第8話 お出かけ

「それより、わざわざ愚痴を言いに来たわけじゃないだろ? 何しに来たんじゃ」


 タケル様はイッチー姫を見据えると、早く本題を言えと眼光が鋭い。


「え~、やっぱりわかっちゃう?」


「当たり前じゃ。久方ぶりに連絡が来たと思えば… どうしたんじゃ?」


 イッチー姫は言い辛そうに口ごもるが、少~しずつ話し出した。


「あのね、実は、穢れを祓うのを手伝って欲しくて… ね」


 ん? あれ? さっきの綾ちゃんはどうしたんだろう?


「留守護は?」


「あ~、綾ちゃんね… それが~」


 イッチー姫いわくはこうだ。


 イッチー姫の神社は毎日のように観光客が押し寄せるので、特に神無月の時期は、穢れを祓うのを参拝客がいない明朝にやっていた。

 それがいつしか、二日分まとめて、三日分まとめてと、忙しいのを理由に貯めては祓いを繰り返すようになっていた。もちろん留守護である綾ちゃんにも『あまり穢れを貯めると良くない』と釘は刺していたが…

 毎年それで何とか乗り越えて来たので、大丈夫だろうと綾ちゃんもイッチー姫もタカを括っていた。

 が、今回、あまりにも動かないので綾ちゃんに祓うように言ったのだが『社務所の事務処理が忙しい』と、御勤めを後手後手に回すようになった。

 現在は十日分の穢れが溜まっていて、ちょっとイッチー姫でも手に負えなくなりそうかな~と危機感を覚えて、タケル様に助けを求めて来た。

 と言う訳でした。


「はぁ~。何をしておるんじゃ。神が留守護に遠慮してどうする」


「でもね、綾ちゃん、神社わたしの為に頑張ってるんだし~。だから強く言えなくって…」


「しかし、お前の獲物じゃろうて。それに十日か? そんなに鬼を同じ場所に留めていい訳なかろう? 参拝者にも影響が出るぞ?」


「それは分かってるんだけど… ターくんなら、武神だし、チョチョイのチョイってやってくれるかな~って」


 武神? タケル様ってそんな感じ? てか、他の担当場所って行っていいの?


「あの~、管轄と言いますか、自分のテリトリー以外で祓い? をしても大丈夫なんですか?」


「あぁ、建美ちゃん。そうねぇ、普通はダメだけど。今回はそこの主人あるじであるわたしがいいって言ってるからOKなのよ」


 へ~。じゃぁ、タケル様行けるんじゃない? とタケル様を見てみる。


「何じゃ? 建美。助けろと言うのか?」


「う~ん。だって困ってるんでしょ? 同じ近江国の神様じゃない。行ってあげたらどうですか?」


 タケル様はすんごい驚いた顔で私を見る。


「おい、建美。タケル様の御意志に添うのが留守護じゃ。余計な口出しはするな。申し訳ございません、タケル様」


 横で話を聞いていたお爺ちゃんに怒られてしまった。


「よい、建造。そうか… 建美はいいんじゃな? 我が行って、本当にいいんじゃな?」


「ん? いいですよ。今日は鬼が出現したと連絡もないようですし…」


「ほぉ~」


 今度はタケル様が悪い笑顔で私に微笑む。


 ん???


「や~ん、建美ちゃん! あなたいい子ね! ありがとう」


 と、私はぐわんぐわんと揺さぶられながらギャル神に抱きつかれた。お爺ちゃんは『はぁ~』と深いため息をついている。


「あい分かった。祓いを手伝ってやろう。しかしコレは高くつくぞ」


「わかってるわよ~。やった~。じゃぁ、早速準備しなくっちゃ! っと、明日の朝、そうねぇ日の出の七時頃うちまで来てくれる?」


「うむ。建美、分かったな?」


 ん? タケル様? 『うむ。建美』って?


「へ? 何で私?」


「はぁ? 何を寝ぼけた事を言っておる。我の留守護はお前じゃろ。建美も行くんじゃ」


「いやいやいや、私が行くとか聞いてない。それに朝とか無理ですって。イッチー姫、私、学校があるんですけど」


 てか、私も行くとか知らないし。何で? 手助けだけならタケル様だけでいいじゃん。


「あっ! そっか… う~ん、じゃぁ、今日の日没辺り? 夜になるとダメだしぃ…じゃぁ今日の四時頃来てくれるかな?」


「えっ?」


 はい? 私が行くのは決定なの?


『うん』と頷いたタケル様を見たイッチー姫は『じゃぁね~』と、早々に鏡の中へ消えて行った。


「え~! マジで私も?」


「何じゃ? お前が行けと言ったんじゃろ。今更遅いわ」


「そんな~。私も行くなんて聞いてない。手助けだからてっきりタケル様だけかと… もっと早く言って下さいよ~。タケル様の意地悪~」


 てか、私も行くって事は御勤めをするって事だよね。あのコス… え~やだ~。こんな事なら『いいよ』とか言わないのに。


 ぶつぶつ文句を言っている私を余所に、タケル様とお爺ちゃんは神社の拝殿へ向かって行った。


 私は大急ぎで正装と言う名の部屋着を洗濯する。これ、ここ二日洗ってないしね。は~、コインランドリーに走らないと… とほほ。



 夕方になり、私は茶の間の鏡の前に靴とスティックを持ってタケル様と並ぶ。


「では、行って来る。建造、何かあればこのたまを鏡にかざせ。あっちの鏡と連絡が取れる」


 タケル様は勾玉まがたま? っぽい珠をお爺ちゃんに渡した。


「わかりました。お気をつけて。建美、しっかり御勤めするように」


「ふぁ~い」


 念願の鏡に入れるのに… どうにも気が乗らない。ぐすん。


「建美、入りたがっていた鏡じゃないか、もっと喜べ。それに他の神社なぞこんな機会がない限り行けんしな」


「そうは言っても… てか、他の神社に行けないって何でですか?」


「留守護は自身の祀る神の力が宿るじゃろ? 匂いというか何と言うか、神の御印みしるしが付くので他の神社に行っても弾き返される事がある。つまりは入れん」


「え~、そんな制約あり? じゃぁ、今回はイッチー姫の御許しがあるから行けるとか?」


「あぁ。そんな所じゃ」


 ふ~。てか、あわよくばこのまま弾き返されないかな~なんて思っいるとタケル様と私は鏡の中に吸い込まれた。


 ぐるぐるぐる。


 パッと、目を開けると、鏡の中? なのかな? 真っ暗な広い空間が上にも下にも横にも広がっている。足元には細い細い光の線が見える。


「建美、我の手を離すなよ。迷子になれば現世うつよに戻れぬぞ」


 ひぇ~。戻れないとか。


「現世って私のいた家とか神社とかある世界ですか?」


「そうじゃ、ここは現世と… つまり今世と来世の狭間じゃ。お前達の言う天国や地獄、彼岸ひがんの世と呼ばれる世界じゃ」


「彼の世…」


 ブルブルと急に怖くなって来た。鏡にシュッて、あんなファンタジーな感じが急にダークだ。


「パッと瞬間移動するんじゃないんですね。結構歩くんですか?」


 足元に見えていた光る道に降り立ち、靴を履いた私はタケル様に手を引かれて歩いている。


「そんなには歩かんじゃろ、言うても地上でも近所だしな。ここは我ら神か共に来た者しか入れんからな。たまに迷子まよいごおそって来る事もあるが… まれじゃし大丈夫だろう」


 迷子って。まさか、ここで手を離しちゃった人とか? う~。


「お化け屋敷みたいですね。暗過ぎて…」


「ははははは。建美、お化けが怖いのか? 鬼と対峙しとると言うのに」


「だって… って、お化けって居ないの? あっ、でもそうか… いわゆるお化けってもしかして鬼の事?」


「ははははは。お前もまだまだ子供じゃな」


 光の道の先に光るもんがついた小さな祠が見える。


「あそこじゃ。着いたぞ」


 タケル様はどんどん光の中へ進んで行く。目が開けられないくらい眩しい。手、手、手だけは離さないようにしないと。


「もういいぞ」


 と、タケル様の腕にしがみついている私は神社の祈祷所の部屋の中に立っていた。私は急いで靴を脱ぐ。


「いらっしゃ~い。建美ちゃん! ようこそ都久夫つくぶ神社へ」


 笑顔で出迎えてくれたのはイッチー姫だ。


「留守護は?」


「え? 社務所じゃない?」


「はぁ? 早急に呼んで参れ」


「え~。綾ちゃん忙しそうなんだけど」


「お前ん所の問題じゃろ? 今なら参拝客も引いておろう」


「ん~、そうだけど…」


「早う、行かんかぁ!!!」


 タケル様は早々にイラついたのかイッチー姫に大きな雷を落とした。


 こんなピリピリで、今から大丈夫なの?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る