第7話 イッチー姫

「ねぇねぇ、タケル様。服買いません?」


「ん? 我のか?」


 今日は日曜日。天気もいいので散歩がてら買い物に行きたい気分。


「はい。タケル様のその服ってどっかで見た事あるんですけど… どこだったかな… とにかく、何だかよれてるし、デザインが古いと申しますか… 思い切って新調しません?」


「そうか? でもなぁ、子供の姿は神無月の間だけだしな。もったいないじゃろ」


「いやいや、新調しましょうこの際。今っぽのイケてる感じで行きましょう! そうしたら一緒にお買い物とか行けるじゃないですか? 外とか行きたくないですか? どうです?」


 普通にイケメン男子のお着替えショッピングしてみたいよね。うんうん。


「う~ん。そうじゃなぁ… しかしお前の知り合いに会った時どう言い訳するんじゃ? 我は今子供ぞ?」


「それは… 親戚の子とか何とか。どうにでもなりますよ。大丈夫です。ちなみに今は何歳設定なんですか?」


「設定とか… はぁ、お前は。大体じゃが七、八歳ぐらいか?」


「了解です。では、タケル様は七歳で親戚の子で少しの間預かっている。私の事は外ではタミちゃんかお姉ちゃんと呼んで下さい」


 こんなきれいな子供に『お姉ちゃん』って。むふふふ。普通にウキウキするよね。って、ショタじゃないよ!


「『お姉ちゃん』とか。言える訳ないじゃろ。あほうか」


「え~、言って下さいよ~。こんなにキレ可愛いのに~。こんな弟、自慢でしかない!」


「ま~、その時考える。それより我の着替えはまだあるぞ。次郎がお下がりを色々用足してくれたからの」


「あ! そうだ! 何か見た事あるな~って思ってたんです。次郎のお下がりかぁ」


 そんな話をしていたら、神様通信機の鏡がピカピカ光った。


「ん? 誰じゃ?」


 タケル様が覗き込むと鏡の向こうから小さく女性の声がする。


「助けて! もう嫌になるぅ~。今からそっち行くから」


 と、ギャーギャー叫んでいた。


「ふ~、建美。これから厄介なヤツが来る… 買い物はまた今度じゃな。やれやれ」


 タケル様は嫌な顔をしながらお茶を注いでいる。


「え~。せっかくの日曜日なのに… ま~いいです。良いのがあったら買っておきますね。タケル様は特にこだわりとかないでしょう?」


 次郎のお下がりでいいぐらいだし、特に注文はないよね。


「あぁ。そんな事より、今から来るヤツじゃが…」


 バンッ!!!


 鏡から飛び出して来たのは二十歳前後の若い女性? ん? 違う、女子高生かな?


「ターくん! も~嫌。助けて~」


 懐かしのルーズソックスにチェックのスカート、白シャツにネクタイ姿の平成ギャルな女性がタケル様に抱きついていた。


「はぁぁぁ落ち着け。それに抱きつくな、うっとおしい。相変わらずババァのくせにそんなチャラチャラした格好しおって」


「もう~何よ! ババァとは聞き捨てならないわね。この顔だけボンボンが」


『あぁ? ヤんのかコラ!』と聞こえて来そうな二人をポカンと見ている私。一瞬の出来事すぎて、色々と追いつかない。


「あ、あのぅ。どちら様でしょうか?」


 ギャルのお姉さんが私を二度見してから、パ~ッと明るい顔に変わった。


「や~、何この子! お肌プルプル~! てか、あなた私が視えるの? あれ? ここって本殿じゃないわね。どこ?」


 今度はキョロキョロとうちの茶の間を見渡している。


「騒がしいヤツじゃな。はぁ。まず、ここは留守護の家の茶の間だ。こいつは『留守護代理』の建美じゃ。ほれ、建造の孫娘の」


「あぁ建造の~。って『代理』?」


「建造が足をやられてしもうてな。今回だけの代理じゃ」


『ふ~ん』とお姉さんは上から下までニマニマしながら私を見る。


「建美、こやつじゃが… これでも我と同じ神である」


 えっ!


 まぁ、鏡から出て来たって事はそっち関係なのはわかるけど… エモギャルなんですけど。こんな神様ありなの?


 私が固まっていると、お姉さんはちゃぶ台を囲んでタケル様に相談事? を話し出した。


「ターくん、聞いてよ。うちの神社。毎週毎週、すごいのよ。もうワチャワチャしちゃって、身の置き場所がないの! 騒がしいったらありゃしない。平日も結構騒がしいのに… こんなのゆっくりネイルとか出来ない~! どうにかして!」


 ネイルって。そりゃギャルだからね、爪は命だろうけど、あなた曲がりなりにも神様なんだよね。とか思いつつ、私は口を挟まず二人の会話をそっと聞く事に専念する事に決めた。うん、今はそれが平和な気がする。


「ターくんって呼ぶな。気色悪い。そんな事、お前ん所の留守護に言えばいいだろう」


 タケル様はめちゃくちゃうっとおしそうに答えている。


「え~でも~。あやちゃん聞いてくれないんだもん! え~ん」


 タケル様はギャルお姉さんを自分の腕から引き剥がすのに必死である。ぷぷぷ。


「おい! 建美、お茶なぞ出さなくていい。こやつはすぐ帰る」


「え?」


 私は用意したお茶を空中で持て余す。どうする? と、とりあえず出しとく?


「も~、ターくんてば意地悪なんだから。あっ。あなた。建美ちゃん? 私はね~」


 うんうん。誰? 誰? さっきから気になってたんだ。


「は~。建美、我は建造を呼んで来るから、相手をしておいてくれ」


 タケル様はそそくさとお姉さんを私に押し付けて、茶の間を出て行ってしまった。


「もう、ターくんたら。ねぇ? あ~そうそう、私はね『市杵島姫いちきしまひめ』って言うんだ。イッチーって呼んでね」


「は、はぁ…」


 ノリが、ノリが軽いぞ。今時、ウィンクにピースでペロって。ポーズが何気に古い。


「私ってこんな感じなんだけど、って自分で言っちゃった。ははっ。私はこう見えても、琵琶湖に浮かんでいる竹島の神社って知ってる? そこの神様なんだ」


「えっ! めちゃくちゃ有名じゃないですか! すごい!」


「えへへ~。そうなの、今ね流行ってるじゃない? パワスポとかさ~。それでね、参拝者が多いのはいいんだけど… いいのよ、私もお参りしてくれて嬉しいんだけどね~数が尋常じゃないのよ! もう。ひと昔前まで人なんて来なかったのに… もう嫌になっちゃう」


 ひと昔って、それは多分、神様時間的には大分大昔では?


「人気者も大変ですね。うちは静かなので、ゆっくりして行って下さい。ははは」


「え~、建美ちゃん、話がわかるぅ! じゃぁお言葉に甘えて、今日はお邪魔しちゃおっと」


 ははは。どうするよ。ゆっくりして行ってとは言ったけども… あっ、そうだ。色々聞こうかな神様の事。


「じゃぁ、お話伺ってもいいですか?」


「ん~、いいよ~」


「いちきし… いえ、イッチー姫、竹島って事は、近江国の北部を守護されているんですか? 他にも神様って居ますか?」


「そうよ。そうねぇ、近江国はあと、西部の守護の白神社のウッキーかな」


「ウ、ウッキー様ですか?」


「そう。ウッキー。あれ? 知らない? ターくんから聞いてない?」


「あ~、はい。『留守護代理』も二日程前になったばかりでして。すみません」


「あら、いいのよ。そう、まだ新米ちゃんなのね。ウッキーはね通称『猿田彦さるたひこ』って言ってね、猿だからウッキー。白いお髭のお爺ちゃんよ。優しいお爺ちゃんだから安心して。ちょっと変わってるけど。ふふふ」


 通称って。そっちが本名でしょうが。てか、お爺ちゃんか。変わったお爺ちゃん。う~ん。


「どうせだし、今ここに呼んでみる? 建美ちゃんも会って見たいでしょう?」


「い、いえ。今日はもうお腹いっぱいです。別の日で結構です。ありがとうございます」


「そう? あとはね、私の留守護は綾ちゃんって言ってね、イケメンなんだけど金の亡者でさぁ… どうしてあんな感じになったのか。小さい頃は可愛かったのにぃ。今度遊びにいらっしゃい。うちは観光名所にもなってるし」


「はい、ありがとうございます。竹島って船も出ているらしいですね。一度行ってみたかったんです」


「そうなのよ~。すっかり観光名所になっちゃって… って、ウッキーの所もみたいだけど。最近の御朱印ブームからのパワスポ、スピリチュアルでリトリート? からの〜インバウンド? 次々と流行りが来るから困っちゃうわ。まぁ、お参りしてくれるから私的にはいいのよ。でもねぇ~」


「ははは。結構流行りに詳しいんですね。すばらしいです。はい」


「ふふふ、うちの綾ちゃんがその辺り得意だから。色々とね」


 綾ちゃん。名前からして勝手に女子だと思い込んでいたイケメン綾ちゃん。会いたいような会いたくないような… 濃そう。


 ガラガラガラ。茶の間の引戸が鳴る。


「何じゃ、やはりまだ居ったか… 早う帰れ」


 タケル様は一応言った通りにお爺ちゃんを引き連れていた。


「おぉ、これはこれは、市姫殿。ようこそおいで下さいました。十五年ぶりぐらいですかな?」


「まぁ、まぁ! 建造? すっかりヨボヨボになっちゃって。久しぶりね」


「ははは。すっかり年老いてしまいまして。市姫様は相変わらずお美しい。いやはや、この通り足をやられてしまいましたわ。年ですな」


 お爺ちゃんとイッチー姫は知り合いのようで、仲良く世間話をしている。一方、タケル様はムッスリ顔で一人でお茶をすすっていた。

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