第6話 竜の花嫁

「精霊が見えるというなら、あそこに行ったほうが良いだろうな」


 なにやら嫌な予感がする言葉とともに、今度は別の場所へと案内された。

 その嫌な予感は当たることになった。

 王都で暮らしており、動物とめったに触れ合う機会が無かったグレイは失念していたのだ。

 動物というのは、大抵人間より感覚が鋭いことに。


「ここは飼育場だ」


 次に連れてこられたのは様々な動物が飼育されている場所だ。

 もちろん、普通の動物だけではなく、魔法動物なども飼育されている場所だ。

 馬はもちろんのこと、グリフォンやワイバーンなど、普通に暮らしていればお目にかかかることすら出来ないような、珍しい魔法動物がいた。

 なんならグレイですら見たことのない翼の生えた馬も飼育されていた。


「へえー……すごいですね」


 グレイがそんな感想を呟きながら飼育場に足を踏み入れた途端。


「──」


 飼育場の動物たちが静まり返った。


「これは……」

「珍しいですな。動物たちがここまで静まり返るとは」


 アレクと執事は急に静まり返った動物たちに驚いたように飼育場の中を見渡している。

 飼育員達もいきなり静まった動物たちに困惑している様子だった。


「それにしても不思議な反応だ。まるで……近くに天敵が来たときのようだ」

「ワイバーンですら静まり返るような天敵ですか。そのようなものがエルドリッチに近づいているという報告は受け取っていませんが」


 動物たちが静まり返ってしまった原因を話し合う二人。


「……」


 一方、グレイは冷や汗をかきながらこれでもかと目を泳がせていた。

 しかし真剣に話し合っていたアレクとジェームズには、そんなグレイの様子は目に入らなかった。


「は、早く進みましょう」

「ん? ああ、そうだな」


 グレイの言葉に頷いて再び歩き出す。

 アレクたちが飼育場の中を歩いている間、呼吸音一つすら聞こえてこないほど、飼育場の中は静かだった。

 異様な光景に、アレク達一行はほとんど無言で飼育場の中を歩いていた。

 まるで息を殺して潜んでいるようだな、とアレクは心のなかで呟いた。

 そして飼育場の真ん中辺りまでやってきたときのことだった。


「きゃっ」


 ペガサスの近くを通りかかった時、メイドが置いてあった木のバケツを倒してしまった。

 普段飼育場には足を運ばないため、足元が不慣れだったのだ。

 普段であれば、ペガサスにとっては気にもとめなような事柄だった。

 しかし極度の緊張状態に置かれていたペガサスは、その少しの刺激によって、一気に我を失うこととなった。


「──!!!」


 ペガサスは吠え、飛び上がる。

 足がメイドへと振り下ろされた。


「きゃぁっ!!」


 メイドは頭を守るように両手を抱える。

 しかしペガサスに当たってしまえばそんな守備が意味のないことは明白だった。


「っ!!」


 アレクはペガサスを見て、すぐにメイドを助けようと魔法を放とうとした。


(いや、間に合わないか……!)


 しかし唇を噛みしめることとなった。

 そのうえ、ペガサスを止めようとして魔法を放てば、メイド本人ですら巻き込みかねない。

 家令であるジェームズもメイドを救うためにメイドへと駆け寄ろうとしていたが、自分の足では間に合わないことは分かっていた。

 誰もが最悪の事態を想定した中、一人だけは違っていた。


(どうしよう)


 メイドへと前足を振り落とさんとするペガサスを見て、グレイは心の中で呟いた。


(使うべきだろうか)


 グレイは母の言葉を思い出す。

 母はグレイに、自分が危険に陥った時以外に”これ”を使わないように言いつけられていた。

 そしてグレイはこの教えを、今までずっと守り続けていた。

 母から言いつけられてからこのかた、グレイは自身の中に宿っている力を使ったことは一度もない。

 自分の身の中にある力は、一度振るえば二度と後戻りは出来ない。

 その力を持っているということでアレクを始めとしたエルドリッチの人間から疎まれ、迫害され、追い出される危険だってある。

 最悪、この国にいることすらできなくなるかもしれない。

 グレイの中にあるものは、グレイ自身の破滅を呼び込むものなのだ。


(でも、元といえば、この状況を招いたのは私が原因だしなぁ)


 今、ペガサスが暴れているのをもとを辿ればグレイのせいなのだ。

 自分の中にあるものを忘れて、安易にこの飼育場に近づいてしまったのだから。


 それに、目の前で涙目になり、自分の頭を守っているメイド。

 彼女はグレイにとても親切にしてくれた。

 しかし、彼女にペガサスの前足が振り下ろされてしまえば、良くて重傷、悪くて死に至るだろう。

 自分に優しくしてくれた人間が、自分のせいで怪我を負ってしまうのは、とても忍びない。


(そうだ、私のせいで彼女が怪我をしたら、これからの寝覚めが悪くなる)


 自分を納得させるための方便はこれくらいで十分だった。

 そして、グレイは自分の中にあるものを使うことに決めた。

 グレイはメイドの前に足を踏み出す。


「──待て」


 グレイが発したのはたった一言だけだった。


「──」


 しかしそれだけでペガサスは凍りついたように固まった。

 そして今までの取り乱し方が嘘のように大人しくなった。


「いいこだね」


 グレイは大人しくなったペガサスの頭を撫でる。

 撫でられたペガサスはぶるる、と嬉しそうに啼いた。


「めったに人に懐かない個体なのに……」


 ペガサスの飼育員がその光景を見て驚いた声を上げる。

 その光景を見ていたアレク達は、呆然としながら呟いた。


「何だ、それは……いや、お前は一体、何者だ」


(やっぱり、聞かれるよね……)


 グレイはアレクの方を振り向く。


 振り向いたグレイは──姿が変わっていた。

 灰色だった髪は毛先が燃えるような赤色に染まり、瞳はヘビのような瞳孔になっていた。

 そして両側の頬、両手がまるで鱗のように皮膚が割れ、火の粉の様な燐光が漏れ出ていた。

 その姿はまるで人間ではなく、竜のような……。


 アレクたちはその場から動けないでいた。

 それは驚愕だけではなく、グレイから放たれている強大な威圧に気圧されているためでもあった。

 魔法卿と呼ばれ、この国の中でも指折りの実力者であるアレクですら気圧されるほどの、人間を超えた威圧。

 まるで『王』がその場にいるかのようなプレッシャーに呑まれそうになりながら、どうにか言葉を絞りだし、グレイに問いかけた。


「説明しろ。それはなんだ」


(説明するしかなさそうだなぁ)


 本当は自分の正体を明かすなんて嫌だ。

 しかし目の前のアレクは、説明しないと納得してくれそうにない。

 グレイは心のなかでため息をついて、気が進まないものの自分の正体をバラすことにしたのだった。


「私はただの人間です」

「誤魔化すつもりか……?」

「ですが、私の中には──『竜』の血が流れてるんです」

「な……」


 アレク達が今までで一番驚愕したのは、言うまでもない。

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