第20話 泥棒

 パーティーが終わったあと、グレイたちは王都にあるエルドリッチ家の別邸に泊まることにした。

 帰ってきたのが夜遅くだったのと、アレクが転移の魔法を何度も発動すれば疲れてしまう、という理由だった。


 別邸と言えど、その居心地の良さは侮れなかった。

 流石にエルドリッチ城よりは広くはないものの、それでもさすがは四大貴族。王都の中でも一等地に建てられた屋敷だった。


 グレイに割り当てられた部屋もかなり広い部屋で、エルドリッチ城にある自室と大差ない。


 いつもは寝るまでリリアナがいるので、一人の夜は久しぶりだった。


 思い至って窓枠に腰掛けると、王都の夜景を眺めた。

 魔石の明かりによって夜にもかかわらず、暗闇を感じることがない都市。

 グレイが生まれてからずっとみてきた光景だ。


「……」


 その夜景を見ながら、グレイは静かに見ていた。





「ここに戻ってくるのも久しぶりだな……」


 グレイはフードを取りながら、自分の薬屋を見上げる。

 翌日、グレイは自分の実家へと戻ってきていた。


 昨日は別に帰るつもりではなかったが、夜景を見ていると考えが変わった。

 たった二ヶ月ほど離れていただけなのに、まるで何年も戻っていないような感覚だ。


 ガチャリ、とグレイは店の鍵を閉める。もし間違えて客が入ってきたら大変だからだ。

 グレイは実家兼薬屋の中に入ると、グレイが予想していたよりはは埃っぽくなかった。


(長い間戻ってなかったのに、思ったよりも綺麗だな)


 グレイはそんなことを考えながら狭い店内を進んでいく。

 どうやら不在にしていたわりには泥棒なども入っていないらしい。

 しかし、以前よりも全体的に棚においてある薬草が減っているのは気のせいだろうか。


「まぁ、勘違いかな」


 グレイはそう考えることにして、

 そして奥の扉の居住スペースに入る。


「確か、ここに……」


 おぼろげな記憶を頼りに棚を漁る。

 すると宝石がはめ込まれたペンダントと、手のひらよりも大きい骨の破片を発見した。


「あったあった。家の家宝」


 グレイが取り出したのは、グレイの母より「これが家宝よ」と言われていたペンダントと牙だった。

 実家に帰ってきたのは単に感傷に駆られたというものあるが、これを取りに来るという目的もあった。


(これあれば、解雇されたときにもなにかの足しになるかもしれない)


 なにせ家の家宝だ。多分高価なものなのだろう。

 ペンダントはともかく、幼かったグレイは金貨でもない骨の破片には全く興味がなかったので、今まで棚の中にしまいっぱなしであった。


 あとは数冊ほど、薬草調合の知識を書き留めた本を持ち出すことにした。

 所詮は街の薬屋程度の知識で、エルドリッチ城の書庫の中にある本にすべて載っているのだろうが、一応グレイの努力の跡だ。


 あとは金目のものも持っていくことにした。驚くほど少なかったのでかさばらなかったのは助かったが、少し悲しい気持ちになった。

 そうして今度はいつ帰ってくるかわからない実家の部屋を一つ一つ見て回ると、しっかりと窓の戸締まりを行った。


 一応戸締まりはしっかりとしておくが、今度返ってきたときは泥棒に入られているかもしれない。

 まぁ、王都で夜も人通りがあるし、奪えるものも薬草程度なので、万が一泥棒に入られたとしても荒らされるだけで済むだろう。


 そして薬屋の方へと出てくると。


 ガチャリ、と扉を開けて一人の少年が薬屋の中に入ってきた。

 その少年は手に掃除道具を持っており、グレイを見ると驚いたような声を上げた。


「あっ」

「いらっしゃ──」


 グレイはいつものくせでそう言いかけたが、すぐにやめた。

 この少年が店の中に入ってこれるはずがないのだ。

 なぜなら、店の鍵はグレイがしっかりと閉めていたのだから。


「っ!!」


 少年はすぐに踵を返して逃げようとする。


「待て!」


 グレイはその後を追った。

 あまり足が速いわけではないが、歩幅の差は明白だった。

 グレイはすぐに追いつき、その少年の襟首を掴んで持ち上げる。


「はなせっ! はなせよ……っ!!」


 少年はグレイから逃れようと、空中で暴れた。


「棚の薬草が減っていると思ったけど、お前の仕業だったのか」

「お、お前には関係ないだろ!」

「関係あるに決まってるだろ、こそ泥。あそこは私の店だ」


 グレイがそう言うと少年は押し黙った。


「お前、どうして私の店に入ってこれた。答えろ」


 グレイは少年に顔を近づけて問いかける。

 しかし少年は口をつぐんだまま話さない。


「このまま憲兵に突き出すこともできるんだぞ」


 グレイがそう脅すと、少年は観念したのか話し始めた。

 すべてを聞き終わったグレイは話を総括する。


「なるほど、母親が病気で、お金がないから私の店に忍び込んで薬草を盗っていた、と?」

「うちは父親が居なくて、俺と母さんだけしかいないんだ。でも母さんが病気になってから仕事にいけなくなって、薬も買うお金もなくて……」

「それで、せめてもの罪滅ぼしに掃除だけしていた、と……」


 少年はこくりと頷いた。

 店に入ってきた時、掃除道具を持っていたのはそのためだったらしい。


 久しぶりに帰ってきたというのに思ったよりもホコリを被っていなかった理由がわかった。

 棚の薬草がまんべんなく減っていたのも、どれが病気に聞くの分からず、一つずつ試していたからだそうだ。


 グレイはどうしようか、と考える。

 同情はできるが、それとこれとは話が別だ。


 一度盗みをはたらいてそれが罰せられなかったら、その子供は「盗んでもいいのだ」と思うようになる。

 それに掃除をしていたとはいえグレイが薬草を盗まれているのは事実だ。


「取り敢えず、親のもとに案内して」


 グレイは少年へとそう言った。





 少年につれてこられた家では、ベッドに一人の女性が横たわっていた。

 高熱と激しい咳。

 これらの症状はグレイは見たことがあった。


(流行病か……)


 残念なことに、まだ特効薬と呼べるものは作られていない。


 できるのは栄養のあるものをとって寝て、回復を待つことだけだ。

 七割以上はそれで回復するのだが、運が悪ければずっと症状が続くことがある。


 聞けば、母親はずっと働き詰めだったという。家を見るに、もともとの経済状況も良かったとは言えないだろう。

 経済状況が悪ければ栄養のあるものが食べられず体調は悪くなり、そこに連日働き詰めだった疲れが合わされば、病気も感染りやすくなる。


「なあ、治せるよな」


 少年が不安そうな顔で聞いてくる。

 グレイはそれに首を振った。


「今のところ、私に処方できる薬はない」

「なっ、なんだよそれ!」


 残念ながら、グレイにはこの母親に処方する薬はない。

 グレイはただの薬屋に過ぎない。特効薬をあたらしく開発することは出来ないのだ。


「私は薬を開発したりはできないんだ」

「じゃあ、どうすればいいんだよ……!!」


 少年は泣きそうな顔でそう言った。

 その顔を見て、グレイはため息を吐くと、頭をかいて少年の前にしゃがみこんだ。


「一つだけ、方法がある」

「本当か!?」

「だけど、ここで見たものは絶対に言わないと約束できる? やぶったらそうだな……お前のいちばん大切なものを取りに来る」


 グレイは瞳を竜に変えて、少年へとそう言った。

 竜の威圧が少年を襲う。


「っ!!」


 少年はその目に怯え、青ざめたものの、母親を救う道はこれしかないとわかっていたため……頷いた。


(まぁ、脅すのはこれくらいでいいだろう)


「それならよし」


 グレイは竜の威圧を解く。

 少年は安心したようにホッと息を吐いた。




 いつものように適当な薬を調合したあと、グレイは大きく息を吐きだした。

 本命はここからだ。

 グレイは髪の毛を一本抜くと、薬が入っている容器に手をかざした。


『──来て』


 髪が耳のあたりまで赤く染まっていく。

 肌が竜の鱗のように割れ、燐光が散る。


「すげぇ……」


 後ろから少年の声が聞こえてきた。

 ふわり、とグレイの髪が持ち上がる。

 室内だと言うのに、いつの間にか風が吹いていた。


『私を呼んだの?』


 グレイの隣には小さな妖精が飛んでいた。


「これをあげるから、薬を良くしてくれる?」


 グレイは先程抜いた髪の毛を妖精へと差し出しながら訪ねた。

 すると妖精はにっこりと笑い……


『いいわ、竜はどこを貰ってもお宝だもの』


 妖精はグレイの髪の毛を受け取ると、容器の上を舞って羽から薬へと鱗粉を落とした。


「ありがとう」

『いつでも呼び出してね』


 グレイがお礼をいうと、妖精はウインクをしながら消えていった。

 今の光景を見ていた少年は唖然としながら呟く。


「い、今のは……」

「細かい質問はなし。早く飲ませてあげて」


 グレイは少年へと薬の入った容器を差し出す。

 少年は慌てて母親へと薬を飲ませた。

 それからしばらくすると母親は急激に回復していった。

 グレイが調合のときの後片付けをしていると、少年が話しかけてきた。


「あの、ありがと……俺の母ちゃんを治してくれて」

「別に。それよりも、今回のお代だけど」

「え?」


 少年は素っ頓狂な声を上げたあと。


「か、金取るのか……?」

「当たりまえでしょ。さっきの薬に使った薬草代もただじゃないんだから」

「で、でも俺……」

「私の薬屋の掃除、半年間。それで手を打つ」

「……え?」


 少年はぽかんとしたあと……恐る恐るグレイに尋ねてきた。


「その……長くない?」

「盗まれた薬草の分も入ってるんだから当然でしょ」

「うっ……」

「細かい数字はわかんないし。憲兵に突き出さないだけでかなりの温情だと思うけど?」

「はい……わかりました」


 流石に少年は反論すること無く頷いた。

 半年間の無償の掃除、総合的見ればちょうどいいくらいの罰と言えるだろう。


「もしまたこんど盗んだら……分かってるね?」


 ニッコリと笑ったグレイは少年を睨みつける。

 すると少年は真っ青な顔になって、何度も頷いたのだった。

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