第7話 竜の血を引いていることがバレた結果
それは、グレイが今は亡き母親から聞いた話だ。
グレイの祖母は一匹の龍と恋に落ちた。
そして夫婦となり、グレイの母を子供として儲けた。
母には人間と竜の特徴がそれぞれ受け継がれることになった。
その特徴はグレイにも受け継がれているそうだ。
これがグレイに竜の力が受け継がれているあらましである。
「それで、先祖には竜がいたから、竜の力も使えると、そういうことか?」
「はい……」
あの後、グレイはアレクに洗いざらいすべてを話すことになった。
「なんというか……規格外だな、本当に」
「ええ、まさか竜とは……」
飼育場での一件の後、アレクは速やかに今起きた出来事の箝口令を敷いたあと、グレイを自分の書斎へと連れてきた。
アレクの書斎の中には、グレイとアレク、そして家令のジェームズと先ほどペガサスに潰されそうになったメイドがついてきていた。
「俺も長いこと妖精やら神格やらに接してきたが、竜の血が混ざった人間は初めて見たな」
「これはなんと言いますか……」
「ああ、我々はとんでもない掘り出し物を当てたようだな」
アレクとジェームズは視線を交わす。
なんだろう、なんだか嫌な予感がする。
自分の竜の力が過大評価されていたので、少し評価を下方修正するために竜の力のデメリットを上げることにした。
「あの……竜の特徴なんてあっても不便なだけですよ? 人目のあるところでは隠さないとですし。それにたまに力加減を間違えて食器を割ってしまうこともありますし、もし迂闊に竜の力を見せようものなら街の人からは迫害されますし……」
「では、エルドリッチに来た以上もうその心配はいらんな。少なくとも俺は歓迎する」
「……」
少し目を見開くグレイ。
グレイの人生において、竜の力を見せて歓迎されたのはこれが初めてだった。
「……」
ちらり、と先ほどから視線を感じていたグレイは、そちらへと視線を向ける。
……さっきから、ペガサスから助けたメイドが熱っぽい瞳で自分を見ているのは、気のせいだろうか。
「竜とはこの世の中で最強の生き物と言われている。並大抵の剣では傷つけることすら敵わない鋼鉄の鱗、莫大な魔力、そしてその素材はありとあらゆる魔法で優秀な媒体となる」
「……素材にされるようなら、全力で逃げますが」
グレイは身体を抱いて訝しげな視線をアレクへと送る。
「……お前は俺を何だと思っているんだ」
流石にその疑いをかけられるのは心外だったのか、アレクは半眼になりながらグレイを睨んできた。
「たった今、身の危険を感じましたので」
「安心しろ、お前は素材の前に優秀な魔法使いの卵だ。お前をそのように扱うつもりはない」
アレクは一応そう言っているが、グレイからの疑いは晴れなかった。
もしものときは竜の力を使って全力で逃げよう、とグレイは考えるのだった。
「竜の力は政治的にもカードの一つとして使える。とても大きなカードだ」
「あの……竜の力はできるだけ秘密にしておいていただけると……」
「どうしてだ」
「竜の力を、不用意に見せびらかすと、要らぬ危険を呼び寄せてしまいますから」
実際に、グレイは竜の力を見せたことで、本来なら巻き込まれるはずがなかった面倒事に巻き込まれた経験がある。
その結果、特に裕福というわけでもないのに住み慣れた家を離れて引っ越しする羽目にもなった。
この経験から、グレイは自分の竜の力を公にするのには抵抗があった。
「ふむ、分かった。お前がそう言うならできるだけ秘密ということにしておこう」
「絶対に秘密にしていただきたいのですが」
「どうしても必要になったときは使うから、確約はできん」
「そうですか……」
本当は確約を取りたかったがそれは無理だそうだ。
こればっかりは隠しておこうと思った矢先から、竜の力を見せてしまった自分の落ち度だ。甘んじて受け入れる他ないだろう。
むしろ、グレイの意思を尊重してできるだけ隠しておいてくれるというのだから、まだアレクは情がある方だ。
今までにグレイの竜の力を知った人間は、全員グレイを利用するか、その力を恐れて周囲に吹聴するのが常だったからだ。
「それにしても、お前が竜だったとはな。道理で、飼育場に近づいたら動物たちが静まり返るはずだ」
「すみません……」
あの騒動を招いてしまったのは自分のせいなので、グレイは謝っておく。
動物たちからしても、平和に暮らしていたらいきなり自分たちを捕食しかねない絶対王者がやってきた、という感じなのだ。
「念の為に聞いておくが、もう他に隠していることはないだろうな」
「……」
グレイは目を泳がせる。
本当は精霊以外も見えるということは、まだアレクに話していないのだ。
「おい、なにか隠してるだろう」
「な、何も隠していませんよ……?」
「ほう、この俺に嘘をつくとはいい度胸だ」
アレクが怖い表情になったので、グレイは観念してすべて話すことにした。
「その……精霊だけではなく、妖精も見えています……」
「妖精も精霊も見えているのか!?」
アレクはまたもや驚愕した。
「今日だけで何度驚けば良いんだ俺は……」
アレクは頭痛がするのか額に手を当てた。
「そうか、竜の血が混ざっているから精霊も妖精も見えているのか……。ということは、妖精や精霊だけでなく神も見えるのだろうな……」
アレクは悩ましげにため息を吐く。
綺麗な顔に憂いの色が混ざり、なんとも言えない色気が醸し出されていた。
もしここに貴族の令嬢がいたら骨抜きになっていただろうな、とグレイは思った。
「本来、ここまで見えるのは一族が何代もかけて儀式をしなければならない程なんだが……これがどれだけ恵まれた才能なのか、お前はわからないんだろうな……」
「生まれたときから見えていたもので」
グレイはサラリと答える。
生まれたときから当たり前にできていることを凄いことなんだよ、と言われても実感するのは難しい。
「だが、これでお前に魔法使いへの才があることがはっきりした。それも、とびきりの才能が」
「はぁ」
グレイは生返事を返す。
魔法には興味がない自分にとってはどうでもいいことだったからだ。
「お前には魔法使いになってもらおう。竜の血を継いでいることによる膨大な魔力。そして妖精や精霊を視認できる力。そしてペガサスですら容易に御しうるお前なら、俺に匹敵する魔法使いになれるだろう」
アレクが肩にぽん、と手をおいてくる。
(いや、別になりたくないんだが)
グレイはうんざりとした表情になった。
しかしどうやら自分には拒否権はなさそうだ。
「あの……それ、やらないといけないんですか?」
一応聞いてみるだけは聞いてみる。
「もし魔法使いになるなら月々の金貨を二倍にしてやる」
「やります」
そうして、グレイは『魔法卿』の仮初の婚約者を演じるのに加えて、魔法使いの修行まですることになったのだった。
そして、グレイが魔法使いの修行をすることになった後。
「あっ、あのっ!!」
グレイが助けたメイドが、グレイの元までやってきた。
「私、リリアナ・オーベルと申します!」
「あ、はい」
「グレイ様、先程は助けていただいてありがとうございました!!」
「いや、別に大したことは……」
「さっきのグレイ様、もの凄く格好良かったです!」
メイドがグレイの手を握る。
何やら尋常ではない熱量を感じたグレイは、困惑しながら引きつった笑みを浮かべる。
「え、でも、あれはどちらかと言うと私のせいで……」
「そんなの関係ありません!」
「えぇ……」
強い押しにグレイは後ずさりながら答える。
そしてメイドはぎゅっと目をつむると、まるで一世一代の告白をするみたいにお願いをしてきた。
「あの、不躾なお願いで申し訳ないのですが…………わ、私をグレイ様専属のメイドにしていただけないでしょうか!!」
「……へ?」
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