第14話 夜の女子会
その日は、エリザベートはエルドリッチの城に泊まることとなった。
「今日は色々とあったな……」
夜、グレイがそんなことを考えていると。
コンコン、と部屋の扉が叩かれた。
入って来たのはエリザベートだった。
「今、大丈夫かしら」
「大丈夫ですけど……」
「なら良かったわ。今から少しお話しない?」
(これはもしや、
グレイは巷でよく聞く女性同士のお話会に、心を弾ませた。
エリザベートはグレイのベッドに腰掛けると、枕をクッションのように抱き寄せる。
「その、毒を解毒したときの方法なんだけど……」
「安心してください。誰にも言いませんし、言うつもりもありません」
グレイはもし聞かれたらこう答えようと思っていたセリフを答える。
なにせ、貴族の令嬢様が仕方がなかったとはいえ、同性であるグレイにあれをされた、というのは誰にも知られたくないだろう。
「そ、そう? それならいいんだけど……」
グレイはさっさと話題を変えたかったので、別の話題をエリザベートへと振った。
「肩の傷はもう大丈夫なんですか?」
「ええ、さっき医者がやってきて、手当を受けたわ。傷も残らないように処置してもらったから、安心してちょうだい」
「それはよかったです」
グレイは本心からそう言った。
こんな美人に傷跡が残ったなんて人類の損失だ。
エリザベートはグレイへと切り出した。
「ありがとう。私のことを助けてくれて。それと……諭してくれて」
彼女からは始めに感じたような威圧感が嘘のように消えている。
「別に、私は大したことはしていません」
「いいえ、あなたは私を救ってくれたわ」
グレイとしては本当に大したことをしたつもりはない。
「少し、身の上話をしてもいいかしら」
エリザベートはそう前置きする。
「私は今まで、ずっと他の兄弟と比べられて生きてきたの」
そうして、エリザベートは自分の過去を話し始めた。
エリザベートにはたくさんの兄弟や姉妹がいた。
そしてその全員は何かしらの稀有な才能を持っていた。
当然、エリザベートもかなりの期待を寄せられていたそうだ。
しかし、エリザベートはそのような才能がなかった。
どれだけ努力をしても兄や姉のようにはなれなかった。
次第に弟や妹までも優れた功績を残し始め……それと同時に、エリザベートは影で笑われるようになった。
武術、勉学、芸術など様々な方面でそれぞれ功績を残す兄弟や姉妹に比べて、エリザベートは全く功績もない、ただの凡人だ、と。
功績を。誰もが自分を認めるような功績を。
その渇望の末に考えついたのが、ルミナリア王国の大きな問題の一つである、隣国との戦争を終わらせることだった。
自分が赴けば、相手も交渉のテーブルくらいにはついてくれるはず。
だが、現実はそんなに単純ではなかった。
戦場にいる人間にそんな余裕はないし、戦争はチェスではない。
前に出過ぎたエリザベートは肩に毒矢が刺さった。
「あなたが「周りに目を向けろ」と言ってくれたおかげで目が覚めたわ。ずっと、何の功績も上げない私には価値がないと思ってた。でも、そうじゃない。ちゃんと私には私のことを大切に思ってくれる人がいるのよね」
「私はただ、簡単な助言をしたまでです」
「あなたがいないと、そんな簡単なことにも気がつけなかった」
エリザベートは枕をぎゅっと握りしめると、花が咲き誇るような笑みを浮かべた。
「だから、私、あなたにはとっても感謝してるのよ?」
グレイは息をつまらせる。
凛とした美人が柔らかい表情を見せると、とても破壊力が高いというのが分かった。
「私もこれから、もっと努力しないとね」
「……」
エリザベートの真っ直ぐな瞳を見て、グレイは目を見開いた。
(なんだ、才能なんかより輝くものをもってるじゃないか)
エリザベートはずっと才能がないと叩きつけられ、何をしても笑われるような環境で生きてきたらしい。
それでもエリザベートは諦めず努力を続け、躓けばその度に起き上がった。
どれだけの人間がその中で腐らず、心が折れずいられるだろうか。
グレイは自分が向いていないと思ったことは結構諦めが早い人間だ。
だからこそ、エリザベートのように折れない人間はとてもまぶしかった。
そもそもの話、本当に無能ならクラリスのようなメイドな忠誠心の高いメイドがいるはずがない。
(それに、才能と言えば、一つ増えたしね)
グレイは心のなかで付け足す。
竜の血とは人間にとっては劇薬だ。
その分、その血を飲んだ人間には竜の特性が生えてくることがある。
今回エリザベートが飲んだのは血よりも薄いものだが、それでも……
(「見える」と「見えない」では、全く違うとあの魔法卿も言ってたし)
他人から与えられた才能だと言われるかもしれないが、その人間と知り合う運も才能のうちだろう。
グレイはやがて才能を開花させるであるエリザベートを見て、微笑んだ。
そして翌日、エリザベートは馬車に乗って帰っていった。
エリザベートが乗った馬車を見送ったあと、グレイは呟く。
「それにしても、エリザベート様はどういう方なんですか」
「……は?」
一瞬、その場が固まった。
アレクだけでなくジェームズやリリアナまでも驚いたような顔で固まっている。
なにかおかしなことを言ったのだろうか。
「お前……あの方を誰か知らなかったのか?」
グレイが首を傾げていると、アレクが恐る恐る聞いてきた。
そしてアレクの言葉遣いに、グレイは嫌な予感がした。
四大貴族であり、国王に迫る権力を持つアレクが「あの方」呼ばわりしなければならない相手など、限られて来るのだから。
「えっと、エリザベート様は……」
「あの方の本名は……エリザベート・ルミナリア。この国の──第二王女だ」
「……へ?」
グレイはぽかんとした表情になる。
第二王女ということはつまり……王族?
グレイはエリザベートにしたあれこれを思い出して……顔が真っ青になった。
「あの、私エリザベート様にビンタしちゃったんですけど……打ち首にされませんかね?」
グレイは恐る恐るアレクに尋ねる。
「……お前には、本当にいつも驚かされてばかりだ」
アレクは額に手を当て、呆れたように首を振った。
グレイはしばらくの間、不敬罪で処刑されないかとビクビクしながら過ごすこととなった。
ルミナリア王国の第二王女が魔法の才能を開花させた、と噂になるのはそれから数日後のことである。
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