第22話 変身の魔法

 そして残火の女神、イリシアを使い魔にした次の日。


「女神と契約したといっても、あんまり変わらないな……」


 グレイはリリアナに髪をすいてもらいながらそう呟いた。


「私としては折角お手入れした髪がなくなってしまったのは残念ですけど……女神を使い魔にするなんて、グレイ様は凄いです!」


 きらきらと目を輝かせるリリアナにグレイは苦笑いを浮かべる。

 別にグレイとしては大したことをしたつもりはないので、この程度で褒められても困るのだが。

 ただ、曲りなりにも神を使い魔にする、ということは相当な大事だったようで、あの後のアレクの動揺ぶりは初めて見た。


 あのイケメンの動揺する顔を見れたなら、総じてプラスだったな、とグレイは少し意地の悪いことを考えるのだった。




 グレイは適当に城の中を散歩をしていた。

 この城に住んでそこそこ経つが、未だに入ったことのある部屋より入ったことのない部屋のほうが多い。


 グレイは庭へとやってきた。

 ここは日当たりが良く、洗濯物が干してある場所だった。

 日当たりもよく風が気持ちいいので、グレイはよくここを利用している。


 しかし今回は、ベッドのシーツを干している先客がいた。


「これはグレイ様。いかがなさいましたかな?」


 家令のジェームズはグレイに気がつくと振り向いてお辞儀をする。


「ちょっと、風に当たりに来たんです」

「ここは日当たりも風通しもいいですからな」


 ジェームズはこの城の使用人をまとめ上げている家令にも関わらず、こうして雑用をよくこなしていた。

 そのくせ他の仕事が疎かになるということは決して無く、それどころか仕事はとても早かった。

 真面目でまめな上に、アレクと違って性格もいいのでグレイにとってはかなり好印象な人物だった。


「グレイ様に、ありがとうございます」


 すると突然ジェームズがグレイに頭を下げ始めた。


「ちょ、ちょっと待ってください。どうしたんですか……!」

「グレイ様には、本当に感謝をしているのです」

「私にですか?」

「アレク様は、あなたが来てから変わられました」

「そうなんですか……?」


 グレイはなんとも言えない返事を返す。

 グレイが来る前のアレクなど知りようがないからだ。


「以前のアレク様はもっと張り詰めておいででした」

「確かに……私が来た時もそんな感じでしたね」


 グレイは自分が初めてアレクと出会ったときのことを思いだす。

 魔法で作った氷剣を自分に突きつけたアレクは、とても張り詰めているような感じだった。


「先代夫妻様と妹君が事故で亡くなられてから、あの方は変わりました」


(家族が全員死んでいたのか)


 城に数ヶ月滞在しても一向にアレクの家族の話を聞かないことから、ある程度予想していたが、やはりアレクは家族を亡くしていたらしい。

 天涯孤独の自分と同じなのか、とグレイは淡々とそんな感想を抱いた。


「ですが、グレイ様がいらっしゃってからは、徐々にですが笑顔も増えています」

「あれ、笑顔にカウントしても良いんですか?」


 グレイの記憶にあるアレクの笑顔は、いつも性格の悪い笑みだけだ。


「主人が笑っているのならそれで良いのです」


 あの性格の悪い笑みを向けられているグレイとしては良くはないが。

 その時、ジェームズが執事服のポケットから懐中時計を取り出して眺めた。


「おっと、もうこんな時間ですか。アレク様に申し付けられている仕事がありますので、私はここで失礼させていただきます」


 ジェームズはもう一度グレイにお辞儀をして戻っていった。

 グレイはその背中を見送る。

 ジェームズがこの話をグレイにしたのは偶然ではないだろう。


 そもそも、主人の過去を話すこと自体、使用人がするのはご法度だ。

 そのうえでジェームズがグレイにアレクの過去を話たのにはなにか意味があるのだろうか。

 グレイは政治的なものには疎いうえに、あえて深く考えないようにしていたので分からなかった。



***



「エルドリッチの城下街に行く」

「城下街にですか?」


 突然のアレクの言葉にグレイは首を傾げた。

 エルドリッチの街は防壁で円形状に囲まれており、その中にエルドリッチの城と、周囲から同心円状に広がるように城下街が広がっている。

 隣国と接しているせいで度々侵攻を受けているものの、エルドリッチの城下街の防壁は歴史上、まだ一度も破られたことはない。

 というのがグレイが最近学んだことだった。


「今日はお前の杖を作るつもりだったが、材料がないことが分かった。よって今から街へと買いに行く」

「別に材料くらいなら外にいかなくても……」

「杖は魔法使いにとっては重要な要素だ。素材の状態が杖の出来に直接関わってくる。お前は素材の良し悪しが分かるのか?」

「わかりませんが……」

「だろう? ということで俺もついていく。俺以上に素材の目利きができるやつはいないからな」


 その時、後ろに控えていたジェームズがアレクにお辞儀をしながら告げる。


「アレク様、本日はまだ執務が残っておりますが……」

「今日はグレイの杖を見に行く。執務は明日に回せ」

「かしこまりました」


 ジェームズは一礼する。

 グレイはとある可能性に思い至っていた。


(こ、この男……! まさか仕事から抜け出したいから私を口実として使ったのか……!)


 いや、恐らく確実にそうだ。

 アレクはグレイの視線に気がつくと考えていることに気が付いたのか、ニヤリと笑って……ぽん、と肩に手をおいた。


「ご苦労」


 たったその一言だけ言って、アレクはすたすたと歩いていく。

 口実に使われたグレイはアレクの背中を睨みつけた。

 グレイはアレクの性格の悪さを改めて実感するのだった。


「さて、街に出かける準備をするか」


 城の門の前までやってくると、アレクはそう呟く。

 グレイは心のなかで首を傾げた。

 すでに出かける準備は出来ているよう見えるが……。


「準備って、何をするんですか」

「変装だ。貴族であり領主である俺が街を歩いていれば、それだけで周囲に威圧を与えるからな」


 へぇ、そういうことはしっかりと考えてるんだな、とグレイは思った。


「お前、今失礼なことを考えただろう」

「いえ、何も」


 グレイは白々しい表情で肩を竦める。

 アレクはこれ以上追及しても意味はないと悟ったのか、魔法用の杖を取り出す。


 どうやらアレクは魔法で変装するらしい。

 まぁ、アレクが服装を変えたり、付け髭をしたりしてもその身から溢れるオーラで周囲の人間はあれがアレクだと気づいてしまうだろう。


 当然かとグレイは納得した。

 アレクが詠唱を唱えて、姿を変えていく。


(この男が自分をどんな姿に変えるのか見ものだな)


 グレイはアレクの変装後の姿を待ち望んでいた。

 仕返し代わりに変装によってはほどほどにからかってやろう、と思いながら。

 アレクの姿が変わり終える。


「さてさて、どんな姿に…………え?」


 グレイは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 なぜならアレクの変装後の姿は。


 まず、背が縮んでいた。

 180センチ以上あった背は、グレイより少し大きいくらいになっている。


 それに加えてその金髪は背の半ばまで伸びている。

 気の強そうなツリ目に、小ぶりな鼻。桜色の唇。


 そして極めつけは……グレイのそれよりよほど大きい胸。


「ふむ、こんなものか」

「な……それ……」


 アレクは十代ほどの美少女へと変貌を遂げていた。

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