第19話 大人モードのタケル様
ピザトーストはとっくの昔に食べ終わった私は、まだ台所から出て行かれないでいる。
だって… ねぇ…
「建美~、建美~。まだか?」
と、茶の間からお爺ちゃんの声がする。
「う、う~ん。もうちょっと待って~」
は~、は~とまずは深呼吸だ。落ち着け、私。
「おい! タミ、建造さんが呼んでるぞ」
と、次郎がわざわざ台所まで顔を出した。
「え? うん。行くよ。行くから」
私は渋々お茶を持って茶の間へ行く。茶の間に入った瞬間、タケル様と目が合った。うっ、気不味い。私は目を逸らし、余所余所しくちゃぶ台の隅に座って、みんなのお茶を用意する。
「建美、こちらが本来のタケル様じゃ。ほれ、挨拶せい」
「は、はい。初めまして、建美です」
私は目を合わせず下を向いて小さな声で挨拶した。居たたまれない…
「ぷっ」
と、タケル様は笑いをこらえていたのか笑い始めた。
「ん? どうかされましたか?」
「あはははははは。いや、すまんすまん、建造。さっきな、帰って直ぐに洗面所で建美に会ってな。ははははは」
「そうですか? 建美までどうしたんじゃ? そんなに縮こまって」
「何でもない。てか、タケル様、笑い過ぎ」
乙女の純情を! 笑うか普通?
「あはは、建美、気にするな。まだまだ色々と子供じゃ… 我は気にせん。何て顔をしておるんじゃ」
私は一気に恥ずかしくなった。子供って… 私のなけなしの
「子供で失礼しました。ふんだ」
「これっ、建美。タケル様に失礼だろ。それよりタケル様が戻って来たからな、当分は御勤めはないぞ」
「そうじゃ、我が鬼を祓うから建美はしばらく御役
「わかりました」
私はまだそっぽを向いてすねていると、コソコソと次郎が話しかけて来る。
「どうしたんだタミ? 本来のタケル様が見たいって言ってたじゃん?」
「う、うん。実はね… さっきお風呂出た時にタケル様に会ってさ」
「ん? 出た時? え~! 出た時って、まさか!」
と、急に声を張って次郎は立ち上がった。
「さっきからお前らはどうしたんだ? 何があった? 建美?」
お爺ちゃんは困った顔で私達を見る。
「あぁ、建造、そう怒ってやるな。建美がさっきから変なのは我のせいでもある」
「タケル様が?」
「そうじゃ。建美が風呂を出た時に居合わせてしもうてな。何じゃ、その、裸を見てしまってな、それで恥ずかしがっとるんじゃろ。我は気にせんと言っておるのに」
…
お爺ちゃんと次郎は口を開けたまま私を見ている。
…
気不味い。
「そうです! そうなんです! でもタケル様は『子供』だって言ってるし、私ももう忘れます。もうこの話は終わり!」
私はそう言って、お茶を並べる。絶対、私の今の顔は真っ赤だ。
「ははは。建美も
と、タケル様はまだ笑っている。
「ま、何だ。気にするな、建美」
お爺ちゃんも私が出している空気を察してか、笑い話としてタケル様に乗っかった。次郎は… 同じお年頃だしね… 無表情になって無言でドカッとその場に座った。
「で、建美よ、この神無月の間の事は分身を取り込んだので全部記憶として、今の我の中にも残っている。先の件はがんばったな」
「あぁ、はい」
「他にも色々とあったようじゃが、留守護代理としてよくやり遂げた。礼を言うぞ」
タケル様はニコニコと礼を言ってくれる。私もようやく落ち着いて来たので改めてタケル様を見る。よくよく見てみると本当にイケメンだな。スラッとした体格に涼やかな目元、長い髪を後ろで束ねている。
「タケル様、では私はこれで代理の任は解かれるのですよね? お爺ちゃんも足が治ったようだし」
「う~ん、そうじゃなぁ。しかし、細々とした御勤めは今後もあるぞ? まぁ、建造や建美は戦わんで良いが」
「今後はタケル様がまた視えなくなるのでしょうか?」
「いや、視える。それに今後は我もこの母屋に引き続き住むぞ」
「え?」
「は?」
と、驚いたのは私と次郎だった。
「何の問題もない。飯が食えるしな、この神無月の間にしばらく住んで、御勤めに支障が無い事も分かったしな」
「え? そうなんですか? お爺ちゃん、それって普通なの?」
「ん~、他は知らんが… タケル様がそうおっしゃっているならそうしよう」
さすがタケル様至上主義。お爺ちゃんはすんなり受け入れている。
「え? でも、タケル様はどこに住むんですか? まさか茶の間って訳には行かないでしょう?」
次郎はオロオロしながら問いかける。
「そうじゃな~、建美の横の部屋が空いておったじゃろ? そこに住むとしようかの」
「では、明日にでも掃除をしておきます」
お爺ちゃんはそれでいいみたいだ。
「ほれ、今日はこのぐらいでいいじゃろ。それより飯だ。今日は寿司なんだろう?」
タケル様は寿司が好きなのかな? めっちゃウキウキしている。
「ええ、ちょうどいい時間ですな。では私はちょっと取ってきます。次郎、手伝ってくれ」
と、お爺ちゃんは足が治ったので車を出すみたい。
「え? はい。でも…」
「ほら、早く行くぞ」
お爺ちゃんと次郎はそのまま寿司を取りに軽トラで出かけて行った。茶の間に残された私とタケル様はしばらく無言でお茶を飲んでいる。すると、タケル様がぽつりぽつりと話をし始めた。
「建美、あの狐な、最後灰になったじゃろ?」
「え? あぁ、白尾様ですか?」
「あぁ。本来、邪の道へ落ちた者は『
今回の最後の術は違う事を行なった。これはな、神が三柱居てようやく出来る術なんじゃが… 『籠目唄』と言ってな、神を昇華、つまり『無』に戻す術を使った」
「そうなんですね。そうなると、白尾様は邪道の世界と言うか『無間常夜』? と言う所には行かなかったと言う事ですか?」
「そうじゃ。今回のは『無』じゃ。術で
「… これ以上苦しまずに済んだのなら良かったんじゃ無いでしょうか?」
「あぁ… しかし、人には記憶と言うモノがあるじゃろう? 今回、術を施した我ら三人だけしか白尾の記憶が残っていない。お山の狐達や出会ったであろうその他の者達の記憶から白尾という者の存在が、灰になった瞬間に全て消えたんじゃ」
「え? では覚えているのは私達だけ?」
「そうじゃ。だから、今後白尾の事は口に出してはいかん。良いな?」
「はい… 悲しい話でしたし、言いません」
「よしよし。それで、問題が一つ」
タケル様は真剣な眼差しで私を見る。ちょっと威圧? と言うかタケル様からの圧がすごい。
「は、はい」
緊張でつ~っと冷や汗が額を伝う。
「本来、この術は神のみしか扱えん技じゃ。しかし、今回は神無月で… まあ、成り行き上、建美も立ち会っておる… もしかすると今回の一件は、
「ん? 要約すると、本来するはずの事をせず、しかも神様しか使ってはダメな術をした際に人間が立ち会ってしまったと?」
「あぁ、簡単に言えばそうじゃ。それで大神に怒られるかも知れぬ。爺さんと市姫は承知の上で術をしたから、怒られるのは問題ないんじゃが…」
… 怒られるって。そんな簡単に済むかな? この空気、結構やばい事なんじゃ無い?
「私は大丈夫なんでしょうか… その、消されるとか無いですよね?」
「はははっ。消すとか。それは無いじゃろう。我が言ってるのは、大神の御前で審議が開かれるかも知れんと言う事じゃ」
「審議ですか… 私も?」
「そうじゃ。我が今回行っておった神々の住まう天上の世界、『
「それって、生身の人間も行けるもんなんですか?」
「前例はない… はて、どうなる事か… まだわからんが、そう言う事になるかも知れんと言う事じゃ。どうなるかはわからんが、最悪な… 一応、事前に知らせておこうと思ってな」
「そうですか… わかりました」
ドキドキドキ。高天原って。ちょっとすごい事になって来たな…
私は漠然とした不安に見舞われて、裸を見られた事なんて吹っ飛んでいた。
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