第18話 注目

 会場中の視線は、とある一点に釘付けになっていた。

 『魔法卿』、アレク・エルドリッチ。

 会場にいる貴族たちはアレクを見て口々に話す。


「魔法卿が……」

「パーティーにくるなんて珍しい……」

「婚約したという噂は本当だったのか」


 エルドリッチ領で、隣国との戦争にかかりっきりであるアレクは、滅多に社交界には出てこない。

 アレクの端正な顔と、一切の隙がない立ち姿に令嬢たちは見惚れていた。

 滅多に公の場に出てこない辺境伯に会場中の視線が注がれていた。


 しかし、真に一番注目を浴びていたのはアレクではない。

 その隣にいる、灰色の髪と赤い瞳を持つ、物珍しい少女である。


 無表情でアレクの隣に佇む彼女は、笑わないのも相まって儚げでどこか神秘的な美しさを醸し出していた。


 だが、注目を浴びていたのはその珍しい髪色と瞳もさることながら、王都中で噂になっていることも注目を浴びる原因となっていた。


 曰く、「女嫌いの魔法卿を射止めた絶世の美女」。

 または「魔法卿ですら魅入られる魔力を持った女」。


 婚約が発表されてから二ヶ月、膨らみに膨らんだ好奇心は、絶え間なくグレイへと注がれていた。


 そして当の彼女は……。


(あー……早く帰りたい……)


 と、そんなことを考えていた。

 少女が憧れるような華やかなパーティーでも、グレイにとっては退屈で仕方がなかった。


 というか、先程からちらちらと「あれが絶世の美女か」だとか、「いや魔法卿を惑わす妖精だ」だとかが聞こえてくるが、流石に尾ひれがつきすぎじゃないか、とグレイは思う。

 自分はただの一般人なのに。


「あの、パーティーってどうすればいいんですか」

「基本的に俺の後ろにいればいい。なにも話す必要はない」


 この「なにも話す必要はない」というのは、「なにも話すな」という意味だ。

 グレイとしても迂闊なことを言って平民であることがバレてもいけないので、何も喋らないつもりだった。


「先に忠告しておくが、相手が誰であれ魔石だけは受け取るな」

「魔石ですか?」


 グレイは首を傾げる。

 どうしてパーティーでそのようなものが出てくるのか理解できなかった。


「どうして魔石をもらってはいけないんですか」

「面倒なことになるからだ──」

「ごきげんよう、エルドリッチ卿」


 その時、横から話しかけられた。

 そちらを向けば、一際目立つ女性がそこには立っていた。

 美しい黒髪と優しげな瞳。


(王妃──)


 アレクから教えられたいた事前の情報で、グレイは目の前の女性が王妃であると理解した。

 胸に手を当て挨拶をしたアレクが王妃へと頭を下げる。


「ご無沙汰しています、王妃」

「ええ、そちらが噂の婚約者さんね?」

「グレイ・ウィンターハルトです」


 グレイは何度も練習した淑女の挨拶を王妃へとする。

 突然だったが何度も身体で覚えた動きはつつがなく挨拶を終わらせてくれた。


「噂には聞いていたけれど、本当に可愛い女の子ね」

「私にはもったいないお言葉です」


 グレイは予め暗記していたセリフを王妃へと返す。

 実は、アレクによりパーティーで質問された場合の返答が用意されており、グレイはそれを事前に暗記していた。

 貴族の社交界では大抵の会話はテンプレに沿ったものなので、大抵これでなんとかなるらしい。


(暗記しておいて本当に良かった。これでこのあとの会話も乗り切れそうだな)


 グレイがそう考えた時。


「ああ、そうだ。今度お茶会にお誘いしてもいいかしら?」


 王妃はぽん、と手を叩いて笑顔でグレイにそう聞いてきた。


「え?」

(まずい。その問いかけに対する答えはなかったんだが)


 想定外の問いにグレイは混乱する。

 その時、アレクが肘で小突いてきた。


「あ、は、はい。よろしくお願いします」


 その結果、思わずグレイはその誘いを受けてしまった。

 隣のアレクからため息が聞こえてきたような気がした。


「本当? じゃあ今度、是非いらしてね」


 グレイが誘いを受けると上機嫌になった王妃は手を振りながら、グレイとアレクから離れていく。

 王妃が離れていった途端、アレクが大きなため息を付いた。


「馬鹿……あれは受けるなという意味だ」

「すみません……」

「まあいい。茶会に向けて、これから更に特訓が増えるだけだ」

「えー……」


 グレイはうげーっとした表情を浮かべたが、自業自得なので文句も言えなかった。


「取り敢えず、挨拶も済んだことだから一曲踊るぞ」

「はい」


 グレイとアレクはダンスフロアへと出ていく。

 アレクが踊るということで周囲からは視線が集中してきた。

 音楽が始まると、グレイはこれまでの練習を思い出して踊る。


(なんとか踊れているな……)


 そのままつつがなくダンスは終わり、グレイは大きく安堵の息を吐きながら戻ってきた。


 するとアレクが令嬢たちに囲まれた。

 どうやらアレクをダンスに誘いたい令嬢はとても多かったらしく、令嬢たちはアレクがダンスから戻ってくるのを今か今かと待ち構えていたようだ。


(人気なことで)


 騒がしいのも人垣に飲まれるのも嫌だったので、グレイはその場から離れて、壁の花を決め込むことにした。

 ほとぼりが冷めた頃にアレクの元へと戻ろう。

 そんなことを考えながら、飲み物を手にとって壁にもたれかかったときだった。


「あなた、どういうつもり」


 グレイに話しかけてくる人間がいた。

 顔を上げたグレイは、思わず顔をしかめそうになった。


 そこにいたのは我儘そうな、グレイと同い年の貴族の令嬢。

 そしてその後ろには数人の令嬢を従えていた。雰囲気から恐らく子分だろう、とグレイは察した。


 彼女はツンとグレイを睨みつけている。

 彼女こそ、グレイがエルドリッチ領へと送られることになった原因である、ウィンターハルト家の令嬢だった。

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