関係(ロイク視点)
「ヨクラートルくんは本当に何でもよく喋るなあ」
そんな大好きな人の言葉に、ドキリとして反応が遅れるけど、僕は結果的に「はいっ!」と元気よく返すことが出来る。
僕の大好きな人、ラニ・タクディールさん。
社会的に見たら上司で、僕からしたらご主人様で、僕に首輪を嵌めた人。
覗き込んだ僕の姿をただそのまま写し返す、感情のない漆黒の瞳が好きだ。
ほんとにほんとにほんとに大好き。
何を考えているのかよくわかんない彼が、なんで自分を選んだのかとか、なんで今笑ってるのとか、その微笑みに何を見出すかは僕の勝手で、人形のような瞳に自分が望むものを見るだけ。
狂気もなしに世界を変えることなんてできない。
彼が手を伸ばす対象の選別は一般的な愛や好意によるわけではなく、必ずしも人間的な善なるものを選ぶわけでもない。
僕はたまにベラベラ喋れる人が欲しくなるけど、人間全般がそんなに得意じゃない。
それに、相手の都合に縛られる人間関係とか、好意を求められるのが苦手。
だから、彼みたいな人が好きだった。
タクディールさんは個人に興味が無いから。
彼は他人なんかを見ていない。
その背にいくら声をかけても振り向くことがないから、願望も妄想も理想も、全部を勝手に押し付けられる。
今日だって、会話というより僕が一方的に近情報告を捲し立てただけで、その過程で最近やたらと会ってる女がいるという話をしただけだった。
「良かったね」
タクディールさんは黒い目を細めて、淡々と呟く。
その微笑みに、僕は一生届かないんだろうな、とぼんやり思った。
キルシェブリューテ地区の雪路は沢山の足跡が刻まれてコンクリートの灰色が透けて見える。
その日は公務があまりにもスムーズに済んだものだから、タクディールさんから利口な犬にするように褒められた。
無機質な目を細めて「グッドボーイ」と頭を無造作に撫でられると、心が人型が保てなくなる。
脳内がハッピーで埋め尽くされて、久しぶりに眠剤無しで眠れそうと喜んでいたのに。
セーフティハウスの前で今一番付き合いのある女が、学生服姿で一人立っているもんだから変な汗が出た。
「身バレ!」
「え?誰?」
「すまん。危機感が口から出た」
当たり前だけど、彼女は身バレなんて名前じゃなくて、サンデー・アットリーチェという普通の名前がある。
僕は普通という言葉がめちゃくちゃ嫌いだから今自分の考えに組み込まれたことに後悔した。
普通じゃなくて、なんて言えばいいんだろ。
サンデーだから、アイスみたいで美味しそうとか?
考えていたら余計に寒くなってきた。
顔を顰める僕に対して、サンデーはじいっと視線を向けている。
まるで、大事な何かを見落としたくないとばかりに、一挙一動を余すことなく観察されてるみたいで、気分が良くない。
「……ロイク?聞いてますか?」
「あー、今、もしかしてなんかいってた?」
普段、他人と行動なんて仕事くらいでしかしないから、プライベートになると急にスイッチが切れたみたいに他人の話がわからなくなる。
相手が何を喋ってるのか上手く聞き取れなくなる?というか。
僕は元々思考の制御が上手い方じゃなくて、急に頭の中が特定の事柄に集中して止められなくなったり、周囲の話を落ち着いて聞けなかったりする。
ギリギリ社会人として、仕事中はオンオフの切り替えができるくらいには改善したけど、古くからの友人とかサンデーの前だと、思考のネジがどうしても緩くなってしまう。
相手に特別気を許しているわけじゃなくて、怒られるか怒られないかで判断しているのだと思う。
「ロイク?……ねえ、どうするんですか?」
「え、すまん。聞いてなかった」
「だから、今日は私とセックスしないんですか?」
「ああ……そうね。あの、もうちょい、さー、オブラートに包めねーかな?」
「性欲を愛情に包んだら君は怒るじゃないですか」
「うおー。理解のある彼女ちゃんじゃん……」
「魚?顔色めちゃくちゃ悪いですね。部屋入りましょうか。鍵ならあるので」
「合鍵なんて渡してないけど……」
「写真があれば、偽造なんていくらでも出来ますよ。おバカさん」
それから先の記憶はない。
気づいたら暖房の効いた寝室のベッドに横たわっていた。
もれなく全裸なので、いつものように事後なのは確定だろう。
目が冴えると、僕は自分の肉体の重さに自覚的になって、吐き気がする。
ただひたすらに、湧き上がる死にたいの気持ちが、僕の脳をたっぷりと羊水のように満たしていく。
とにかく具合が悪かった。
隣を向くと、先に起きていたらしいサンデーと目が合ってしまい、ギクリと肩が揺れる。
「おはようございます」
「やべー、全く記憶ねーわ……」
「なら、良かった。君、途中から頭がおかしくなってましたから」
「え、僕なんか言ってた?」
「喫煙者は死んじまえ!死んじまえ!死んじまえ!って叫んで大泣きした後に目覚まし時計を冷凍庫で冷やしてましたよ」
確かに彼女の言う通り、ベッド横のサイドテーブルにあるはずの目覚まし時計が消えていた。
それに泣いたせいか眼球と喉にも違和感がある。
「壁に穴あけてないからセーフ!」
「目覚まし時計まだ動くといいですね」
「皮肉か?」
「本心ですよ」
僕はサイドテーブルの引き出しから炭酸水を二本取り出すと両方の蓋を開けてから、一本をサンデーに渡してもう一本を自分で飲んだ。
「君はさ、病院には行かないの?」
彼女が淡々とした眼差しでそんなことを言うから、僕は思わず手に持っていた炭酸水を彼女にぶちまけようかと思ったけど、でもそれはやっぱり職業柄として良くないかと思ってやめてみる。
代わりに、僕は僕の頭に炭酸水をぶちまけることにした。
頭がおかしいのは、僕の方であると知っている。
閉鎖病棟にはまだ行ったことないけど。
別に入院したところで、治んねえだろうしさぁ。
「次、僕に向かってそんなこと言ってみろ。殺してやるからな」
彼女は僕の目をじいっと見つめて、静かに「うん」と言った。
心配するサンデーには悪いけど、他人が出来ることは何も無いし、僕も僕にしてあげられることは何も無い。
強いて言うなら頭がおかしくなった僕に殺されないように逃げ回ってもらうぐらいだ。
こういう時、僕は無性に目の前の女を殴り飛ばしたくて仕方なくなる。
それは、ストーカー行為をされたからとか、つまんねー軽口を叩かれたからじゃない。
僕はセックスするのが好きだ。
でも、他者から向けられる恋愛感情は嫌いで、苦手だった。
だから本当はサンデーのことも苦手。
この子は、僕のことが好きだから。
▼ E N D
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