第6話 諦めないからね
「では、始め!」
タケル様の掛け声で勝負が始まった。私が出来るのは『盾』だけ。要は、橘さんの攻撃を防げばいいって事だよね?
『
『盾』
やっぱり橘さんは号令と共に攻撃をしかけて来た。弧状の小さな風の刃が二枚飛んで来る。
「あっぶな~。すぐ『盾』出して正解だった。ふ~」
風の刃は私の盾に当たるとボヨヨ~ンと跳ね返り、スピードを増して橘さんに向かう。
「なっ!!!」
いきなり跳ね返って来た刃に驚いたのか、橘さんは『盾』を発動できずに正面から自分の攻撃を受けてしまっていた。
「止めぃ」
「タ、タケル様。今一度、もう一度お願いします」
橘さんは悔しそうに唇を噛みながら私を睨んでくる。
「橘、今ので十分じゃ。跳ね返されたと言う事はお前より建美の方が神力は上。昨日今日『言の葉』を始めたばかりの建美に負けたんじゃ。認めてはどうじゃ? まさか、手を抜いたりはしてないじゃろ? 真剣勝負だしな~油断したお前の負けじゃ」
「くっ」
「建美、よくやった。橘、わかったな?」
「ええ。今回は『代理』ですしね… 諦めます。しかし、次代を決める際はまたお話し合いをして頂きたいと思っておりますので。建美さんもよろしくお願いしますね」
ははは。次代って。よっぽど『留守護』が魅力的なのか、プライドなのか…
「あはは、はい。その時はまたタケル様を交えてお話ししましょう」
「ははは。そう言っていられるのも今のうちですよ。正直、建美さんを侮っていました。しかし、私はともかく私の息子は私より神力が高いですからね。せいぜい今の内に『留守護』役をがんばって下さい」
橘さんは、土埃を簡単に払いながら捨て台詞的な文句を言ってくる。
「残り少ないですが、代理としてがんばりま〜す」
タケル様は結果がわかっていたのか、涼しい顔で拝殿に閉じ込めている鬼を見ている。いつの間にか、お爺ちゃんも少し離れた所でバトルを見ていたようだ。こっちにゆっくりと向かって来ていた。
「では、タケル様。また何かございましたらお声がけ下さい。我らはいつでも応じますので」
「あぁ。ご苦労だった。どうする? 電車で帰るか? まだ時間があるから鏡で送ろうか?」
「では、お言葉に甘えて。お願いします」
え~! めっちゃ羨ましい。鏡で移動するんだ! 私もやってみたい!
「建美さん、顔に出ていますよ。鏡は遊び道具じゃないんです。タケル様の素晴らしい御力のおかげで~」
「は、ははは。嫌だな~橘さん。ちょっとだけ興味があるだけですって」
よっぽどワクワクが態度に出ていたのかな。ちょっと恥ずかしいな。
「あはは。建美、また機会があるじゃろうて。それまで楽しみにしていろ。あとな、そこの鬼は橘を送って行ったら始末をつけるぞ。用意しておけ。半刻もあれば帰って来るから」
「は~い」
タケル様と橘さん、私、こちらに来たお爺ちゃんで再び母屋へ向かう。
「橘殿、今日はどういったご用向きで? 本殿で雑事をしておりました。お相手が出来なくて申し訳ない」
途中から私達のバトルを見ていたであろうお爺ちゃんは、何となく分かっているんだろうけど、わざわざ橘さんに聞いている。
「あぁ。タケル様に伺いました留守護代理の建美さんに、ぜひ直接会ってご挨拶をと思いまして」
「それはわざわざ申し訳ない。して、先程は力試しをして頂いたようで。どうですかな? 橘殿から見て建美はやれそうですかな?」
「あはははは。そうですね… 元気なお嬢さんで… 今度、うちの息子にもぜひ会って頂きたいですな」
うわ~。橘さん、あれだけ私に敵意むき出しだったのに、お爺ちゃんの前では営業スマイル半端ない。てか、息子って、ソツがないな。
「ははははは、お恥ずかしい。なんせど田舎のじゃじゃ馬ですから… ご子息に合うかどうか」
「ははははは」
「ははははは」
…
そう言うと、橘さんは一礼してタケル様と鏡の中へ消えて行った。
「ふ~。油断も隙もないな、橘め。息子だと? 確か成人しているはず。あんなドラ息子に建美はもったいないわ! 建美、塩まいとけ」
お爺ちゃんはプンプンしながら、また神社の方へ戻って行った。
「はぁ~。何とか乗り越えられた。そうだ! 鬼退治があるんだった。用意しないと」
私は自分の部屋に戻りあの正装に着替える。
「う~。今日、終わったら洗濯しよう… せめてエプロン以外は何でもいいとかにならないかな」
お茶の間でタケル様の帰りを待っていると、いつものごとく次郎が来た。
「うっす。今日の晩飯何?」
次郎は部活道具を置きながらちゃぶ台の側に座る。
「今日ね、この後『御勤め』があるからちょっと晩御飯は遅くなるかな」
「へ~、早速か。俺も見学してもいい?」
「う~ん。どうだろう? タケル様に聞いてみて」
「あぁ。それよりご飯何? 昨日は肉入りコロッケだったし、魚か?」
「う~ん」
実はまだ悩み中。ぶっちゃけ面倒臭くなって来た。鬼退治の後に御飯の用意とか…
「仕込みだけしておこうかな。鯖の味噌煮だよ」
「おっけ~」
次郎はそのままお茶の間で寝そべり漫画を読み始めた。
「おっ! 次郎、来ておったのか?」
ちょうどその時タケル様が鏡の中から帰って来た。
「はい。お邪魔しています。あぁそうだ、タケル様、今日の『御勤め』見学してもいいですか?」
「あぁ、何なら、お前も手伝うか? 久々に腕をふるわにゃ鈍ってしまうぞ?」
「いいんですか? やった~!」
「よしよし。建美~、今帰ったぞ。早速やるか?」
「あぁ、お帰りなさい。ちょっとだけ待って下さい。後五分程」
「ん? これはいい匂いじゃ。よしよし、夕飯の為じゃ。我はいくらでも待つぞ」
三人は今、拝殿の前に来ている。私は正装プラスゲートボールのスティックだ。
やっぱダサい。誰も居ないとはいえ、恥ずかしい。うん、早く終わらせよう。
「では、今から神社の周辺に結界を張る。これで他の者には見えなくなる。万が一を考えてな。建美や次郎の姿も見えなくなるから、急な参拝者が来ても問題ない」
「へ~。もし参拝者が居たら巻き込まれたりしないんですか?」
「大丈夫じゃ。結界が貼ってある時は境内へは入って来れない。『何だか行きたくなくなった』と思わせて、回れ右をする」
便利~。じゃぁ、問題ないね。
タケル様が『
「では、御勤め前に建美と同化するぞ。我を呼ぶんじゃ」
「呼ぶ? どうやって?」
また祝詞でも詠むのかな?
「『来てくれ』と我の名前を呼ぶだけでいい」
ん? 簡単過ぎない?
「ちなみに、お爺ちゃんは何て言ってるんですか?」
「建造は『
やっぱり丁寧な言葉? 神様だもんね。
う~んう~んと考えているとタケル様がニヤッと笑う。
「別に難しく考えなくていい。建造の真似でも良いが、建美らしい言い方の方が良いぞ。同化の速度や精度が違ってくる。言葉は力を持っているからの。『言の葉』がいい例じゃ」
本当に? 失礼とかにならない? う~ん、これ以上考えても出てこないしな。よし、これでいいか。
「では失礼して。ごほん。『おいでませ、タケル様』」
「応」
と、答えたタケル様はすっと姿を消した。
『よし、建美、これで我と同化できたぞ。早速じゃが、今日の鬼は少し小柄での。チョロチョロと動きが速い。気をつけるんじゃぞ』
私の頭にタケル様の声がダイレクトに響く。
「わかりました」
『次郎、構えておけ。一発目はお前が先導してやれ』
「了解しました」
私の横で、戦闘体制にないっている次郎。手には大きな
「え? 次郎、いつの間に! てか、目が!」
「ん? あぁ、それより構えろ。建美の方へ誘導するから、思いっきり叩けよ」
「え、え、うん」
今になってちょっとだけ震えて来た。こんなマジマジと鬼と対峙するのは初めてだよ。
『では、参る。『解』』
タケル様が拝殿の結界を解くと、鬼は歯をむき出しにして飛び出して来た。
次郎が大きな団扇を一振りし小さな竜巻を起こす。
すごい。
鬼は風に運ばれ、私の近くに進んで来た。
こ、これを叩くんだよね。ふー、ふー、スティックを握る手に力が入る。
『よし、建美、眉間を狙うぞ。そこが鬼の急所じゃ。行くぞ!』
「はい」
タケル様と同化しているせいかやっぱり身体が軽い。
鬼は風に煽られながら右や左にチョロチョロ動きながらも、目は私を見ている。
『そりゃ』
スティックをおおきく振りかぶってジャンプしたその時、鬼が何かを放って来た。
「うわっ」
『盾』
私は攻撃が避けきれないので両手を顔の前で組んで迎え撃とうとしたが、タケル様が瞬時に『盾』を発動させてくれた。
ボヨ~ン。
鬼は自分が放った攻撃を逆に受けそうになり、咄嗟にかわしたせいで横へ大きく吹っ飛んだ。そこへ、次郎が『
『次郎、ナイスじゃ。建美トドメを刺すぞ』
「はい」
動かない鬼をバチコーンとやり、今日の御勤めは終了した。
「ありがとう。次郎。めっちゃ強いじゃん! すごい!」
「タケル様に比べればどうって事ない。こんなぐらいであんま褒めるな、逆に恥ずい」
「いやいや、すごいよ。てか、その目、綺麗だね。黄色? 天狗仕様なの?」
「ん? まぁ、天狗の力を出そうとすると目がこうなる」
次郎の目をよく見ると中心が縦長の線が入っている。何気にかっこいい。
「よし。建美、今日はこれで仕舞いじゃ。飯にしよう」
タケル様は同化を解いたのか子供の姿で出て来ている。
「そうですね」
それからあ~やこ~や言いながら三人で母屋へと帰った。
は~。何とかやれた。良かった。でも、やっぱり、二回目だけど、ドキドキが止まらない。
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