第24話 杖の作成

 杖の作成をするに当たって、小さな問題が発生した。

 それは残火の女神イリシアがグレイの杖の作成のために選んだ木の根だった。


「昨日、工房で調べたんだが、結局なんの素材かは分からなかった」


 アレクがグレイに木の根を見せて説明する。

 ちなみに変身の魔法は解いて、元の男の姿に戻っている。


(もったいない。あの姿はあの姿で人気が出たと思うんだが)


 グレイはアレク、もといカレン・クロウリーを思い出しながらそんなことを考えた。


「しかしだ、分かったことは一つだけある」

「あるんですか」

「ああ、この木の根は以上なほど魔力の伝導率が高い」

「まりょくでんどうりつ?」


 聞き慣れない言葉にグレイが首を傾げる。


「人間から素材への魔力の通しやすさだ。高ければ高いほど魔力を通しやすく、逆に低ければ通さなくなる」

「魔力の通りやすさがよければ何かいいことがあるんですか?」

「単純に魔法の威力が上がるうえに、魔力の消費も減る」


 なるほど、一番基礎的なことだが、いちばん重要なことだ。


「この素材は魔力の伝導率がほぼ100パーセントある。つまり、魔力のロスが限りなく低い。杖の素材としては最適だろう」

「ちなみに普通の木の根はどれくらいなんですか?」

「加工無しならせいぜい30パーセントがいいところだろう」

「ということは、これはただの木の根ではないということですか?」

「恐らく、霊木やそれに類する格の高い木であるのは違いないな」

「なるほど」


 あの素材の止まからこの杖に最適な素材を見つけてくるのは、さすがは神様というべきか……とグレイは顎に手を当てて考えた。


「まぁ、残火の女神がわざわざ杖に使えと選んだんだ。杖にとって良いものには違いない」


 そこはグレイと同意見だ。

 ということで残火の女神イリシアが選んでくれた木の根は使うことになった。


 杖の作成のために、グレイとアレクはアレクの工房へとやってきた。

 アレクは城の中に工房を一つ持っていた。


 魔法使いは工房を持っているものらしい。

 当然、グレイが営んでいた薬屋よりよほど広い。


 しかしあちこちに何かを書き散らした紙や本が散乱しており、アレクが作ったと思われる魔道具なども落ちていた。

 アレクは努力家な性格なのかもしれない、ということにグレイを意外に感じた。


「杖の作成ってどうやるんですか」


 グレイは単純な疑問をアレクにぶつけた。


「杖の作成は魔法を使って作成される」

「え、私、杖をつくる魔法なんて知らないですよ」

「俺が知っている。杖を作るのは本人でなくても構わないからな。師匠が弟子に送るときに作る風習もある」


 私って弟子だったのかとグレイは心のなかで呟く。

 アレクは杖を作るのに使う素材を広げた布の上に置いていく。


 まずは杖の元となる木の杖。これは比較的魔力伝導率の高い、なおかつ火属性の木のものが使われているらしい。

 それと虹色に輝く粉、残火の女神イリシアが選んだ木の根、エリザベートからもらった赤い魔石、不死鳥の羽などが並べられた。


 どれも高級そうな素材ばかりだ。

 もしや杖の素材の代金を請求されるのではないか、と怖くなってきたグレイはアレクに尋ねる。


「あの、この素材のお金って……」

「必要経費だ。気にするな」


 アレクの返答にホッと安堵するグレイ。

 その顔を見て付け足すアレク。


「その分働いてもらうからな」

「……」


 この世に無償の善意などめったに存在しないことを、グレイは改めて胸に刻み込んだ。


「それでは魔法を発動する」


 アレクが真剣な表情になったので、グレイも気を引き締めた。

 杖を取り出したアレクが、その杖で布の上に置かれた材料へと順にトン、トンと軽く叩いていく。


 すると布の上に魔法陣が展開され、光を放ち始めた。

 魔法陣の上にある杖の材料が次第に溶け、ひとりでに融合していく。


 三十秒ほど立った後、魔法が終わったのか、魔法陣の光は次第に弱くなっていった。

 代わりに布の上に杖が現れた。


「お前の杖だ。受け取れ」


 アレクはグレイへと杖を手渡す。

 グレイはその杖を少し感動した目で眺めた。


 やはり、一度は誰もが子供の頃に魔法使いの杖というものに憧れるものである。

 グレイに手渡されたのは身長の半分ほどの長さの杖で、持ちての部分にエリザベートの宝石がはめ込まれている。


 火属性の素材を主に使ったからか、杖は全体的に赤色になっていた。

 工房から立ち去ろうとしたグレイに、アレクがその背から声をかけた。


「一つ言い忘れていたが、お前は今残火の女神と契約したことにより、火属性の魔法の威力が大幅に上がっている」

「そうなんですか」

「それに加えて、その杖は魔力伝導率が非常に高い。つまり神の力がそのまま出てくる可能性がある、ということだ」


 神様の力が、そのまま使える。

 想像するだけでもグレイは恐怖を覚えた。

 人によっては優越感を味わうのかも知れないが、グレイは人を傷つけたり戦うことを自体を楽しむ趣味はなかった。


「……考えるだけでゾッとしますね」

「自分の身の安全を守る時以外を除いて、俺が良いと言うまで火属性の魔法は人に対して使うな。というか、火属性の魔法は基本的に使うな。いいな」

「はい……」


 一瞬、グレイの脳裏には「杖の力を試したいし、一番弱い魔法くらいなら後で使っても大丈夫だろう」という思考がよぎっていたが、アレクの言葉であえなく断念することにした。

 魔法の師匠から禁止されては仕方がない。

 アレクはグレイの表情を見て理解していないな、と一つ実演を見せることにした。


「そうだな、一つ魔法を使ってみろ。氷属性の、一番威力の弱い魔法だ」


 グレイはアレクからその魔法の呪文を教えてもらう。

 そして杖を握りしめながら、魔法を唱えた。


『氷の結晶よ、我が手に』


 その瞬間、グレイの半径五メートルほどが凍った。

 床に散らばっていた紙や本は凍りつき、床からは氷柱が天井に向かって伸びている。


「えっ?」


 一番威力の弱い呪文だと聞いていたグレイは驚きながら、周囲の光景を見ていた。


「やはりな。比較的相性の悪い氷属性でもこれか」


 周囲の全てが凍りついた中、アレクだけは涼しい顔でグレイの近くに立っていた。

 言葉から察するに、どうやらこの状況を予想していたらしい。


「一番弱い呪文じゃなかったんですか」

「俺が教えたのは、ただ手のひらに雪の結晶が降ってくるだけの、お遊びのような魔法だ」

「それならどうして……」

「お前が竜だからだ」

「私が竜だから?」

「以前にも言った通り、お前の中にある竜の血が魔法の威力を引き上げている。その上、杖と契約した使い魔だ」


 アレクは三本指を立てる。


「お前の魔法の威力は、これらの要因で異常なまでに威力が高まっている。だから、これからは威力を調整できるようになるまで魔法は使うな。いいな」

「わかりました……」


 グレイはたった今身を持って自分の魔法の恐ろしさを実感したため、アレクの言葉に素直に頷いたのだった。

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