第19話 魔石

「どういうつもり、というのは」

「どうして始めに私のもとに来ないわけ? 生意気なのよ!」

「え?」

「あんたには私に挨拶する義務があるでしょ!」

「はぁ」


(確か名前は……イザベラ? だったかな)


 グレイはイザベラの言葉をボーっとしながら聞き流す。

 そのグレイにかちんと来たのか、イザベラはさらにグレイにギャーギャーとまくし立てた。


(なんでこんなに絡んでくるんだろ……)


 イザベラに対してなにかした覚えはないのだが。

 それにしても自分を拉致して捨て駒にしたくせに、よくも自分に挨拶に来ないのは失礼だといえたものだ。

 貴族というのは面の皮が厚くなければ務まらないというが、イザベラの面の皮は相当厚いに違いない。

 その時、イザベラがグレイに指を突きつけた。


「ちょっと注目を浴びてるからって、勘違いしないでよね。あんたが注目されてるのはアレク様のおかげなんだから!」


 もちろん、言われるまでもなくグレイはこの注目が自分に向けられているものではなく、アレクに向けられていると思っている。

 本当はグレイも注目されているのというのは別にして。

 その時、グレイはどうしてイザベラが自分に絡んでくるのかという理由に思い至った。


(ああ、なるほど。私に注目を奪われて嫉妬したのか)


 グレイは心のなかでぽん、と手を打つ。

 女嫌いで有名な魔法卿の婚約者を出した、ということで王都ではウィンターハルト家はとても注目を浴びていたらしい。


 イザベラはこの年頃の子供というのは、大抵目立つことが大好きなのだ。

 それはイザベラの後ろにいる子分たちからも察せられる。


 自分が一番注目を浴びていたのに視線を全て奪われてしまって、怒っているのだろう。

 本当はウィンターハルト家に来た当初はぱっとしなかったがグレイが、存外に綺麗になっていることに対する嫉妬もあったのだが、グレイは気がつかなかった。


(こんなにお仲間を連れてきて……)


 女は徒党を組んで攻撃してくる、というのは平民も貴族も変わらないらしい。


「あんたみたいなのをしっかりと綺麗にして送り出したのは私たちなんだからね」

「はぁ」


(うん。面倒だし聞き流しておこう)


 グレイは相手にするとまた怒り出しそうだと思ったので、そのまま嵐が過ぎ去るのを待とうとした。

 しかし、その時。


「死んだあんたの母親にも感謝して欲しいくらいだわ」


 グレイの表情がこわばった。

 初めてちゃんとした反応を見せたグレイに、イザベラは得意になりながら腰に手をあて、馬鹿にしたような笑いを浮かべながら続ける。


 それがどんな事態を引き起こすのかを知らずに。


「あんたみたいな、平民の女の汚い血を引く娘をここまで成り上がらせてあげたんだしね」

『──黙れ』


 背筋が凍るような威圧がイザベラを襲った。

 低い唸るような声でそう呟くと、グレイはイザベラを睨みつけた。


「ひっ……!!」


 イザベラが悲鳴を上げた。

 後ろの取り巻きも顔を青ざめさせていた。


 グレイの瞳が、竜の瞳孔へと変わっていた。

 人間ではないその異形の瞳に、イザベラとその取り巻きは後ずさる。

 グレイは力を調整して、近くにいるイザベラと、その取り巻きだけに自分の竜の威圧をかけていた。

 その結果、変化しているのは瞳だけで、髪の色も変わらないように抑え込めていた。


「いっ……!」


 グレイはイザベラの手を引っ張ると、至近距離まで顔を近づけイザベラを睨みつける。


『私を馬鹿にしても構わない。だけど、母さんを侮辱するのだけは許さない』


 グレイに間近で睨みつけられたイザベラは、目に涙を浮かべていた。

 竜の圧力を出しているグレイに怯えているのか、浅い呼吸を何度も繰り返している。


『次に母さんを馬鹿にすれば──殺す』


 瞳を見つめながらグレイはイザベラを脅す。

 こくこく、と真っ青になったイザベラが何度も頷く。

 ようやくイザベラの手を離すと、


「いけ」


 と顎で指した。

 イザベラとその取り巻きはそそくさとグレイから離れていく。


(ああ、力を抑えておいてよかった)


 会場の視線はアレクに行っているし、今のやり取りは誰も見ていないはずだ。

 もし仮に見ていたとしても遠目では何が怒ったか分からないだろう。


 また壁の花に戻ろうとしたところ。


「寂しそうね」


 エリザベートが声をかけてきた。

 赤いドレスを身にまとったエリザベートは、周囲の視線を集めながらグレイへと近づいてくる。


 エリザベートの後ろには、イザベラよりも多くの、そして爵位の高そうな令嬢が取り巻きとしてまるで侍女のように付き従っていた。

 さすがは第二王女、取り巻きの数はただの伯爵家の令嬢よりよほど多いらしい。


「そんな壁の花を決め込んでいたらもったいないわよ」

「婚約者のもとに戻れるまで待ってるんです」


 グレイはアレクの方へと目を向けた。

 言葉ではそう言ってるが、パーティーが終わるまであの状態だったらいいのに、と考えている。

 そうだ、とグレイはエリザベートへと質問した。


「あれから身体の加減はいかがですか」

「問題ないわ。むしろ、前より色々と見えて困ってるくらい」

「……」


 グレイは目をそらす。

 以前、戦場へと赴いて毒を受けた際に、グレイによる治療を終えたあとから、エリザベートは精霊や妖精が見えるようになったという。


 つまり、魔法の才能を開花させたのだ。

 この噂はすぐに王国中を駆け巡り、今エリザベートは王族の中でも急激に地位を上げているそうだ。


「ねぇ、私がこうなった理由、あなたは知らないかしら?」

「……知りません」


 グレイは目をそらしたまま答える。


 そんなグレイを見てくすりと笑うと、エリザベートはグレイに一枚、手紙を差し出した。

 手紙の封蝋には見たことのない紋章が押されている。


「これは?」

「生徒会の招待状よ。あなたも学園に通うでしょう?」


 エリザベートがそう言った途端、周囲にいた貴族が驚きの声を上げた。

 グレイは学園というものがなにか分からなかったので、何がそんなに驚くことかのかは分からなかった。

 取り敢えずグレイはその招待状を受け取った。


「それと……これもあげる」


 招待状を渡すのと同時に、エリザベートが不意打ち気味にグレイの手に何かを渡してきた。

 手のひらの中に収まる、丸い玉のようなものだ。

 手を開いてみてみると……そこには赤い玉があった。


「エ、エリザベート様っ!?」


 取り巻きたちはグレイに渡した赤い玉を見ると、驚いたように目を見開いた。

 宝石のようなその玉を見て、グレイは首を傾げる。


「これは……?」

「好きに加工して使ってちょうだい」

「えっ、これは一体……」

「じゃあ、私はそれを渡しに来ただけだから」


 グレイが渡されたものの正体を聞く前に、エリザベートは去って行ってしまった。

 残されたグレイは手の中の赤い玉を見つめる。


 そこで、周囲の人間が固まっていることに気が付いた。

 何やらグレイの手の中の赤い玉に視線を注いでいるようだった。


「グレイ、一体何を話していた」


 その時、アレクがグレイの元までやってきた。

 どうやら令嬢に囲まれた状態からついに脱したらしい。

 グレイはアレクへと手の中の赤い玉を見せる。


「アレク様、これ、なんですか?」

「…………」


 するとアレクは目を瞑って上を向くと、頭痛を抑え込むようにこめかみに手を当てた。


「……魔石はもらうなと言っただろう」

「え、魔石だったんですかこれ」


 グレイが見慣れている魔石はどれもこんなに綺麗な加工がされていない、ただの鉱石の見た目のものだったので、まったく魔石だとは気がつかなかった。

 グレイの初めてのパーティーは、改善点がいくつか残る結果となった。

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