第17話 故郷の光
グレイがエルドリッチに来てから二ヶ月が経った頃から、やけにダンスの練習が多くなってきた。
それまでは貴族の振る舞いを重視した練習だったのが、今ではほとんど一日中ダンスの練習をしている。
グレイとしては貴族の振る舞いができるようになってきたのでダンスを練習しているのだろう、と思い、ダンスばかりを練習させられる理由は特に深くは考えなかった。
その理由はすぐに判明することになる。
「パーティーの招待状が来た。今夜行くぞ」
「え」
ある日突然、アレクがそんなことを言い始めた。
「ちょ、ちょっと待ってください。無理ですよ。まだダンスだって練習の途中で……」
「俺がこの目で見て、及第点だと判断した」
(ま、まさか最近やけにダンスの練習が多かったのは、この日のためだったのか……!)
直前でパーティーに行くことを伝えてくる当たり、たぶん確信犯だ。
このままではパーティーに行くことが決定してしまうので、グレイは頑張って反論する。
「及第点と入っても、足を踏まないで済むぐらいですよ。貴族としての振る舞いもまだ完璧ではありません」
「それは俺も懸念しているが、今回はそうもいかない事情がある」
「そうもいかな事情?」
「このパーティーの招待状が王妃から来たということだ。実はお前と婚約した当初、王妃からパーティーの招待状を貰っていたんだが、そのときはお前は全く貴族の振る舞いができていなかったから断ったんだ。だから、今回は断るのが難しい」
王妃ということは国王の妻だ。
前回断ったので、今回も断るわけにも行かないというのはよく分かる。
改めて考えると、ただの一般人であるグレイが貴族のパーティーに行くなんて、恐れ多いのではないだろうか。
「というか、どうして前もって予定を教えてくれなかったんですか」
グレイは真っ当な不平をアレクへとぶつける。
するとアレクはすっと目を細め、
「もし最初からパーティーの予定がわかっていれば、わざとダンスが上達していないように見せかけて、パーティーに行かないように仕向けていただろう」
「……」
グレイは目を逸らす。
そんなことするわけがない、とは言えなかった。
グレイにはパーティーに行きたくない理由があった。
(王都には私の噂が流れてるんだよな……)
そう、王都では女嫌いで有名な魔法卿を射止めた美人としてグレイの名前が広がっている。
グレイだって見世物小屋の動物になりたくはなかった。
「私、王都では絶世の美女だと思われているんですよね?」
「そうだな」
「代役とか立てられませんか?」
「貴族として完璧に振る舞えて、灰髪赤眼の女を連れてこれるなら、いいだろう」
もちろん、グレイのような髪と目が珍しい色をした、貴族の作法が完璧な少女など、今から夜の間に見つかる訳が無い。
どのみちパーティーに行くしかなさそうだ。
「決まりだな」
「いや、私はまだ行くとは……」
「リリアナ、目一杯やってやれ」
「まかせてください!」
手にブラシやメイク道具を持ったリリアナが、グレイへと近づいてくる。
これがグレイの初めての社交界デビューとなった。
***
グレイは平民として暮らしていた頃、髪や肌の手入れはしていなかった。
そのためエルドリッチに来た当初は髪の艶もなく、肌の色も悪く、ただの不健康そうな少女でしか無かった。
だが、そもそもの顔立ちは悪い方ではなく、どちらかと言えば整っている方だ。
素材としては悪くないどころか、良いと言えるだろう。
加えてこの二ヶ月間、専属メイドであるリリアナが丹念に丁寧に、グレイを手入れしてきた。
つまりはどういうことかというと。
一言で言えば、グレイは化けた。
灰色の髪は艶めきを得て、まるで銀糸のように輝き、薬屋をしていたときから引きこもりがちだったため真っ白な肌は、ボディーローションを塗り込まれたことで瑞々しく、栄養のある食事を摂ったことで血色の悪かった肌は、健康的な色艶を取り戻している。
もともと痩せ気味だったので豊満な身体とは言い難いが、逆にそれがグレイの儚げな印象を与えていた。
グレイはその髪と同じく、灰色のドレスに身を包んでいる。
美人とは言えないかも知れないが、美少女であることは誰もが同意する、それが今のグレイだった。
それはいつものグレイからは想像ができないほどの変わりっぷりであり……。
「……」
支度が終わったと聞いて部屋に入ってきたアレクは、グレイを見て固まった。
「なんですか」
「いや……行くぞ」
グレイが問いかけるとアレクはハッと我を取り戻し、グレイへと手を差し出した。
「自分をよくやったと褒めてあげたいです……!」
一方で、グレイのメイクを終えたリリアナは、疲れ果てながらも満足そうに笑っていた。
「あれ、そう言えば今日行くと言って間に合うんですか? ここから王都までは一週間かかりますよね」
「そうだな。馬車で行けば間に合わない」
「は? じゃあどうすんですか」
今までの苦労が全て徒労だったのではないかとグレイはジト目をアレクへと送る。
「エルドリッチには転移の魔法がある」
「転移の魔法?」
「以前、砦に行くときに乗った魔法陣があろうだろう。あれだ」
「あー、あれですか」
「あれに乗れば同じ転移陣がある場所へと転移できる」
「えっ、なんですかそれ。便利すぎるじゃないですか」
グレイは目を見開いた。
砦に言ったときはすぐに戦場を見たため疑問が吹っ飛んでいたが、よくよく考えれば転移の魔法なんてとんでもない代物だ。
「そうだ。馬鹿みたいに魔力を食う上に同行する人物には制約も多いから、気軽には使えないがな」
転移の魔法を使うには制約があるらしい。
まぁ考えてみれば当然だろう。
エリザベートが毒を受けたときに転移の魔法を受けたのは、同行する人物の制約を受けていたからだろう。
そしてグレイとアレクは転移の魔法で王都へとやってきた。
転移した先は部屋だった。
「お帰りなさいませアレク様。お待ちしておりました」
転移した瞬間、転移の魔法陣が設置されている部屋には執事が待ち構えていた。
魔法陣の光から目を守るためにまぶたを閉じていたグレイは、目を開けるとあたりを見渡す。
「ここは……」
「王都にあるエルドリッチ家の別邸だ」
「別邸……」
さすがは四大貴族。王都に屋敷を作ってそこに使用人を置くことぐらいは造作もないらしい。
「馬車の用意はできているか」
「ご用意できております」
グレイとアレクは屋敷の外に出ると、丁度用意されていた馬車に乗り、王宮へと向かった。
馬車の窓から王都の町並みを眺める。
夜にも関わらず大通りは魔石で照らされ、人もたくさん行き交っている。
考えてみれば、久しぶりの帰省だった。
たった二ヶ月離れていただけだが、まるで何年も離れていたような気がする。
(実家には……戻らなくてもいいか。どうせ誰もいないんだし)
一瞬、実家である薬屋に戻ろうかとも思ったが、やめておくことにした。
帰ったところで何をするわけでもないし、変に感傷的になってもいけないからだ。
少し懐かしい気持ちになりながら久しぶりの故郷を目に焼き付けるのだった。
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