第十二葉:スクラップブック〈夏休みの書〉(1)
「はーっ。全教科合格で良かったー!」
いつもより早い午後。まだ日も高いうちに帰った寄宿舎の自室で、鳴子が伸びをして言う。そんなギリギリの成績じゃなかったろうに。
「鳴子の学力で心配するところあった?」
聞いた途端に、鳴子は言い聞かせる感じで返した。
「あのね櫂凪ちゃん。転入して初めての期末試験だから緊張くらいするよ! 櫂凪ちゃんだって、最初はそうだったでしょ?」
「ワタシは別に……。校内試験レベルなら何が出ても解けるし……」
「もー! お勉強マスターに
わざとらしく嘆いて、床に置いた茶色のボストンバッグに衣服・教材・私物などを詰めていく鳴子。ワタシに呆れての家出……ではなく、夏季休暇前の荷造りである。
七月下旬、期末試験を終えたワタシ達学生に
さっさと荷物を詰め終えた鳴子は、可愛らしい垂れ目に似合わない恨めしそうな目つきでワタシを見上げた。
「……」
「はいはい、どうぞどうぞ。良い夏休みを」
「とめてくれないなんて、櫂凪ちゃん冷たいんだぁ……。じゃなくて、本当に帰らないの?」
不思議そうにされる。
それが普通だとは思う。
「帰ったって自分の部屋もないし、窮屈さで家族喧嘩するだけだから。ここなら静かに勉強できて、開館日なら図書館も使える。良いこと尽くし」
「そういうものかなぁ……?」
ワタシは極力実家に帰らず、寄宿舎に残ることにしている。していると言うか、夏休みは寄宿舎も閉舎になるところを、条件付きで特別に滞在させてもらっている。
帰省してもまともに勉強できる環境じゃないし、狭い家に人が密集するストレスで家族皆いらだってモメるからだ。ちなみに寄宿舎生活を始めてからの経験則として、長くて五日以内の滞在なら、実家でゲスト扱いになり円満に過ごせることがわかっている。
「じゃあ、わたし行くね。また登校日に!」
「うん。行ってらっしゃい。気をつけてね」
ボストンバッグとスクールバッグの二つを持ち、ふわふわの茶色髪を跳ねさせながら、鳴子が部屋を出た。ご両親が学校まで迎えに来ているらしい。夏休みはほとんどの時間を、実家から更に田舎の祖父母の家で過ごすのだとか。ワタシと大違い。
「……」
やけに部屋が静かに感じた。二年間一人部屋だったから一人の方が長いのに。……せっかくだし掃除か片付けでもしよう。鳴子が昨日やってたから、もう綺麗だけど。
「……何にもできなかったな」
私物の整理をしていて、鳴子のトラウマ話を聞いた日のことを思い出した。三ヶ月近く経つけど、未だ何のチカラにもなってあげられていない。二人で毎日、なんてことないお喋りをしたり、悪夢に飛び込んだり。ちょっと変なだけで、普通の学校生活を送っている。
鳴子は変わらず男の人を怖がっていて、メアさんに連れられて涼香の陸上大会を観に行った時なんかは、歳の近い男子だけじゃなく、メアさんの運転手のお爺さんすら怖がっていた。
お爺さんも男性ではあるし、腰が曲がってないしっかりした人だったけど、さすがに過剰反応のようにも──。
「──ごきげんよう。伊欲さんはいらっしゃる?」
扉がノックされて、上品な婦人声が続く。
「はい、ごきげんよう。今開けますー」
扉を開けると、黒い修道服姿で用箋ばさみを抱えた品の良い老婦人【須藤ジョアンナ】シスターがいた。Srジョアンナは中等部寄宿舎の学期末部屋チェックを担当していて、決まって試験明けの日に、汚損・破損等の不適切な使い方をしていないか確認して回っている。
ワタシに関しては、別の用事もあると思うけど。
「相部屋になってしばらく経つけど、困りごとはないかしら?」
「ありません。鳴子、すごく良い子なんで」
「それは良かった。さっき外で会った舟渡さんも、同じように言っていたわ。良い友人関係を築けているようで安心──」
話の途中で、微笑みを浮かべていたSrジョアンナが目を細めた。ワタシを見て……ない。なんだろう、後ろ?
「──伊欲さん、今から言うことをよく聞いてちょうだいね」
「はい?」
真剣な表情と声のトーンで、Srジョアンナが話し始める。
急に様子が変わった理由に心当たりはない。
「監督者としては、貴女達の行いを厳しく注意すべきかもしれない。だけど、多感な時期の貴女達に共同生活を送らせる者として、心の機微に気づけなかった責任は私にあるわ。処分を受けるのは私だから、伊欲さんはこれからもう一度、関係と接し方をよく考えてみて。そのためになるかもしれない
責任? 処分?? 本当に何のことかわからず、ただただ話を聞く。
「そもそも御言葉では、貴女達の関係そのものが禁じられているわ。自然法に背くという考え方を根底として。でもこの考え方は受け取りづらいでしょうから、別の話をするわね」
「は、はぁ?」
「似た禁である、婚前交渉を例に考えてみましょう。禁じられている理由はまず、誘惑に陥ることはよくないと考えるから。次に、欲望の赴くまま行動するより然るべき時期まで忍耐する方が、信頼関係を構築できると考えるから」
婚前交渉、誘惑、欲望……。もしかして。
「これは欲を持つことがいけないのではなく、自分を律し段階を踏んで信頼関係を築いていく方が、大切にしたい気持ちが伝わるという考え。せっかく特別な関係になりたいと思えるほど素敵な相手と巡りあったのだから──」
「──ちょ、ちょっと待ってください!! ものすごく勘違いされてます!!」
言わんとすることを理解して、大声で制止。
Srジョアンナは驚いて、つぶらな目をパチパチ瞬きした。
「え?」
「ワタシと鳴子は恋愛関係じゃありません! 友達です!!」
「そうなの? じゃあ、あれは??」
ワタシの後ろをSrジョアンナが指差す。そこにあるのは、隙間なくくっついた二つのベッド。勘違いするのも無理はない。部屋チェックがあるのに、元に戻し忘れていた。
悪夢うんぬんは信じてもらえないだろうし、どう言い訳したら……、そうだ!
「あれは……、試してみたくて鳴子に頼んだんです」
「試す?」
「その……、広いベッドって、どんな感じかなって……。ずっと気になってたから……」
そう伝えると、Srジョアンナは普段の淑やかさと違う無邪気さで笑った。
「うふふ。まさにダブルベッドね。伊欲さんがそんなお茶目さんだとは知らなかったわ。家具の位置は決まっているから注意すべきだけど……、内緒で許可しましょう。舟渡さんのベッドパッドも、ちゃんと干すのよ?」
「ありがとう、ございます」
Srジョアンナの目にワタシは、さぞ子どもっぽく映っていることだろう。誤解を防ぎ秘密は守られたが、中学三年生の多感な時期のプライドが犠牲になった。ついでに毎日のベッドパッド干しも増えた。
夏休み明け、鳴子に抗議しよう。
「それじゃあ、私はこれで──じゃないわね。今夏の予定表を渡しますから、目を通しておいて」
用箋ばさみから取り出されたのは、七・八月のカレンダーと一日のタイムスケジュールが記されたプリント。夏休み中も寄宿舎に残る生徒向けのもので、カレンダーには修道院の予定や完全閉舎日が、タイムスケジュールには食事の時間や修道院作業(黙想・掃除・農作業等)・自由時間・服装規定(体操服ジャージor制服)が記載されている。
寄宿舎に残る生徒は他にいないので、どちらもほぼワタシ専用の資料。修道院体験学習という名目で、ワタシは長期休みの間も寄宿舎に残ることを許されている。前例のない、修道院や学校の計らいによる特別措置。
「今年もありがとうございます。明日からよろしくお願いします」
生活の監督者は、中一の頃から続いてSrジョアンナ。体験学習もそうだし、中三のクラス担任を担うシスター達の中で担当クラスにあたるなど、何かと縁がある。
頭を下げるワタシの肩に手を触れ、Srジョアンナは優しく声をかけてくれた。
「いいのよ。伊欲さんがいてくれて嬉しいわ。では、また明日。ごきげんよう」
「はい、ごきげんよう」
Srジョアンナが部屋を出て行って、夏休みの始まりを実感する。自学自習に没頭でき、生活は真面目なシスター達と一緒。楽しみで気持ちが浮つくが、心配事が一つだけ。
「ちょっとくらい運動しとけばよかった……」
──
─
日向、日陰、日向、日陰。暑い、暑い、暑い、暑い。
「あの、Srジョアンナ……、待って……」
夏休みのある日。山道を登って十数分そこら。朝に半袖半ズボンの体操服であっても、木々に囲まれた日陰であっても、とにかく暑い。息が上がって、前を歩くSrジョアンナに何十歩も離されてしまっている。
四十歳以上も年上で、一つ持ちのワタシと違って両手に空の
「ちょっと休憩にしましょうか」
「は、はひ……」
追いついて、ワタシも近くの岩に座る。止まったことで、暑さがむわっと体の内から込み上げた。息を整えるのに忙しいワタシと違って、Srジョアンナは早々に立ち上がり、小型カメラで楽し気に足元の草花や虫、頭上の木に止まる鳥などを撮っている。
修道院体験の一つ、掃除用水の水汲み。ワタシは体験なので三日に一度で済んでいるけど、Srジョアンナはこれを悪天候でもない限り毎日行っている。なお、二人がかりでも大した量は汲めないので、掃除用だけど掃除に使えるわけじゃない。
どうしてこんな面倒をするのかは、入学初年度に聞いた。
───
『掃除には全然足りないのに、どうして山で水汲みするんですか?』
『仕事半分、勉強半分かしら。学校敷地内の自然と畑の管理は、修道院の仕事なの』
『じゃあ、勉強というのは?』
『水がどこから来るのか、どうやって集めるのか、作業はどれくらい大変なのか。個人的に学んでいるの。良く管理するため、身に沁みて理解したくて』
『「地を従えよ」ですか?』
『さすが伊欲さん、よく覚えているわね』
───
水の循環や水道の仕組みくらい、Srジョアンナは知っている。だけど知識だけでは不足らしく、実感を持って教義に従う(自然を正しく治める)ため、自ら学びを設定しているそう。ずいぶん徹底している。
「Srジョアンナ、そろそろ大丈夫です」
息が整ったことを自己申告。名残惜しさを感じつつも岩から立ち上がった。
そんなワタシを見て、Srジョアンナはにこりと微笑む。
「前より回復が早くなりましたね。成長が見られて嬉しいわ」
「背が伸びて歩幅が広くなっただけだと思います」
「それも成長よ」
そこからはまぁまぁ順調で、脱落することなく山林の中に流れる沢に到着。木々や岩に生える苔の緑に囲まれた、濁りの無い清らかな水の流れ。その涼やかさは、アウトドア派じゃないワタシでも心安らぐ感覚がするほど。……と、浸る間もなく。
瓶が持ち上がる程度に水を汲み、早々に山道を降りた。下りであっても荷物が増えているのでプラマイゼロ、よりもだいぶマイナス。修道院に辿り着いた頃には、疲労で腕も脚も上がらなかった。苦労して汲んだ僅かな水は、聖堂正面扉の拭き掃除だけで使い切った。
この日の午前の体験作業はこれで終わり。夕方の掃除まで多くの時間を自習に充てた。
──
─
また別の日。早朝からの畑仕事が体験作業。シスター達が管理する小規模農家ほどの広さの畑で、トマトやきゅうり、カボチャなどの野菜を収穫する。小規模といってもサッカーコート半面程度と広く、早朝といってもしっかり暑く。
体操服にしっとり汗をかきながら、地味な色合いの農作業服を着たSrジョアンナと一緒に作業を進めた。
「あのー、Srジョアンナ。聞いてもいいですか?」
「遠慮なくどうぞ。何かしら?」
設置したポールに沿ってカーテンみたいに茂ったきゅうり畑で、隣の列のSrジョアンナに質問する。暑さを紛らわしたい気分が半分、平気に作業するのが気になったのが半分。作業スタートでも朝早いのに、シスター達はもっと早く起きて祈りを捧げるなどしている。
そんな祈りと使途職の毎日は過酷に見えた。
「教義を辛く思うことはないんですか? 私財を持たず、生涯独身で、上の人の意見に従い、祈りに生きる。それってけっこう厳しいように思います」
ハサミで蔓から実を切り離し、車輪付きの台車に載せた橙色のコンテナへ。掌より大きな葉っぱで、向こう側はよく見えない。
シャクシャクと小気味良いハサミの動作音を伴って、Srジョアンナはいつもの穏やかな口調で言った。
「辛いとは思っていないわ。むしろそうしたくて、この生き方を選んだの。私財を考えないから何でも分かち合えるし、独身だから主の愛を伝えることに集中できる。従順であればどんな意見もはなから否定せず傾聴できるわ」
「そういう納得もできると思いますけど……。あ、ごめんなさい」
自分でもわかるくらい、腑に落ちていない調子で返してしまう。鳴子が居たら『顔に出てる』と即指摘されるところ。生意気が過ぎる。
なのにSrジョアンナは微塵も腹を立てず、見えなくても微笑んでいるのがわかる柔らかさで答えてくれた。
「気にしないで。どういう意見を持っても良いのよ。伊欲さんにはひっくり返しただけに聞こえるかもしれないけれど、私にとって教義は、できないよりできるを示してくれている。律する暮らしが、私に思いやりを──愛を教えてくれたの」
「愛を……」
「愛を示し、愛を受けることが素晴らしいから、辛く思わない。これが私の考えね」
ここで言う愛は、他者への無償の愛のこと。人のための行動と考えたら、ちょっとだけ鳴子と……メアさんのことを思い出した。自分のことで精一杯のワタシには遠い世界。
「Srジョアンナは凄いです。ワタシはそんな、愛なんて……」
「そうかしら。私は、伊欲さんもしっかり愛を持って正しく示せていると思うわ」
「ワタシが?」
「ええ。御家族と円満でいるために
寄宿舎に残るにあたって家族のことを説明した時、『喧嘩したくないから』と伝えている。自覚はないけど、『円満でいたい』気持ちも、もしかしたら、ちょっとくらいは、あるのかもしれない。ワタシにあったのか、家族愛。
沙耶や鳴子は……、ワタシからは行動していないので、彼女達に愛があっただけなのでは。
「家族のことはそうかもしれませんが、沙耶達にはワタシ何もしてないです」
「伊欲さんは控えめな性格なのね。だけど謙遜しなくていいわ。仲良くなることは双方向だから。藤松さん達が仲良くしようとして、伊欲さんが応えたから仲良くなれた。ほら、どちら側にも愛がある」
嬉しそうに声を弾ませるSrジョアンナ。
面と向かって(顔は見えないけど)愛があると言われると、なんだか恥ずかしい。
「そういうものでしょうか?」
「そういうものよ。伊欲さんはきっと、これからもたくさんの愛を見つけるわ。家族への愛、友人や他人への愛、それに、特別な人への愛も」
「特別な人……」
「なんて。偉そうに語ったけれど、私も最初から愛に気づいていたのではないの。素敵な考え方を残してくださった御方に憧れて真似っこをしているうちに、感じられる時が来て。……と、楽しくお喋りしていたから、あっという間だったわね」
Srジョアンナに言われて、きゅうりの収穫作業が終わっていたことに気づいた。足元のコンテナには、みずみずしい深緑色がいっぱいに詰まっている。
「あの、Srジョアンナ。もう一つ聞きたいことが」
「? どうぞ」
「その……、ワタシが色々聞くの、生意気に思いませんか?」
中一の頃から長期休みの時は、何かにつけて質問をぶつけている。反論したり言い負かしたりしたいのではなく、考えを知りたくて。だけど柔らかい表現ができず、いつも生意気になっている気がする。
並ぶ葉っぱの端からひょっこり顔を出したSrジョアンナは、明るい笑顔だった。
「全然思わないし、いつも大歓迎よ! 楽しいお喋りであるし、問われることで考えも深まる。伊欲さんは私にちょうど良い試練を与えてくれる存在ね」
「それならいいですけど……」
「だから本当に、気にしなくていいの。言葉はぶっきらぼうでも、貴女に思いやりがあることは知っているから。さ、次はトマトを集めましょうか」
そう言って、Srジョアンナはコンテナをいったん畑の端に置き、台車を小脇に抱えてトマトのエリアへ。ワタシも同じようにして、作業を続けた。
数十分かけて、トマト、かぼちゃと順調に収穫。かぼちゃはすぐに食べず、涼しい場所で十日ほど置いておく。三年目で慣れたけど、中一より背が伸びた分、しゃがみ作業は腰にきた。
「うぅ……、クるなぁ……」
持ち上げようとしたかぼちゃコンテナの重さにめげて、思わず漏れた独り言。
だったはずが、背中側からの返事で会話になった。
「そんな、ひどいわ。来てはまずかった?」
透き通る美しい声なのに、口調は棒読みおふざけモード。誰かすぐにわかった。
「腰に疲労感がクると言っただけで、来てまずくないです。ごきげんよう、メアお姉様」
「ええ、ごきげんよう。……って、もう。普通の返事して。少しは驚いてほしかったわ」
前触れなく畑に現れた、白ブラウスにチェックスカートと夏制服のメアさん。艶やかな長い金髪が、朝の風にさらさらと靡く。息をのむ美しさの容姿なのに、ワタシへの脅かしに失敗したことが不満で、頬を子どもみたいに膨らませていた。
「夏休みに入って一度も現れてなかったので、そろそろかと。それより、何用ですか?」
「さすが、我が校屈指の才媛。素晴らしい傾向分析と対策ね。朝から精が出ているから、手伝おうと思ったの」
汚れ一つない白さ輝くブラウスなのも気にせず、メアさんは野菜の詰まったコンテナを持ち上げた。
「変な持ち上げ方しないでください」
「わたくしの持ち上げ姿勢、そんなに悪いかしら?」
「そっちじゃなく。わかって言ってるんでしょうけど。……まだ午前中なのに、汚れますよ?」
「今日は来客の予定が無いから大丈夫。万が一酷く汚れたら、体操服にでも着替えるわ」
器用かつパワフルに、コンテナを畑の外の運搬用台車の上へ。数回繰り返しても服を汚さず。なんでもできる人なのは知っているが、なんでもの範囲が広すぎて驚く。
そうして集めたコンテナを載せた台車を三人で修道院の保冷庫まで引き、野菜を投入。メアさんのおかげで作業は予定より早く終わった。
「ありがとうね、雨夜さん。夏休みでも忙しくしているのに良かったの?」
「父が聖堂を訪ねるというので。待つだけは嫌でしたから」
Srジョアンナとメアさんが保冷庫の前で話しているのを、建物陰の階段に座ってなんとなく聞く。メアさんが畑に現れたのは、理事長の用事のついで。多忙な理事長のことだから、聖堂への移動時間すら惜しんで打ち合わせにでも充てたのかな。
「聖堂に? ご予定にあったかしら。私ったら忘れてしまうなんて──」
「──いえ。スケジュール外のことです。神父様と話がしたくなったそうで」
そう聞いて、Srジョアンナは考える顔。しかしすぐに普段の優しい表情に戻った。
「そうなのね。ところで、雨夜さんは人を愛しているかしら?」
ずいぶん唐突な質問。だけどSrジョアンナは時々、そんなことをする。もしかしたら、畑でワタシと話していた流れからかもしれない。
メアさんは驚くこともなく、さらりと答えた。
「はい。皆、隔てなく」
「ぜひ、そう努めてね。……。……あっ。ごめんなさい伊欲さん、自由にしていいわよ」
なんとなくそんな気はしていたが、Srジョアンナは作業終了を言い忘れていたみたいで、ワタシを見て申し訳なさそうにした。
メアさんの方は、ワタシを見てニコニコ笑顔。……おもちゃにされる予感。速やかにこの場を離れなければ。
「では、ワタシはこれで──」
「──待って櫂凪ちゃん。せっかく会ったのだから、お話でもしましょう?」
「う……」
「今夏のオープンスクールのことなんだけど、優秀な子を見つけたからご招待しようと思って。案内をその子の学校に送ったら~~」
退却は許されず、メアさんのお喋りに付き合わされることになった。準備しているらしい夏のオープンスクールのことやら、秋の文化祭・後夜祭のことやら。日陰の石階段に並んで座り、静かな校舎を眺めながら話した。暑さで汗が引かないワタシと違って、メアさんは終始涼しい顔で。どういう訓練をしたらそうなるのか。
理事長が聖堂から戻るまで、十数分そこらのたわいない雑談。夏休みでもなければ誰かに見られて、一瞬で全校生徒の恨みを買っていたことだろう。
特別な人、憧れ……。メアさんと話している間なぜだか、Srジョアンナの言葉を思い出した。
──
櫂凪とメアが話をしている頃。静謐な聖堂に配された木製の光沢美しい
「~~神のいつくしみに信頼して、あなたの罪を告白してください」
飾り加工で向こう側が見通せない小窓を通して、隣室へ神父が呼びかける。
逡巡の間を置いて、低い男性声が返った。
「前回の告解は、昨年の
──
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