸い込んでしまったグレイは、瞬く間に意識を失った。
そもそも脇道には人がいなかったのに加えて、またたく間の出来事だったため、街中を歩く人間は誰もグレイが連れ去られる現場を見ていなかった。
グレイを乗せた馬車は、どこかへと消えていった。
***
同時刻、エルドリッチ城で。
執務室でアレクが仕事をこなしていると、扉がノックされる。
入って来たのはジェームズだった。
ジェームズはお辞儀をして、アレクに報告する。
「アレク様、グレイ様がさらわれました」
「そうか。予想通りだな」
アレクはグレイが攫われたことをさして驚いた様子もなくそう言った。
「いかがなさいますか」
「馬車は」
「もちろんで準備できております」
「マントを持ってこい。俺が出る」
「アレク様が自ら赴かれるのですか」
「当然だ、グレイは俺のものだ。俺のものを奪われて、許すわけにはいかない」
ジェームズはニコリと笑った。
以前までのアレクなら、グレイを見捨てる可能性は十分にあった。
四大貴族のエルドリッチ家当主が、たかが手駒に心を動かされることなど合ってはならないからだ。
こうしてグレイを助けに行こうとしている事自体が、アレクの中でグレイがただの手駒ではなくなっていることの証左でもあった。
マントを羽織ったアレクには、魔法卿として威厳が満ちていた。
アレクは連れ去られた婚約者の顔を思い浮かべ、ニヤリと笑う。
「さて、これでいい薬になると良いのだが」
***
「ここは……つっ!」
頭痛が走り、額を手で抑えようとする。
すると手首に重い感触と、ガチャ、と金属の音がなった。
視線を落とせば、自分の手首が鎖で拘束されていた。
そこでグレイは自分が拘束されていることに気がついた。
両手首と両足首は鉄の拘束具に繋がれ、縛り付けられていた。
「そうか、私は薬品で眠らされて……」
グレイは自分がこの状況に陥った原因をおぼろげながらに思い出す。
「ここは……地下牢?」
グレイはあたりを見渡す。
周囲は石で覆われ、ジメジメとした雰囲気だった。窓からは夕日が差し込み、攫われてからある程度時間が経っていることが分かる。
そこら辺に置いてある器具と、そこにべっとりと付着している血からは、ここがもとは拷問部屋だったことがうかがえる。
今すぐにでも逃げ出したかったが、薬がまだ残っているのか上手く力が入らない。
薬が抜けきってグレイが動けるようになるまで、もうしばらく時間が必要だろう。
そのときだった。
柵の向こうから扉が開かれる音が聞こえてきた。
そちらに視線を向けると、見たことのない、盗賊のような小汚く野蛮な見た目をした男が数人と。
そして見たことのある中年の男が檻の前へとやってきた。
でっぷりと太った腹に、強欲そうな顔。
「モンフォール伯爵……」
グレイは目を見開く。
檻の前にいたのは、以前にアレクに不老不死の薬をよこせと言っていた男だった。
モンフォールはグレイに名前を呼ばれて鼻を鳴らす。
「ふん、たかが小娘が。私の名前は知っていたようだな」
グレイはどうしてモンフォールが自分をさらおうとするのか理解できなかった。
単にグレイを人身売買の商品として攫ったようには見えない。
グレイを拉致してアレクの婚約者の身代わりとして送り込んだウィンターハルト家や、モンフォール伯爵しかり、もしかして貴族というものは拉致するのが好きなのだろうか、とグレイは暢気にそんなことを考えた。
「私をさらった理由はなんですか?」
グレイは自分をさらった理由をモンフォールに尋ねる。
「決まっているだろう! お前の竜としての血を私が取り込むためだ!」
「なっ」
グレイは内心で驚愕していた。
自分の竜の血のことが知られていたことに。
「どうして私の血のことを……」
「どうもこうも、私が見たんだよ、この目で」
「そんなの、一体どうやって……」
「自ら大っぴらに使っていただろう、以前のパーティーの際に」
「あのときは近くにいた人間なんて……」
もしや、頭に血が上りすぎて近くに人間がいたことに気がつかなかったのか、と思いグレイは記憶を掘り返す。
しかしすぐに、あの時近くに人間はいなかった、という結論にたどり着いた。
「別に、私が見たわけではない。お前の正体を見たのは、コイツだ」
モンフォールは肩の上に一つ目のねずみのような生き物を出現させる。
虚空から現れた一つ目のねずみに、グレイは驚く。
「私が魔法で手懐けている使い魔だ」
「魔法を……!?」
「魔法を使うのが魔法卿だけだと思ったか?」
「それで、私の正体を見たと?」
「こいつは非力で魔法も微弱だが、一つだけ特徴を持っている。それは透明になれることだ」
一つ目のねずみは透明になる。
「私は今までこいいつを使い、伯爵家としてのし上がってきた。そして今回も、単に魔法卿の新しい婚約者がどんな人間が探るつもりだった……」
モンフォールはそこで言葉を区切った。
「しかし、私は見た。お前の正体を。人間とはかけ離れた、化け物としての本性を!!」
「私の本性を知ったところで、何になるんです? まさか言い触らすので?」
「いいや、お前を使う。私のために」
「使う?」
モンフォールの言葉にグレイは眉根を寄せる。
「お前を生贄に捧げ、私が命を長らえるための贄とするのだ」
「なっ……!?」
流石にこれはグレイも仰天せざるを得なかった。
「伝承によれば竜の血はどんな病をも治す薬となるという。私は、その薬が必要なのだ」
当然、竜の血にはそんな効果はない。
ただ単に、生命力を活性化するだけだ。
竜の血が薬になる云々は、それに尾ひれがついてまわった結果だろう。
「……私は薬屋です。症状をお聞かせ願えれば、効果的な薬を処方することができるかもしれませんよ」
グレイはなんとか助かる道はないかと、そう言った。
「私の病は国の中でも最高の医者でも見放した。たかがお前ごときに治せるわけがなかろうが」
「私の薬は特別製です。魔法製の薬ならなんとかなるかも」
「そんなもの、とっくに試しているに決まっているだろう」
「竜の血は単に生命力を活性化させるだけです。病気の治療はできませんよ」
「それは試してみないとわからんだろう。竜の血は魔力の塊。私の身に巣食う病魔など、駆逐できるかもしれん」
グレイは説得することは無理だと悟った。
そもそも、どうにかなるなら
万策尽きたからこそ、それに縋るしかなかったのだろう。
たとえそれがおとぎ話の類だったとしても。
「もとから、私を薬の材料にするつもりだったんですか?」
「いいや、私が当初狙っていたのはエルドリッチが大切にしまい込んであるという、万能の霊薬だ」
「霊薬を……?」
「あのいけすかん辺境伯からは不老不死の薬を売るのを断られてしまった。どれだけ揺さぶってもただのおとぎ話だと言って、私の話を一笑に付すだけだった。本当に忌々しい男だ」
(もしかして、私が襲われたのって、あの人が
グレイは一つの可能性に思い至ったが、それ以上は考えないことにした。
今はこの状況を抜け出すことに頭を使うべきだ。
「だから、私は次善の策としてエルドリッチの城内にこいつを放った。お前の動向を見張らせて、一人になるタイミングを図るために」
モンフォールが肩を撫でる。
そこには何もいるようには見えなかったが、透明化している一つ目のねずみがいるのだろう。
「さて、無駄話もここまでだ。冥土の土産にここまで聞かせてやれば十分だろう」
モンフォールが指を鳴らす。
すると山賊のような見た目の男が、大きなナイフとバケツをグレイの近くにあるテーブルへと乗せた
あそこにグレイの血を入れるつもりなのだろう。
もちろん、そんなことをされればグレイは死ぬ。
腕を動かそうとするが、未だに薬でしびれている身体は上手く動く気配がない。
(毒はまだ抜けきってないか)
できるだけモンフォールに話させて時間を稼ぐつもりだったが、このままでは強制的な献血をさせられてしまう。
もちろん、モンフォールがグレイに顔を見せてただで帰すとは思えない。
献血が終わればサクッと殺されるのがオチだろう。
そもそも、血は死ぬまで抜き取られる可能性があるが。
そうならないためにも、グレイはアレクから教えられた魔法を発動しようとして……。
(っ! 魔法が使えない……!)
自身の魔法が使えないことに気が付いた。
「無駄だ無駄だ。私は魔法使いだぞ。当然魔法使いや魔術師への対策は行っている。その鎖は、魔法や魔術を妨害する特殊な鎖なのだ」
グレイが魔法を使おうとしていることに気が付いたモンフォールは、下卑た笑みを浮かべて笑う。
「さぁ、私にその竜の血をよこせ……!」
(絶体絶命か……)
グレイは近づいてくるモンフォールの手下を見て、悔しげに唇を噛む。
その時だった。
「やれやれ、だからあれほど護衛をつけろと言っただろう」
天井が割れた。
「なっ、なんだ!」
「なにが起こった!」
モンフォールや手下たちが突然の出来事に動揺する。
真っ赤な空が視界に広がる。
その中で、浮かんでいる人物がいた。
マントを風にはためかさせる男の名を、グレイは呼ぶ。
「アレク様……」
そこにいたのは、アレク・エルドリッチだった。
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