第17話 狐の恋

 翌日、私は学校を休んでタケル様と集合場所の桜の近くの、梅神社と言う所ヘ鏡で移動した。


「建美、緊張しているのか?」


「若干… 本当に私で大丈夫でしょうか?」


「まぁ、我が同化すれば問題ないじゃろ」


 あぁ、そっか、そうだよね。ついこないだ『礫』を習ったばかりだったし、ちょっと戦闘しちゃうのかな~って思っちゃったじゃん。


 移動した先は、田んぼが広がった山間部の農村だった。小さな木の祠だったがボロいながらも手入れがされて大事にされている。


「鏡って、こんな無人の祠にも飛べるんですね」


「あぁ、鏡さえあれば基本どこへでも行ける。ここは山の神を祀っているんじゃ。農村が近いからな。ここに住まう者達が大事にしているのがよく分かる。いい祠じゃ」


「そう言うのって何かうれしいですよね。てか、ここから結構歩きますか?」


「いや、時間が惜しい。まだ薄暗いし、人の目もないからな。同化して飛んで行こう」


 飛ぶ?


「はい? 空をですか?」


「あぁ、真っ直ぐ行けるから時間がかからん。それに同化すれば人の目には映らんしな」


「あぁ~そう言う事ですか」


「では、建美。我を呼べ」


「はい。おいでませ、タケル様」


 スッと同化し、タケル様はいきなり大きくジャンプをした。そして、空中で私の足に言の葉をかける。


浮足うきあし


 すると、足元に地面があるかの様に、空中で歩く仕草をすると身体が勝手に前に進んで行く。わ~、不思議~。すごい! 空を歩いている!


『よし、ええぞ。建美、あの大きな木が見えるか?』


「いえ… すみません」


『ん? 人の目には遠すぎてまだ見えんか?』


「多分… 見えて来たらいいますね。って事で、方向はこっちでいいんですよね?」


『あぁ、ここから北に真っ直ぐじゃ』


 五分ほど空中散歩をすると、大きな木が見えてきた。木の下には既にみんな揃っている。私は大きく手を振ってみんなの元に降り立つ。


「お待たせしました」


「いやいや、朝早くからご苦労じゃった。早速じゃが、少しまた移動をしてもらう。白尾を閉じ込めている祠までな」


「はい。大丈夫です」


「建美ちゃ~ん。ずいぶん見ない内にターくんと息ピッタリね」


「あはははは。まだまだですよ」


「では参ろうか」


 再び、空を飛んで私達は移動をする。


「タケル様、神様達って普段、こうやってビュンビュン空を飛んでいるんですね」


『あぁ、気に入ったのか?』


「いえ、便利だな~って」


『ははは、便利か。まっ人からしたらそうじゃな』


「建美ちゃんや、緊張しとると思ったが大丈夫そうじゃな」


 ニコニコ顔のウッキー様が話しかけてくれる。


「いえ、緊張はしてますよ。ただ、それ以上に空を飛ぶのに驚いてしまって。初めてですので」


「ふふふ、そうね~。人も飛べたら便利なのにね~」


 そうこうして居る内に、目的の祠に到着した。


「ここじゃ」


『ここは… 伏龍之祀ふせりゅうのほこらじゃな』


「あぁ… ここの祠自体に神気が少しあるのでな。利用させてもらった」


「伏龍之祀?」


 私がはてな になっているとウッキー様は近くにあった石碑を指差した。そこには『昔々、ある村人が開墾中に龍の骨を掘り当てた』と書いてある。


「龍の骨?」


「あはは、建美ちゃん。びっくりした? でもね、この話には続きがあるのよ。その骨ってね、実は象の骨だったの。最近? って言うか、その村人が掘り当ててからずっと経ってからだけどね、学者さんがその骨を鑑定したのよ。

 でもね、人々はずっと『龍の骨』だと思って、ここに祠を建てて崇めていたから信仰心がここに残っているの。私達神にとって、人々の想う強い心は神力を高めてくれるからね。この祠は小さくて無人だけれど、その信仰心が余程強かったのか… 少し神力が感じられるわ」


 そうなんだ… 龍の骨かぁ、ちょっとロマンだね。科学とか無い昔だからこその話だね。


「では、参ろうか、各々方。用意はいいかの?」


『あぁ、爺さんは念の為『界』を三重にしてくれ。市姫は唄を頼む。そうじゃな、悲恋より恋が成就する様な唄が良いな』


「そうね、気休めでも… その方がいいわね」


 べべ~んとイッチー姫は琵琶をかき鳴らし、早速唄に入っている。ウッキー様も空に浮かび周囲に結界を張っている。


「では、タケル、祠の結界を解くぞ」


『建美、行くぞ?』


 私はごくりと生唾を飲んでスティックを構える。


『解』


 途端に祠の木の扉が弾け飛ぶ。中から黒いもやと共に白尾様と思われる人が出てきた。早朝のはずなのに、結界の中は薄暗い夜中の様に空気も淀み始める。


 白尾様が一歩一歩と歩く度に、びちゃっびちゃっとヘドロの様な物が落ち、落ちた先の土は焼けただれて蒸気を上げている。


「あぁ。猿田彦… さ、さま。おひひひさしぶりです。ようやっと、ようやっとです」


 白尾様は言葉を失いかけている… 。顔には涙の跡で出来た黒いアザがくっきり浮かび上がっていた。


「あぁ、白尾よ。娘はどこじゃ?」


「ひささしぶりだというのに さ さるたひこさままで われらを ひきさくのか」


「白尾よ、よくその娘を見たのか? お前の好いた者だったか?」


「わたしががが まちがうことなど ない ぁあれは わたしが めおとのやくそくをした みやだ あ” あなたさままで わレらをぉ… ひきさくものは みなてきだぁぁ」


「… 白尾。娘を開放せい」


「えぇいぃぃいぃ う うるざいぃぃぃぃ!!!」


 白尾様が両手を前にブンッと突き出すと、纏わり付いていたヘドロがすごい勢いで飛んで来る。


『盾』


 ボヨ~ンと盾に弾き返されたヘドロは、逆に白尾様に襲いかかる。が、白尾様は片手で振り払う仕草をし相殺する。


「いきなりですね。タ、タケル様、お任せしますよ。え? タケル様?」


『あ、あぁ… なんと… 嫌、すまぬ。行くぞ』


「… はい」


 タケル様と同化しているので、私にもタケル様の心痛が伝わって来た。こんな姿見れば余計… やっぱり同じ神様だもんね、辛いよね…。


『かつては御使であった三又の狐、白尾よ。我、ヤマトのタケルがお前を昇華しょうかさせてやる。お前はもう神界には戻れぬ。覚悟いたせ』


「お お おまえ モ じゃまダてヲするノかァァぁァ」


 白尾様はゆらっと左右に揺れながら、こちらへ向かって来た。怒りの頂点を超えた形相で睨む目が赤く光り、人のモノとはもう違っていた。


締縄しめなわ


 両手から透明な紙垂付きの縄がスルスルと伸びて白尾様をがんじがらめにする。しかし、縛った先から白尾様を纏うヘドロが縄を溶かしていった。白尾様は両手を振り回し、ヘドロを飛ばしまくる。


 タケル様は持っていたスティックをクルクル回し飛んで来るヘドロを防ぐ。


『ちっ、難儀なんぎな。では、縛』


 今度は透明な鎖が白尾様を封じる。これは効いたみたいで白尾様がピタッと止まった。


「は は ハなせぃ」 


『第二十ノ雨ノ章 蓮雨れんう


 白尾様の頭上にはすの花を逆さにした物が現れ、花の中心にある蜂の巣状の穴から大粒の光の雨が降り注いだ。


 ジュ~っとその雨は所々ヘドロで覆われていた白尾様を洗い流す。ザバババババと雨は絶え間なく降り続いている。


 しばらくして、うずくまった白い姿の白尾様が現れた。


「あぁ みや ど ど どこだぁ みや み みや」


「タケル様、あれって… 本来の白尾様ですか?」


『あぁ恐らくな。しかし… 目が見えておらんな…』


 白尾様は座ったまま手探りで、みやさん? を懸命に探している。


『爺さん、もう害はないじゃろう… 白尾を導いてやろうか』


「そうじゃな… あぁ、白尾… 気付いてやれず済まなんだな」


『では、爺さん、市姫、囲うぞ。最後の仕上げじゃ』


「応」「ええ」

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