結ばれる想い




 都に戻りながら、シュタールは話してくれた。

 姉の事。姉とロイエの事。そして、亡くなる間際に姉が遺した言葉と、託された願い。シュタールとロイエが何を思い、見果てぬ夢を追い続けたのかを……。

 我慢してはいたものの、アナスタシアの瞳には涙が滲む。彼らのここに至るまでの心を思えば、胸が詰まる程に苦しい。

 同時に、喜びも感じる。彼らの願いを叶える手伝いを出来たことに、改めて良かったと思えてくる。

 並んで歩きながら、二人の間には優しい空気が満ちていた。

 それにしても、と不意にシュタールが苦笑いを浮かべる。


「まさか姉上を想い人と誤解されるとはな」

「もう、それは言わないで……」


 消え入りそうな声で、アナスタシアは身を縮めながら呟く。

 身の置き所がなく思えて、本当に今すぐ走ってシュタールの前から消えたい気分だ。

 そんな事をしても瞬きする間に追いつかれてしまうだろうとは思うけれど。

 アナスタシアが頬を染めて身体を小さくしている様子を、シュタールは暫くの間、楽しそうな様子を堪えながら見つめていたが。

 俯いてしまったアナスタシアの耳に、不意に真剣な声音が触れた。


「誤解して落ちこんだ、ということは。……俺は、自惚れてもいいのだろうか」 


 聞いた瞬間、鼓動が大きく跳ねた。

 シュタールに将来を誓いあった相手がある故に気落ちしたということは、である。

 それは、アナスタシアがシュタールに想いを寄せている、という事の表れと言えてしまうではないか。

 何やら頬の辺りが、徐々に熱を帯びてきた気がする。

 多分、自分の頬は今どうなっているだろう。何か耳のあたりまで熱い気がする。もしかしたら、顔中紅に染まってしまっているのかも。

 恐る恐る、視線をシュタールに向けようとしたアナスタシアだったが。


 何かが動いたような空気を感じたと思った次の瞬間、強く身体を引かれて。

 気が付けば、温かで逞しいシュタールの腕の中に居た。


 何を、と声に出して問いたいけれど、言葉が紡げない。

 全身が早鐘を打っていて、胸が溢れそうな程に熱い想いでいっぱいで、言葉にならない。


「愛している、アナスタシア」


 アナスタシアを抱きしめたまま、真摯な声音でシュタールは愛を告げた。

 飾りのない率直な、だからこそ彼の真っ直ぐで強い心が伝わる言葉。

 この国にきてから共に過ごした時間が、アナスタシアの脳裏を巡る。

 アナスタシアを信じると告げてくれた獣人王。

 言葉通りにアナスタシアを信じ、真を捧げ続けてくれた愛しいひと。

 ああ、自分はこの人を愛しているのだ、とアナスタシアは感じた。

 胸を満たすこの想いこそが、誰かを恋い慕い、愛する心なのだと。

 初めて知る想いに言葉として返す事が出来ず、ただ必死に頷きながら、精一杯にシュタールの背に両手を回す。

 同じ想いなのだと一生懸命に伝えようとしているアナスタシアを抱き締める手に力を少し込めると、シュタールは囁くように願う。


「どうか、俺の妻になって欲しい」


 耳を優しく擽るのは、紛れもない求婚の言葉で。

 アナスタシアは思わず目を見張って、シュタールをゆっくりと見上げる。

 自分を見つめる温かで愛しさに満ちた銀灰色の眼差しを感じて、アナスタシアの瞳には見る間に透明な涙が溢れ、零れる。

 泣き出したアナスタシアを見たシュタールは、少しばかり狼狽えて手の力を緩めかけた。

 だが、喜びの涙と共に微笑むアナスタシアが愛の言葉を返しながら頷くのを見ると、幸せに輝く笑みを浮かべ。

 白銀の獣人王は、春告げの聖女をもう一度強く抱き締めた――。

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