第15話 魔法卿の実力
「今日は、お前を前線へと連れて行こうと思う」
「は?」
グレイはアレクの言葉にしかめっ面になった。
先日のエリザベートの事件を覚えているのか? もしかして、たった一日で忘れてしまったのではないだろうか。
もしそうなら、この雇用関係を今一度考え直さなけばならない。
「落ち着け。何も危険な目に合わせたいわけじゃない」
訝しげな視線を投げかけてくるグレイに、アレクは両手でなだめるポーズを取る。
「お前も一応、エルドリッチの婚約者だ。エルドリッチの状況を知る必要があると考えただけだ。エリザベート王女の件は彼女が予想外の動きをしたことによる不幸な事故だ」
「本当ですか……?」
グレイは疑念の目でアレクを見つめる。
「それに前線と言っても今回は遠くから見るだけだ。命の危険はほとんどない」
「あるにはあるんですか」
「戦場では何が起こるかわからないからな」
「……」
グレイは「うへぇ」という顔になった。
ますます行きたくなくなってきた。
「残念だが、これは強制だ」
渋るグレイに、アレクはぴしゃりとそう申し付けた。
というわけで、グレイは戦場へと赴くことになった。
***
「前線の砦まで行く時間が惜しいので、少しショートカットする」
というアレクの言葉とともに、グレイはとある城の中の一つの部屋へと連れてこられていた。
どこかと言うと、エリザベートを助けた部屋である。
血で汚れたカーペットなどは変えられていた。
先日はちゃんと部屋の中を見る余裕が無かったので分からなかったが、床には大きな魔法陣が描かれている場所があった。
「これはなんですか?」
グレイは床の魔法陣を指さしてアレクへと訪ねる。
「それは魔法陣だ。近道をするためのな」
アレクはそう言いながら魔法陣の中へと入っていく。
「お前もこちらに来い」
「はぁ……」
アレクに言われるがままグレイは魔法陣の中へと入っていく。
「では、いくぞ」
「へ? 行くってどこに……」
その瞬間、床から光が溢れ出てきた。
視界を光が覆い尽くしたかと思うと……目を開ければそこは全く違う場所になっていた。
四方の壁が石でできた部屋の中だ。
「ここは……」
「ここは前線の砦だ」
「前線の砦って……」
「魔術で移動した。これくらいで騒ぐな」
アレクはマントを翻すと、部屋から出ていく。
グレイは、アレクが纏っている雰囲気が、まるで出会ったときと同じくらい刺々しいことに気が付いた。
その後ろについて部屋を出ると、どこからか王都で祭りのときに聞こえる、花火のような音がいくつも聞こえてきた。
部屋の外には衛兵がいて、アレクが出てくると敬礼した。
アレクとグレイはそのまま砦を上ると、視界が開けた。
視界に飛び込んでくる白い曇り空。そして見渡す限りの平原。
そしてそこにいる無数の人々や、馬やワイバーンなどの生き物。
グレイは先程聞いた花火のような音がなんなのか理解した。
あれは、大砲の音だったのだ。
グレイの目の前に広がるのは、紛れもない戦場だった。
「見えるか。ここが敵国との最前線、ルミナリア王国と、我らのエルドリッチ領を守る戦線だ」
アレクが戦場を見渡しながらグレイへと説明する。
「俺達は現在、隣国に侵攻を受けており、それをエルドリッチの力だけで抑え込んでいる」
「どうしてそんなことを……」
「それが王命だ。というわけで我がエルドリッチ領は常に物資も人手も不足している」
グレイは、なぜアレクが効率を重視していたのかを理解した。
全てを戦場に回すくらいでないと、到底物資も人手も足りないのだろう。
(でも、裏を返せばエルドリッチ領の力だけで抑え込んでいるわけか)
そう逆を言えば、一国をたった一つの領で抑えていると言える。
一国と渡り合う一貴族の領地など、言葉にするだけでその無茶苦茶さが理解できる。
それが可能だからこそ、四大貴族と呼ばれているのだろう。
その時、近くにいた衛兵が叫んだ。
「アレク様!」
グレイが空を見上げると、こちらへ一匹のワイバーンが飛んできていた。
そのワイバーンには鞍が取り付けられており、背には一人の人間が乗っていた。
「目ざとく俺がいるのを見つけて、首を打ち取りに来たか」
もちろん、エルドリッチの側も黙って大将首へと敵が飛んでいくのを見ているわけではない。
地上や砦からワイバーンに向かって矢や、魔法がいくつも飛んでいく。
しかしワイバーンは巧みにそれらを全て躱し、真っ直ぐアレクの元へと飛んでくる。
「ほう、中々の操縦技術だ。名のある乗り手かもしれないな」
敵がこちらに向かってきているというのに、アレクは余裕で敵のワイバーンの乗り手について分析していた。
そんなことをしている場合ではないのだが、アレクはワイバーンと乗り手を興味深そうに観察するだけで、動く気配はない。
(いざとなれば私が……)
グレイは竜の力を使う準備をする。
ペガサスの時のように、ワイバーンを止めることくらいはできるだろう。
少々人に見られることになるかもしれないが、背に腹は抱えられない。
そして、グレイが竜の力を発動しようとしたときだった。
「その必要はない」
アレクがグレイの前に手を出して止める。
「いい機会だ、俺の魔法を見せておこう」
いつの間にかアレクの手には杖が握られていた。
持ち手の部分に宝玉がはめ込まれており、アレクの魔法の杖だというのがひと目で分かった。
『凍てつけ。我が敵よ』
単純かつ簡素な詠唱。
ただ、威力は十分だった。
アレクの周りから伸びてきた四本の氷柱が、目の前まで迫っていたワイバーンに触れる。
するとたちまちの内にその巨体は凍り、空中で乗り手ごと氷漬けにされてしまった。
氷柱に囲まれ、白い息を吐いたアレクは少し横にそれる。
「ついでだ。少し敵の数を減らしておく」
アレクは杖を握り、詠唱を始める。
『天よ答えよ、我らが声に』
アレクが詠唱を始めた途端、空に暗雲がうずまき始めた。
『轟く遠雷。天の怒り。無限の矢となり、大地を穿て』
無数の雷鳴が戦場に鳴り響いた。
見渡す限りの戦場に、いくつもの稲妻が落ちていく。
その稲妻は敵を焼いていき、地上に大きな陥没穴を残していった。
「すご……」
その光景を見たグレイは思わずそうこぼした。
魔力の多さも、魔法の威力も桁外れ。
これが、『魔法卿』たる所以。
弱冠十五歳にして四大貴族の当主となった人間の実力。
道理で、国の西側の防衛を一身に任されるはずだ。
しばらくして稲妻が収まったかと思うと、敵の数はごっそりと減っていた。
「これくらい減らしておけば大丈夫だろう。帰るぞ」
アレクはマントを翻して去っていく。
この日、グレイはアレクの凄さを改めて実感したのだった。
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