第10話 薬の調合

 城の隅。

 ぐつぐつ、とグレイは鍋であるものを煮込んでいた。

 城のそこら辺に生えていた雑草である。

 庭園で栽培されている植物も生えているのではないか、と思ったがグレイの想像通りだった。

 それにどうしてか畑に生えているわけでもないのに植物の育ちが良い。

 質の高い雑草を無料で入手できる。とてもすてきな環境だ。

 リリアナに鍋と火を起こす道具が欲しい、といったところすぐに用意してくれた。恐らくどこからか借りてきてくれたのだろう。


(専属メイドとは本当にいいものだ)


 グレイはしみじみとそう考えながら、先ほど摘んだ草が煮詰められている鍋を眺めていた。


「こんなところで何をしているんだお前は……」


 背後からかけられた声にグレイは振り返る。

 心底呆れたような表情のアレクがそこには立っていた。


「どうしてこんなところで、鍋をかき回している……」

「調理場で作るのも気が引けましたので」


 薬草の匂いが食事に移ったりしないように気を回したのだ。

 グレイは平気だが、薬草の匂いが苦手な人間もいる。


「俺が聞きたいのは、どうして草を詰め込んだ鍋をかき回しているのか、ということだ」

「手持ち無沙汰でしたから」


 グレイがそう答えると、アレクは「本当に手持ち無沙汰で薬を作り始める奴がいるのか……」と、戦慄した瞳でグレイを見た。


「それになんだこれは……毒薬か?」

「失敬な、毒薬ではありません。れっきとした薬草茶ですよ」

「薬草茶?」

「簡単なものですが。薬草を煮詰めてお茶にしました。健康に良いですよ」

「どう見ても見た目が健康に良さそうには見えないんだが」

「では飲んでみますか?」

「……」


 アレクは目を瞑って額を手で抑えた。

 グレイは首を傾げる。


「グレイ。一応聞いておくが、その草はどこから手に入れた」

「えっと、そこら辺から手に入れました。あ、庭園のものではないです」


 冤罪を回避するために、しっかりと庭園のものではないことを主張する。


「そうじゃない……お前はそこらで摘んだ草を煮詰めたものを貴族に出すつもりか?」

「多分、庭園で摘んだ草で効能は一緒ですよ?」

「そういう問題ではない。……はぁ、いいか、お前は今日から俺と一緒に食事を取れ」

「えっ、なぜですか」


 いきなりそんなことを言われたグレイは目を見開く。


「講師を雇うより前に、お前には早急に貴族のあれこれを叩き込む必要がある」

「嫌と言ったら……?」

「お前に拒否権はない」


 有無を言わさず、これからの食事はアレクと一緒に摂ることになってしまった。


「それと、これからは植物園の草を使っても構わん」

「本当ですか!?」


 グレイは目を輝かせた。

 城に生えていた雑草を使うと言っても、流石に種類に差がある。

 あの育ちの良い植物を使うことができれば、薬を調合する幅も大きく広がる。


「ああ、そして作った薬は俺に卸せ」

「えー……」


 将来に向けて、長期に保存できる良質な薬を作るつもりだったグレイは、テンションがだだ下がりだった。


「色をつけて買い取ってやる」

「わかりました! 全力で作ります!」


 満面の笑みを浮かべてグレイは頷いた。


「お前は元は薬屋だったそうだが、医療技術に関してはどれくらいなんだ」

「えっ、なんで知ってるんですか」

「調べたに決まってるだろ。婚約する人間の経歴を調べない貴族などいない。常識だ」

「グレイ・アッシュフォード。十五歳。王都で薬屋を営んでいる。それほど繁盛していたわけではないが、熱狂的なまでの常連客が数人ついている。学校は中等部まで。しかし中等部も最後の学期の学費を払えず中退。引っ越しの回数は一回。王都の反対側に移り住んでいる」

「………………」


 ぞぞぞーっ、とグレイが真っ青になり、アレクから距離を取った。

 今までで一番ドン引きしていた。


「言っておくが、これは貴族としては当たり前にすることだからな」


 グレイもそこは理解している。

 しかし頭では理解していても、気持ち悪いことは気持ち悪いのだ。


「それで、その薬草茶を見せてみろ。俺がどれくらいか判断してやる」

(味見してみたいならそう言えばいいのに)

「どうぞ」


 グレイは鍋をかき混ぜるのに使っていた大きめの匙にすくって、アレクに差し出す。

 アレクはその匙を受け取り、一口飲んだ。


「何と言うか……斬新な味だな」


 なんとも微妙な感想が飛んできた。


「まだ、この薬草茶は完成していませんので」

「そうなのか?」

「はい、最後の工程があります。ですが集中を要するのでので、アレク様は席を……」

「見せてみろ」

「わかりました……」


 グレイはこころの中で「はやくこいつどっかに行かないかな……」と思っていたものの、自分の雇用主を追い払うこともできず、本当は見せたくなかったが最後の工程を見せることになった。


「……」


 グレイは目を閉じて深呼吸をする。


(集中……)


 精神が統一できたのを感じると、グレイは鍋の上から手をかざした。

 髪が毛先から赤く染まりだす。

 皮膚が割れ、燐光が漏れ出す。

 そして瞼を開け、竜の瞳を露わにしたグレイは一言告げた。


『──来て』


 グレイの手に光の泡が飛び始めた。

 それは二つ、三つと数を増やし、数十個の光の泡がグレイの周囲を飛び交っていた。


「これは、精霊か……!」


 その光の泡を見てアレクが瞠目する。


「いい感じに薬の効能を上げてくれる?」


 グレイは集まってきた精霊たちにそう告げる。

 すると精霊たちはそれに応えるようにふよふよとグレイの顔の周りに集まると、鍋の中の薬草茶に触れた。


「ありがとう、またお願い」


 グレイがお礼を言うと、精霊たちは消えていく。

 精霊が消えていくと、アレクがすごい形相で肩を掴んで質問してくる。


「お前、薬を作るときに、いつもこれをやっていたのか!?」

「えっ」

「やっていたのか?」

「は、はい。そうですけど……」


 グレイはアレクの勢いに押され、頷く。


「お前、魔法が使えたのか……!? それも詠唱なしだと……」


 ブツブツと呟くアレクに、グレイは若干引きながら質問する。


「詠唱ってなんですか……? それに私はただ精霊たちにお願いしただけですけど……」

「それが、魔法だ」

「え、そうなんですか?」

「本来なら詠唱が必要なんだが……さすがは竜の血を引いているというべきか……」

「竜の血が関係しているんですか、これ?」

「詠唱もなしに精霊が応えるというのは、間違いなく竜の血が関係している」

「やっぱりそうなんですね……」


 グレイは以前から、精霊や妖精を使って薬の効能を高めることができるのは、自分に竜の血が流れているからではないかという自覚が合った。

 アレクの言葉で初めて疑念が確信に変わったが、長年の疑問が解けたことにグレイは少し感動していた。


「それにしても……なるほど。すでに魔法すら使えていたのか……」


 アレクが値踏みをするような瞳でグレイをじっと見つめる。

 まずい、これはまた厄介事が増えるときのあれだ。

 グレイはここ数日で、面倒なことが増えるパターンを学んでいた。

 慌てて話題を変える。


「でも、別にそれほど使い勝手がいいわけではないんですよ? 精霊も妖精も気まぐれですし、呼んだところで誰が来るかはランダムですし、効能を上げてくれると言ってもその時によってばらつきがありますし」

「魔法とはそういうものだ。時と場合によって発動する効果にばらつきがあるのは常識だ」


 ほう、そういうものなのか。

 グレイは魔法とはもっと便利なものだと思っていたが、少しイメージとは違うらしい。


「これでお前の薬屋に熱狂的な常連客がついていた理由が分かったぞ。恐らく、たまたま薬の効果が何倍にもなった薬に当たったんだろう」

「はい、そのとおりです……」


 グレイは正直に白状した。

 薬屋についていた常連客は全て、その日にたまたま機嫌のいい精霊や妖精によって効果が何倍にも膨れ上がった薬を、幸運にも買っていった客たちだ。

 そこらに売っている安めの薬を買ったと思ったら、金貨が必要になるくらいの高級な薬と同様の効果だったのだ。

 中には寝たきりの状態だった老人が、次の日には走り回れるようになっていた薬もある。

 こういう値段の割に効果が高い薬は、常連客の間では”当たり”と言われていた。

 それだけではなく、日々によって大きく差はあれどグレイの薬屋は、同じ街の薬屋と比べても質がいい。

 そのため一度、”当たり”の薬を引き当てた客はそのまま常連になるというのがいつものことだった。

 グレイにとっては純粋な薬を調合する腕前を褒められたわけではないので、あまりうれしくはなかったが。


「なるほど……これはますます鍛えがいがあるな」

 どこか楽しそうな表情でグレイを見るアレク。

 また面倒事が増えた、とグレイはため息を吐くのだった。

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