第23話 女神の助言

「なんだ、俺になにか言いたいことがあるのか」


 わなわなと震える指で自分を差すグレイに、アレクは怪訝な目を向けた。

 いつもの凛とした声は高く、女性の声へと変わっているせいで、口調と声がチグハグだった。

 彫刻のような美しさは、残虐さと冷酷さを持ち合わせた美貌へと変貌を遂げていた。


「いや、お、女の子になってますよ……」


 いつもは冷静沈着なグレイも、目の前の怪奇現象に流石に慌てる。


「落ち着け、これはただ魔法で姿を変えただけだ」

「え、ということは幻なんですか」

「いや、実体はある。体ごと変身させているからな。触ってみろ」


 美少女になったアレクが手を差し出してくる。

 グレイがごくりと唾を飲み込んでその手を握ると、温かく柔らかい人間の感触が伝わってきた。


「本当だ、ちゃんと触れる……」


 そのままグレイは腕や肩などを触る。

 そして頬に触れようとしたところでパシッと手を弾かれた。


「いい加減にしろ、いつまで触っているつもりだ」

「魔法ってすごいですね……」

「そうだろう。このレベルの変身ができる人間はほとんどいないからな」

「いや、でもそこまでして変装する必要はあるんですか…………ハッ、まさかそういうシュミ……?」


 グレイは自分の言葉の途中でその可能性に思い至った。

 貴族の中には性癖をこじらせている人間も多いという。

 もしかしたら、アレクもその一人なのかもしれない。


「違う。これは必要だからそうしてるんだ」


 アレクは不名誉なレッテルを貼られるのを回避するために強めに否定した。


「……」


 グレイが「本当か……?」という視線を向けていると、アレクはため息をついて説明し始めた。


「俺が変装しても、たかが変装だ。背格好でバレることも多い。念を入れて変装をしても、鋭いやつは俺がアレク・エルドリッチだと気がつく」

「そうでしょうね」

「だが性別ごと変えれば、俺をアレク・エルドリッチだと思う人間は流石にいない。だから変装をするときは性別ごと変えている。これで分かったか」

「わかりました」


 一応、アレクの言葉には説得力があったので、グレイは納得することにした。


「分かったら馬車に乗れ。街に行くぞ」


 美少女になったアレクはマントを翻して歩いていく。 

 しかし何かを思い出したかのようにくるりと振り返ると、グレイへとこう言った。


「ああ、言い忘れていた。このときの俺をアレクとは呼ぶなよ」


 確かに、折角正体がバレないように変装しているのに名前を呼んでしまえば台無しだ。


「じゃあなんて呼べばいいんですか」

「俺のことはカレンと呼べ。カレン・クロウリーだ」

「わかりました」


 グレイが頷くとアレク、もといカレンは馬車へと乗り込んでいく。

 馬車はエルドリッチの紋章が入ってない、普通の馬車だった。

 その後に続いて馬車に乗り込み、アレクの隣に座ったグレイは最後の質問を投げかけた。


「最後に一つ質問してもいいですか?」

「なんだ」

「一人称は変えないんですか? 折角可愛い見た目なのに、一人称が「俺」だと台無しですよ」

「……」


 アレクは「痛いところを突かれた」といった表情で心底嫌そうな顔になった。


「女の子の恰好なのに俺、なんて言ってたら、勘の鋭い人は気が付いちゃうかもしれませんよ?」


 グレイはアレクへと畳み掛けた。

 先ほどのし返した。

 しかし仕返しをしているとバレたらとんでもない目に合いそうなので、表情だけは真面目くさった表情にしておく。


「……一理ある」


 苦々しい顔でアレクは頷いた。


「でしょう、ですから一人称は私にしましょう」


 うんうん、と頷くグレイにアレクは怪訝な視線を向けた。


「……お前、楽しんでるだろ」

「なんのことでしょうか」


 アレクの鋭い問いに、グレイはすっとぼけたのだった。




 馬車を走らせてやってきたのは、なんだか雑多な感じの店だった。

 木の扉を開けると、木の枝や瓶に入ったなにかの指まで、多種多様なものが飾られていた。

 カウンターにはローブを着た老婆が座っていた。


「こいつの杖の素材を探しに来た」


 アレクはそう言うと棚の素材を物色し始めた。

 老婆はなにも言わない。これがいつものやり取りなのだろう。


「ちょっと意外でした。素材屋と言っても、貴族様が来るような超高級店に来るのかと」

「今回はお前に素材の目利きを教えることも兼ねているからな。そこら辺を見て気になる素材があればおれ……私に見せに来い。杖に最適か判断してやる」


 アレクはそう言うと素材の物色に戻った。

 素材屋ですることもないので、必然的に素材を眺めることになる。


 杖の素材と言っても何を選べばいいのかわからない。

 取り敢えず、グレイは綺麗な青色の宝石をアレクの元へと持っていった。

 しかし……。


「これは駄目だな」

「えっ、駄目ですか」

「お前の使い魔の属性は火だ。この宝石は水属性だから相容れない。それにお前はもう魔石を持ってるだろう」

「え? あっ、そうでした」


 エリザベートから貰った魔石を思い出す。


「本来であればあれを使うべきではないんだが……使わないのもそれはそれで面倒ごとを起こすからな」

「だから、どういう意味なんですか、魔石って」


 グレイは魔石の意味について尋ねようとしたが、また素材を見てこい、と追い返されてしまった。

 また沢山の素材がある棚とのにらめっこに戻る。


 とにかく、青色の素材は避けたほうが良さそうだ。

 グレイの使い魔である残火の女神イリシアは火属性なので、赤色の素材を選んだほうが良さそうだ。

 それと魔石はもう持っているので要らないらしい。


 ということから、グレイは薄い赤色の木の根っこのようなものと、紅色の液体が入った瓶を眺めがらにらめっこしていた。

 その時だった。


『この素材がいいだろう』


 グレイのよこからすっと手が伸びて、棚にある普通の木の枝を手に取った。

 その手には見覚えがあった。


「イ、イリシア様……!?」


 グレイは驚愕の声を上げた。

 残火の女神、イリシアがグレイの隣に浮いていたのだ。


『古き灰の子よ、杖にはこれを使うと良い』


 イリシアが手に取った木の根を渡してくる。

 それはグレイも目に入れていたが、どう見ても普通の木の根だったのであまり価値はないだろう、と見過ごしていたものだ。


「あの、これは……」


 グレイが顔を上げると、そこにはもうイリシアはいなかった。

 言うことだけ言って姿を消したらしい。


 気まぐれな神らしい言動だった。


「古き灰の子ってどういうことなんだろう……」


 木の根を握りしめながらグレイはポツリと呟く。

 以前もイリシアは自分のことをそう呼んでいたが、どういう意味なのだろうか。

 しかし質問したくてもイリシアはもういない。

 グレイは取り敢えずアレクの元へと持っていった。


「あの、アレ……カレン様。これ……」


 グレイが差し出した木の根をアレクは受け取る。


「なんだこれは?」

「さっきイリシア様が出てきて、杖の素材にはこれを使うといいと……」

「は? 残火の女神が出てきたのか……?」

「はい。これ、何の素材なんですか?」


 アレクは店内に神が出てきたことに驚愕している様子だったが、グレイが木の根を指差すとじっくりと見始める。


「ただの木の根しか見えないが……残火の女神が選んだということはなにか意味があるのだろう」


 そういう訳で、グレイはイリシアが差し出した木の根を買うことにした。

 そして老婆の元で買っていると。


「お嬢ちゃんには、神様がついているね」


 グレイを見据えて老婆がそう言った。

 いきなりそんなことを言われたグレイが慌てたのは、別の話である。

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