第13話 お誘い

「おはようございます」


 いつもの様に朝ご飯の用意をしようと台所へ行くと、綾人さんは既に起きていて料理をしていた。


「手伝います。って言うか、私がするんで綾人さんは座っていて下さい。昨日は筋肉痛でやってもらいましたが、綾人さんは本来お客様なので」


「いや、世話になって居る身だからな。私が居る間はご飯の支度は私がする。お前は学校の用意でもしていろ」


「えっ、でも」


「いいから。ほら、茶の間へ行け。邪魔だ」


 グッ、最後の言葉! それがなきゃいい人なのに…


「では、お願いします」


 私は追い出されたので素直に茶の間へ行く。暇なので久しぶりに朝の情報番組でも見ようかな。


「タケル様、お爺ちゃん、おはよう~。今日はイッチー姫は居ないんだね?」


「どうせもう直ぐ来るじゃろう。それより建美、今日は早く帰って来るんじゃぞ」


 タケル様は何だか朝から張り切っている様子。


「今日は無理ですねぇ。学校行事の準備を手伝わないといけませんので」


「はぁ? そんなもん家の用事で無理じゃと任せて来ればいいじゃろう?」


「ダメです。昨日も家の用事でパスしたので。何度もパスは出来ません」


「おい、建造、どうにかならんのか? 綾人が修行する相手が欲しいんじゃ」


「しかし… 建美、どんな行事だ?」


「文化祭」


「あぁ、タケル様。申し訳ございません。文化祭とは学校行事の一環で、大きな祭りですな。しかも学友と団結して事を成すモノなので、建美だけがサボってしまうと友人との間に亀裂が出来てしまいます」


 お爺ちゃん! ナイスアシスト!


「そうなのか? 祭りではしょうがないのぅ。では鬼が出た日は帰って来いよ」


「朝の時点でわかっているんであれば、帰って来ます。今日はすみません」


「まぁ、よい。綾人に抜かれても知らんからな」


「抜かれる?」


「ん? 分かってなかったのか? お前が前の勝負で綾人を『盾』で跳ね返したじゃろう? 跳ね返すって事は、神力の量はお前の方が上じゃ。しかし、お前は技を全く習得出来て居ないからなぁ、この機に双方を力の底上げをしようかと思ったんじゃが… まぁ、良い。綾人の基礎を固める事にする」


「あ! そうだ! タケル様、まだまだ先ですけど良かったら文化祭来て下さいね」


 バ~ン。


 タケル様が返事をする前に、突然、床の間の鏡が光り出しイッチー姫が登場した。


「おっはよう~みんな〜」


「お、おはようございます。びっくりした!」


「あは~、ごめんね~。てか文化祭とか聞こえたんだけど~何かのお祭り?」


「あぁ、はい。私の学校行事で、文化祭と言うのが来月ありまして」


「そうなんだ~! 私も行きたいな~」


 えっ? と、タケル様に目で合図を送る。誘ってもいいのかな? でも、タケル様は相変わらず腕にぶら下がっているイッチー姫に手を焼いていた。


「えぇい! 毎度毎度くっ付くな。いい加減離れろ。それに市姫、そなたは呼んで無い」


「え~、私も行~き~た~い~」


 そこへ、料理の小鉢を持って綾人さんが台所から顔を出す。


「おい、小市、毎朝来なくてもいい。と言うか、タケル様から離れろ。無礼者」


 え? イッチー姫も神様だよ。無礼者って。お前が無礼じゃね? と、私の心の声が聞こえたのか、綾人さんにギロリと睨まれた。お~怖。


「小市、私の修行が終わればココへは来なくなるんだ。タケル様への迷惑を考えろ」


「え~、せっかくみんなで仲良くなったのに~、ねぇ~?」


 次にイッチー姫は私に話を振って来る。え~、私ぃ?


「あはは、ねぇ~、ははは」


「はぁ、市姫よ。それより綾人の事で話がある」


「うん? 何かしら」


「綾人の留守護としての実力じゃ。お主、ほとんど修行をさせてないな?」


「え~、私、わかんないな~」


 イッチー姫はニコニコしながら、タケル様を見ずお新香をつまんで誤魔化している。


「おい! 大事な事じゃ!」


「え~、怖い~。だって、修行って言うけど~時間が無いんだもん。うちって観光名所じゃない? 一年中ず~っと忙しいのよ」


「そう言う事を言ってるから、綾人が弱いままなんじゃ。市姫が守ってやるのにも限度があるぞ。と言うか、この程度であればうちの傘下の神主の方がまだ戦えるぞ。このままでは綾人を留守護から外すか、市姫が近江国の守護神を交代するか… 今のままでは相当不味い状況じゃ」


「… だってぇ」


「よい、我が手を貸すと言った以上それなりにはするつもりじゃ。だから、市姫は今後こちらへ来るんじゃない。綾人の為じゃ。分かったな?」


 イッチー姫は驚愕きょうがくの顔で綾人さんを見る。


「えっ、でも、顔見るぐらい…」


「ダメじゃ。甘えは一切捨てるんじゃ」


「そんな~!」


「今まで甘やかした罰じゃ。良いな。鏡も来れんように術を張るぞ? それは避けたいんじゃ」


「… 分かったわ。綾ちゃん、私が居なくてもがんばるのよ!」


 綾人さんもちょっと驚いていたのか口が開いていたが、イッチー姫の言葉で我に返った。


「はっ。小市が居なくても問題ない。それより神社の様子をしっかり見張っておけよ。俺はそんな事より社務所の奴らがサボってないか心配だ」


「え~、寂~し~い~」


 イヤイヤと綾人さんにすがりつくイッチー姫。案外まんざらでも無いのか、綾人さんの目がちょっとだけ優しい。な~んだ、こう言う関係なんだね~。ふ~ん。


「イッチー姫、もし来月辺り落ち着いたらぜひ文化祭に来て下さい。もちろん綾人さんと一緒に。それまでにタケル様を説得しておきますので」


「そう? 楽しみだわ。綾ちゃんとデートね! そう言う事なら、綾ちゃんもがんばるって言ってるし、私も我慢するわ~」


「その意気です! はい!」


 その後、イッチー姫はあっちの神社の様子をタケル様に報告して、今日は朝ごはんを食べずにさっさと帰って行った。


「やけにあっさりですね」


「そうか? 文化祭とやらが余程楽しみなんじゃろ。我らは人に誘われる事はまぁ無いからな。しかも人の世の祭りじゃろ? 単純にうれしいんじゃろ」


 そっか。それなら良かった。


「あれ? でも、綾人さんの高校は文化祭はなかったんですか?」


「ない。私は島だったから高校は通信制を出た。大学も近場だったが、ほとんど神社の手伝いをしていたしな」


「そうなんですね。じゃぁ、落ち着いたら文化祭来て下さいね」


「時間があればな」


 と、ニヤッとしながら綾人さんは台所に消えて行った。何だよ~照れ隠しぃ?


「タケル様も来て下さいね。その頃はお爺ちゃんも足が治ってるだろうし」


「あぁ、気が向いたらな」


 と、タケル様もテレビを見るふりをして居るが、ちょっとだけ口元がほころんでいた。うんうん、喜んでくれるなら来て欲しいな。


「建美、学校に遅れるぞ、早く食べろ」


「え? お爺ちゃん、ホントだ。やば~」


 ドタバタと朝ごはんを急いで食べる。そして今日も綾人さん特製のお弁当を渡された。


「毎日、お弁当まですみません」


「ごほん。謝られる為に作ってはいない」


 ん?


 うわ~、めんどくさいなぁ。


「あぁ、ありがとうございます。昨日もめっちゃ美味しかったです」


「あぁ」


 相変わらず仏頂面だけど、ちょっと照れてる。綾人さんの扱い? が分かって来た気がする。


 これか? これが本物リアルのツンデレかぁ。イッチー姫はこれがいいんだね。へ~。って、私はやっぱり面倒臭いのでパスだ。いちいち構ってられない。


「では、行って来ます」


 と、世の中には色んな男子がいるんだな~と痛感した朝でした。

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