第14話 ボロボロの綾ちゃん

「建美~、これ二階まで持って行って」


 と、クラスの女子にでかいベニヤ板を指名される。


「うん。よしきた!」


 って言ったはいいが、これ一人で運べるのか? 背丈よりも大きいベニヤ板を見ながら考える。これは、担ぐしかない? 背負う? う~ん。


「あはは、建美、何百面相してるの? そんなん一人じゃ無理だよ。その辺の男子に手伝ってもらって」


 やっぱそうだよね。と、周りを見渡せば一斉に下を向く男子達。


 …


「あぁ、タミ、俺が手伝うよ」


 と、手を挙げたのは次郎だった。助かった。


「ありがとう」


 次郎と二人でベニヤ板を持つ。廊下や階段をエッサ、ホイサッと運んで行くと、二階の空き教室で運営委員の人が待っていた。しかも、中には岬先輩がいる。


 うわ~。偶然にしても運が悪すぎ~。


「一年三組です」


 次郎が入口で別の運営委員の人と話している。私は出来るだけ下を向いて気づかれない様に小さくなる。


「あっ! やっぱり! この気配は建美ちゃんだと思ったんだ」


 ちょっ、気配とか! キラキラスマイルで教室から出て来たのは、岬先輩だ。『建美ちゃん』なんて言うから、そこに居たほぼ全員が私をバッと見た。は~、居たたまれない。


「ははは、どうも」


「建美ちゃんは裏方なんだね~。俺は運営委員なんだ」


 って、見たらわかるよ。用事無いなら話しかけないで欲しい。


「おい、タミ。知り合い?」


 次郎がスッと私の前に出る。


「うん。ちょっとね」


「ふふふ、そうだね。ね。ね?」


 と、岬先輩はニコニコと私を見る。って、岬先輩の背後の女子達! 『ゴゴゴゴゴ~』と音が出そうなぐらい闘志が漏れ出てるよ! 目が怖い。


「では、ベニア渡したんで私達はこれで。次郎、行こ」


 私はその場から早足で逃げ帰る。怖い怖い怖い。


「あっ、ちょっと待てよ」


 次郎ははてなな感じだったが私を追いかけて来た。


「おい、待てって。さっきの先輩… あのアイドル先輩か? いつ知り合ったんだ?」


「えっ? あぁ… ちょっとね」


「何だよ、さっきからって。まさか告ったりとか?」


「はぁぁぁ? 誰が告ったって? そんな訳ないじゃん。好きでもないのに」


「ん? まぁ、そっか。そうだよな。へへ。でも、何で知ってるんだ?」


「う~ん… こっち来て」


 私は教室へ帰らずに、廊下の突き当たりの踊り場の端っこに次郎を連れて行く。周りを見渡し、誰も居ない事を確認して小声で岬先輩との経緯を話した。


「はぁ? 『オーラ』って。またややこしそうな」


「そうなんだよね。タケル様に話したら巫女シャーマンの素質があるかもって言ってた」


「ふ~ん。で? 何であんなに好意的なんだ?」


「私も謎。だからあんまり近付きたくないんだよね。さっきの教室の女子見た? 話しかけられるだけであの目! 死ぬかと思ったよ」


「あはは、タミは興味ないのか。そうか、焦ったぁ~」


「何で次郎が焦るんだよ。こっちが焦ったわ。『建美ちゃん』とか、まだ一回しか喋ってないのに… マジで馴れ馴れしいの勘弁かんべんして欲しいんだけど。先輩女子を敵に回したくないよ~。平和な私の学校生活が…」


 次郎はヨシヨシと頭を撫でながら


「まぁ、極力近づかない事だな。俺も注意しとくよ。亀やんにも協力してもらえば?」


「そっか、そうだよね。先に話しとけば要らぬ誤解は解けるか。そうだ! 味方は多い方がいいよね」


 私達は遅れて教室に戻り、亀やんにも事の詳細を伝えた。

 もちろんタケル様の事は省いて、『オーラ』が見えるって話しかけられたって事だけを。


「へ~。岬先輩って不思議ちゃん系なんだ。いが〜い。それでも人気あるって、やっぱり世の中顔面が全てなのかな?」


「顔面って。まぁ、不思議ちゃんを凌駕りょうがするイケメンではあるよね。連れて歩く彼氏にはいいのかもよ。でもなぁ、普通に話しててオーラとか悪霊がとか言い出すのって、ぶっちゃけそのいる?」


「あぁ、まぁね~。デート中に『ここは霊がいるから今日は止めよう』とかえるよね」


「あはははは。どこの霊媒師れいばいしだよ」


「お前らその言い草、何様だよ。てか、そんなのあっても現にモテモテじゃん。って、みんな知らないのか、その特典の事」


「何~、次郎、岬先輩が気になるの~?」


 亀やんはニヤニヤと次郎をおちょくる。


「べ、別に。一般論だよ」


「ふ~ん。まぁ、特典があってもいいって言う女子はいるんじゃない? それ以上のイケメンなのは確かなんだし。で? 建美は?」


「え~、さっきも言ったけど、顔面と好きは別。観賞用と彼氏は別です。はい。自分のレベルは自分がよく分かっています」


 って、自分の顔を差し置いて随分言いたい放題したけど、現実はそんなもんだよ。


「だって、次郎、よかったな」


 亀やんが次郎の背中を思いっきり叩く。


「痛って~な」


 と、言いながら次郎はニヤつきながら男子の作業グループへと戻って行った。


「は~、でも建美も厄介なのに気に入られちゃったね」


「気に入られてるのかな? ただ岬先輩的には私の『オーラ』が気になるだけじゃない?」


「それでも、気に入ったには変わりないじゃん。ははは、こりゃ~文化祭まで楽しみだな~。って、お姉様方に呼び出されたら私も呼んでよ」


「え? 物好きな。何ワクワクしてんの?」


「だって~、呼び出しとか、マジであったら体験してみたいじゃん。おもろそう。ふふふ、腕が鳴るわ」


 亀やんはあるかわからない呼び出しにウッキウキだ。まぁ、亀やんは血の気と言うか、正義感? ではないか、こう言うのが昔から好きだよね。空手有段者だし。


「その時は、よろしくお願いします師匠ししょう


「よし、任されよ~」


 今日はまだ序盤なので簡単な準備だけで、みんな五時頃には帰る事が出来た。



「ただいま~」


 って、誰もいないじゃん。


「あれ? 誰かいないの?」


 返事がない。タケル様と綾人さんはまだ修行でもしてるのかな? 顔出した方がいいかな? う~ん、と考えながらとりあえず制服を着替える。


「一応、声かけようかな。状況次第では私が夕飯作った方がいいよね」


 着替えてから本殿裏手の雑木林へ向かってみる。居るかな~。


 バッ。ザッ。バチン。と、ぶつかるよな音が響いている。


 雑木林の入り口あたり、遠くから中を覗いて見るけど結界が張ってあるのか、タケル様も綾人さんの姿さえ見えない。


 へ~、これが参拝者には見えないって言う『界』か。


「タケル様~ただいま戻りました~」


 と、誰も見えないが大きな声で叫んでおく。


 …


 返事がないし、これ以上修行を邪魔しちゃ悪いよね。


「今日は夕飯、私が作りますね~」


 と、誰も見えないけど一応言ってから母屋へと戻る。




 いや~、久々の台所だ。何作ろうかなぁと冷蔵庫を開けると、ずらっと並んだタッパとラップに包んだおかず達。


「うそ! すごっ! 流石、料理男子」


 今日は、あじ南蛮漬なんばんづけとポテサラ、あとは小鉢が二、三種類。


「私、マジする事ないじゃん。てか、さっき張り切って『ご飯作りますね~』とか言っちゃったよ。恥ずっ」


 あっ! そうだ、炊飯器。ご飯はまだだよね~っと見るとまたしても!


「クッ… 予約かよ!!!」


 抜かりないな、綾人さん。いや、もうこれは綾人様? こんな隙のない主婦って。


「はぁ、完璧じゃん。私なんて疲れた時はレトルトしてたのに」


 ガラガラガラ。茶の間の引き戸の音がする。


「タミ~。今日の晩飯何?」


「え? 次郎? 今日は帰ったんじゃなかったの?」


「え~、野球部にちょっと寄ってたんだ」


「そっか。これ見て~」


 と、台所に次郎を呼ぶ。冷蔵庫を開けて中を指差す。


「凄くない。綾人さんが作ったみたいなんだ。私の出る幕なし」


「へぇ~、凄いな。しかも美味いじゃん」


 次郎はラップをずらしてつまみ食いをしている。


「は~、ずっと居てくれないかな~」


「え? それはそれでマズいだろ。ほ、ほら、お前の飯も美味いんだし、腕が落ちるぞ」


「え~いいよ、そんなの。楽で美味しいって最高じゃん!」


「いや~… あっ、建造さん呼んで来るよ。もう夕飯だろ?」


「うん。お願い」


 私はする事がないので、配膳とチンでもするかな。用意ぐらいはしないとね。


 ガチャガチャと用意をしていたら、タケル様達が帰って来た。


「おう! 建美、腹ペコじゃ。ちと早いが飯にしよう!」


 と、満足気なテカテカ顔のタケル様と、ボロボロの綾人さんが茶の間へ入って来た。


「うわ~、綾人さん。大丈夫ですか? 生きてます?」


 あの、綾人さんが見るからにゲッソリしている。


「あぁ… 夕飯の準備をしよう」


「いやいや、準備ぐらい私がしますから! それより、お風呂入って来て下さい。ね?」


「そ、そうか? では、頼む」


 やっぱり疲れ過ぎているのか、すんなり綾人さんは風呂場へ向かった。


「タ、タケル様は疲れてないんですか?」


「ん? あんなんで疲れるものか。それより飯じゃ」


 どんな修行してるんだろう。気になるけど、あんな綾人さんを見るとちょっと引くよね。私も修行するのだろうか? 同じ事… うわ~。


 その日の夕食は、綾人さん以外がモリモリと食べていた。綾人さんは終始肩を落とし疲れた様子で、食べたら直ぐに部屋へ下がって行った。


「建美、明日はどうじゃ? 鬼が一体出たそうじゃ。五時までには帰れるか?」


「はぁ、五時なら何とか」


「よしよし」


 はぁ~、明日が怖い。どんな修行? てか、鬼か。綾人さん、明日起きられるのかな?

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