二日目
白い施設は静かだった。とても。
夢も静かだった。白黒のモノローグ。何かを叫ぶ人と叫ばれる人。次々と切り変わっていった。
そうすると、夢は自身の記憶に基づいて造り上げられていることが確かだと解る。
覚えていなかった人も、確かにそこで出会っていたことに気付く。
ドンドン。ドンドン。
夢に効果音が侵入してくる。徐々に、徐々に大きく。
ドンドン。ドンドン。
エド。エド。
エド。起きてますか?
これは、現実の音だ。そしてこれはマリアの声だ。
ベットから起き上がり、扉を開けると青ざめた顔のマリアが立っていた。
様子がおかしいことに一目見て気付いた。
「マリア?どうした?朝か?……なにかあったのか?」
「あっ、エド。すいません。まだ夜中。あの、ダイニングに」
やはり明らかにマリアは動揺して、泣いた跡があるようにも見えた。
「ダイニング…?」
ぼくはマリアの後ろについて、施設の白い廊下を歩いた。短い廊下が、このときは長く深く感じた。
サイクがうつ伏せに倒れていた。ダイニング、キッチンの手前だった。
「これは」
「な、亡くなってるみたい」
「……」
彼はぴくりとも動かず、確かに、死んでいる。息をしていない。
(なぜ……?)
頭の中に疑問が次々と湧いてきた。
「とりあえず、彼を部屋に運びましょうか」
身長の高かった彼は、見た目よりも筋肉がついていて想像以上に重たかった。二人で運ぶのもやっとだ。
彼の部屋は6番で、ぼくの横の部屋だったようだ。扉は開いており、内装はぼくの部屋と同様だった。
彼をベッドに寝かせる。彼の死体を。
(さようならサイク。少ししか話せなかったけど、昔を思い出せて楽しかったよ)
部屋を出るとき、心の中で呟く。心からの言葉だ。
サイクの部屋の外で、すぐに彼女は口を開き始めた。
「共用のトイレに行こうと思ってダイニングを通ったら、彼が倒れていて」
「なるほど……」
ぼくはマリアの言葉に相槌を打ちながら、倒れていたサイクの様子を思い出していた。
(ここまできて…こんなことになるなんてな)
決してマリアに見えないように、ぼくは影で笑みを浮かべた。自分でも良く意味が分からない。おそらく苦笑いだ。
(それにしても、ひどい事件だ)
「このことは誰にも言わないほうがいい」
「そうよね。私もジヤンやキティがこのことを知ったら動揺すると思ったから……」
マリアは俯きながら、言葉を続ける。
「でも、ここまできてこんなことになるなんて。こんなことに」
「……事故よね?」
「事故だろう。実は、キッチンの角のところに血がついてて。足を滑らせてぶつけたのかな。当たり所が悪かった」
ぼくは大げさにかぶりをふった。
「それにこの施設で殺人なんて、起こるわけがないだろう?」
「そうよね……。彼に神の御加護がありますように」
マリアは手で十字をきった。象徴的なポーズだ。
ダイニングについていた血を拭いて、ジヤンとキティにばれないようにしておく。
そしてぼくたちは部屋に戻った。静かな部屋に。
再び眠りに落ちた後、ぼくはもう夢をみることはなかった。
朝の食事のアナウンスが流れ、目が覚めた。
ぼくがシャワーを浴びてダイニングに行くと、マリアがジヤン、キティの面倒を見ながらごはんを食べていた。軽く挨拶をして、昨夜と同じような簡素な食事を食べた。
途中、サブがやってきた。ぼくより遅く食べ始めたが、ぼくよりかなり早く食べ終えたようで、すぐにダイニングを出ていった。
リビングではなく廊下の方へ歩いて行ったため、自室に戻ったのだろう。
勘違いかもしれないが、目の下にクマができていたように見えた。寝れていないのだろうか。
ヘイは朝食の場にやってこなかった。
勿論来るも来ないも自由だが、きっともう自室から出てこないだろう。
ぼくは頭の中でヘイに弔辞を送る。
恐らく、不器用なだけだった彼に。
このような閉鎖空間においては、少しの不器用さ、性格の長短がまるで何か重大なことのように扱われてしまう。
きっとマリアも同じように思っただろう。彼女が目をつぶって十字を切っているのが視界の隅に映った。
二日目はあっという間に過ぎた。昼食が過ぎ、夕食が過ぎ、なにも起きずに一日が終わる。
そう、これがこの施設のあるべき姿だった。
この施設で送るべき、正しい一日。
次の日、ジヤンが姿を見せることはなかった。
彼は息を引き取った。
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