三日目
その日の朝食の時間。ジヤンは姿をみせることはなかった。
朝食の前、マリアがキティに対していくつか言葉をかけていた。
キティは寂しい顔をしていたが、それでも子供らしからぬ気丈な態度をとっていた。
ジヤンは今はとても素敵なところにいるのだと。もう悲しみも苦しみもない場所に。
朝食の後、サブはその場に残っていた。
とっくに朝食を終えていたのに、ケースを下げるでもなく、誰かに話しかけることもしなかった。
両肘をついて拳を口のところで合わせる。考え込んでいるようなポーズだ。
初日。といってもたった二日前だが、その時に不自然な目を向けてきたが、この日にはその視線を隠そうとはしていなかった。
そして、昨日にも増して目の下のクマが目立った。
「少し部屋にもどるよ」
ぼくはマリアとキティに声をかけ、リビングからでた。
部屋の扉に手をかけたとき、背後から素早くなにかが覆いかぶさってきた。
「!」
大きな腕だ。
強い力で喉を締め付けようとしてくる腕。
そのまま身体を自室に押し込められ、壁に身体を叩きつけられた。
「ぐっぅ!」
腕は後ろで固められ、押さえつけられている。
考えるまでもないが、こんなことをできる人物はもう一人しかいない。
「ど、どうしました?サブ」
「しらばっくれるなよ。エド」
「なんですか?」
「俺にはお前の正体がわかっている」
やはり彼の目つきはそういうことだったんだろう。
「なんのことですか?」
「とぼけるな。お前の顔を見たことがある」
「……」
「なにが目的だ?なぜここにきた?」
「……」
「答えろ!」
サブは更に締め付けを強くする。
「なぜここにきたのか?君がそれをしらないのか」
「なに?」
「R国の軍学にいたんだろ?それなのになぜここにいる?」
その言葉にサブは驚愕したようだった。
「君の特徴的な立ち振る舞いとその若さを考えればわかる。君こそなぜここにいる?」
サブは質問に全く答えられなかった。
「はは、君が一番覚悟が足りてなかったみたいだな。ヘイやジヤンよりもずっと」
ぼくは意図して挑発的な言葉を投げかける。
「貴様……」
サブは怒りで動揺して、固められた腕が少し緩んだ。その隙をつくことは容易だった。
彼の足指を踵で強く踏み、肘を脇腹に突く。
「うぉッ!」
そのまま距離をとって、二人は今度は正面に相対することになった。
「あぁ……エドォ」
ぼくはサブの特徴的な構えをしっていた。しみついた格闘技の構えだ。
サブが突き出してくる素早い拳を何度も払いのける。
続いて苛ついて闇雲に放たれた蹴りを腕でつかみサブはバランスを崩した。
ぼくはそのまま彼を床に押さえつけ、組み伏せる。
サブは必死に暴れるが、そこまでいくと二人の体格の差も有効にはならなくなった。
「やめてくれ、こんなことしたくないんだ」
サブはこちらを睨みつける。必死の形相だ。
「わかってるだろう?今更ぼくをどうこうしたって意味はない」
「君はもう国には帰れない」
この言葉はサブの心を完全に打ち砕いた。
サブはがっくり下を向く。
「ぐ、うぉ、お、お……」
言葉にならない、嗚咽のような唸りだった。
「俺は……優秀だった。誰よりも……優秀だった!それなのに」
「なぜ、こんなところに……この俺が」
「君は優秀すぎた」
(君は従順すぎた)
「君は悪くない。なにも」
ぼくは、自分の部屋にサブを残して去っていった。彼はなにもしないだろう。
彼を形づくっていた忠誠心。力と技術の自信。そのどれもが打ち砕かれてしまっていた。
「この……殺人鬼が」
最後にサブはそうつぶやいた。
そう、それは間違っていない。
それから時間は流れ、夕食の時間にサブは姿をみせなかった。
ぼくが自室に戻った時にサブの姿はなく、そのまま夜は過ぎた。
サブは息を引き取った。
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