第16話 御腐れ様

「お? 猿田の爺さんか?」


「邪魔しておるぞ、タケル」


 二人は茶の間で早々に挨拶を終えて、本題に入るみたいだ。


「急ですまんな。帰って早々申し訳ないんじゃが、ちと、手伝って欲しくてな」


「ん? それは良いが… あと数日待てんのか? もう直ぐ神無月が明けるぞ」


「あぁ…」


「爺さんでも手こずって居るとなると… 市姫も呼ぶか?」


「いや、大丈夫じゃろ」


「で? 何があった?」


「実はな… 『御腐れ様おくされさま』を出してしもうた」


 …


 御腐れ様?


 何それ? と、私はキョロキョロ周囲の様子を伺うが誰も言葉を発しない。綾人さんとさっき来たお爺ちゃん、次郎は下を向いて難しい顔をしている。


 分かってないのは私だけかな?


「… そうか。どんな奴じゃ?」


「あぁ。三つ又の狐じゃ」


「狐か… 三つ又ならば神格もそこそこ上じゃろう? どうしてそうなった?」


「あぁ。話せば長くなるんじゃが… とりあえず手を貸してはくれんか? 何とか儂の結界で取り押さえては居るが、持ってあと一日ぐらいなんじゃ」


「… う~む。どうしたものか。狐とはまた厄介な」


「この通りじゃ。儂にとっては可愛い眷属なんじゃ… まだ小さい狐の頃から知っておるからな… どうにかしてやりたいんじゃ」


 タケル様は顎に手を置いて、う~んと考えている。


「あ、あの~。狐って? 御腐れ様って何ですか?」


 どんよりしている空気を他所に、私は思い切って聞いてみる。考えているタケル様の横で、説明をしてくれたのはお爺ちゃんだった。


「建美。追々、神様達の事は教えていくつもりだったが… いい機会だ、覚えておけ。猿田彦様、タケル様、失礼して少し話をさせて頂きます」


『うん』と頷いた二神の横で神様についての授業が始まる。


「まず、狐とは一般的にお稲荷さんと呼ばれている、稲荷神社の神の使いの事だ」


「あぁ~! お稲荷さんって狐の狛犬? があるもんね」


「狛犬は犬の神使しんしだ! バカもん。狐の神使しんしのことだ。その御使様みつかいさまが何十年、何百年と神様に御仕えして神力を得る。

 すると、神様の姿をして人の形を取れる様になり、更に神力が増すと格が上がる。その際、狐の場合は尾の数が増えていく」


「へ~、じゃぁ、三つ又って事は結構すごいんだね」


「そうだ。それで今度は『御腐れ様』だ。これは、神様や御使様、眷属神などがじゃの道へ落ちる事を指す。実際、御姿が腐った様にドロドロになるからな。ほれ、映画に出てくるゾンビみたいになる」


「ゾンビかぁ… で、邪の道って?」


「あぁ、滅多めったに『御腐れ様』は出ないんだが… 過去にいつくか例はある。神殺しをした者や、無益むえきな殺生、今で言う快楽殺人的な事だ、後は、闇に落ちた者、そうした者等が落ちる邪道の世界がある」


「地獄? それか、鏡の中の『彼の世』的な所?」


「そうじゃな… それに近いかも知れんが、一度落ちたら二度と神の世界には戻れないと言われている」


「… そっか… 辛いね。ウッキー様」


「そうだな…」


 私とお爺ちゃんが話し終わっても、茶の間はシ~ンとしたままだった。


「して、猿田の爺さん。なぜその狐は御腐れ様になんぞになった?」


 長い沈黙を破って、タケル様が核心を突く。


「あぁ… あやつ、その狐だが、名を白尾しらおと言う。儂が昔付けた名じゃ。きれいな白い尾をした狐でな、笑った時にえくぼが出来て可愛らしい奴なんじゃ。その白尾がここ数十年大人しくしておったので、儂も気にせず放って置いたんじゃが… まさかこんな事になっているとは… 元々、真面目な性格なのでコツコツと御勤めをしているものと思っていたんじゃ」


「どこの神社だ?」


「ほれ、比叡山ひえいざんのふもとの」


「あぁ~。小さな稲荷神社じゃったか?」


「あぁ、そこじゃ。事の発端は、それとは別のほこらで一人の人間が死んだのがきっかけじゃ。その人間は九〇歳を超える老人でな、うそまことか、白尾をその祠で封印していたんじゃ」


 !!!


 曲がりなりにも御使様を? それって本当に人なの? まぁまぁすごくない?


「その者、元々神力があったのか?」


「元は修行僧だそうじゃ。近くの比叡の山で少しばかり足を突っ込んだ様だな。しかし、仕事は普通の勤め人だったそうじゃが、そのがあったんじゃろう。儂も詳しくは知らんでな、お山の狐達に聞いた話じゃから…」


「ではなぜ封印? いや、結界か何かで縛っておったのか?」


「あぁそうだ。そして、そもそもの根源はその者の娘が関わっておる。何でも、その娘が小さい時に山で白尾に出会った際、嫁入りの約束をしたそうじゃ」


 嫁入りって! もしかして、狐の嫁入り?


「神との約束は絶対じゃ。白尾も御使とはいえ神の末席に並ぶ者。それがなぁ、その娘が約束を破ってしもうてな。本人も小さい頃の事じゃし忘れておったんじゃろう。白尾はその娘の婚礼の日にお山の狐達を連れて迎えに行こうとしたんじゃ」


「ん? その娘は別の者と結婚しようとしたのか?」


「あぁ、成人してから色恋で結ばれた人の子じゃ。しかし、白尾は自分の為にその娘が婚礼の用意をしていると思い込んでいたんじゃ。迎えに行く途中で、その父親、今回死んだ九〇歳の者だ。そやつが白尾の事を察知さっちして、先回りし祠へ縛り付けた」


「何と… 神に背くとは…」


「その父親も我が子が可愛かったのじゃろう。なまじ少しだが神力があったせいで、白尾の神力を感じ取れたんだろうて。娘に近づくあやかしとでも思ったのか… 今はもう死んでしまったからな不明じゃが。

 それでな、父親はその日から白尾を三十年間も祠で縛っておった。己の寿命が尽きるその日まで。白尾は訳も分からず縛られ続け、三十年の間に少しづつ闇に落ちて行ってしまった…

 そして、白尾は穢れた姿に変わってしまっていたが、父親が死に呪縛じゅばくが解けた途端、その娘の所へ真っ先に向かったんじゃ。が…」


「が?」


「その娘はもう死んでいてな。病気でな… そこへ 運悪く… 実は、その娘は娘を産んでいたんじゃ」


「ま、まさか!」


「あぁ。そのまさかじゃ。白尾は闇に落ちたせいで判断がつかなかったのか… その娘の娘をさらってしまった」


「その娘は、今は?」


「まだ、息の根はある。しかし、白尾が取り込んでしまっていてな。今、白尾と一緒に儂の結界の中じゃ。ただの人には耐えきれないじゃろう。じゃから、時間が無いんじゃよ。早うせねば」


「そうか… しかし、その父親は半ば執念と言うか、娘の為によくもまぁそんな長い間… 白尾も婚礼に浮かれてすきを突かれたか」


「あぁ、偶然が重なったんじゃな… 不運な事だ。これも親子の深い情があったからこそ、なし得た技じゃな」


 …


 悲しくて辛い話。辛いけど、神様の恋が叶わなかったんだね。私がしんみりしていると、タケル様はより一層考え込む。


「建造、建美を連れて行くが良いか?」


「… 仕方ありませんな。しかし、まだまだヒヨッコです、役に立ちますかどうか…」


「大丈夫じゃ、我も居る。今の状態で戦うには依代が必要じゃ。猿田の爺さんも居るしな。後は… 爺さん、やはり市姫も呼ぼう。戦力は多いに越した事はない」


「しかし…」


「いや、姫の琵琶は今回必要じゃ」


「あの琵琶か…」


 ウッキー様は短く返事をすると、それ以上は話さずじっとちゃぶ台を見つめていた。


「そうと決まれば、綾人、少し早いが市姫の所へ帰れ。お前は市姫の代わりに自分所の留守護をいたせ。爺さん、決行は明朝で良いか?」


「そうじゃな。では分かりやすく、仰木おおぎの一本桜に集合で良いか?」


「分かった」

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