第5話 橘さん

「建美。すまんが昼から我は出かける。大津の方へ行ってくる」


 タケル様はそう言うと、神様通信機の鏡に向かって誰かと話しをしている。


「は~い」


 でも、大津って? 聞いてもいいのかな? てか、どうやって行くんだろう?


「じゃぁ、留守を頼んだ」


 と、私はタケル様とお爺ちゃんとの間に入る。


「大津のどこに行くんですか?」


「あぁ… 建大社たけるたいしゃじゃ。一応あっちの神主に事情を話して来ようと思ってな。あとは、草津の方で鬼が一体出たそうじゃから、ついでに回収してくる」


「どうやって行くんですか? 電車とか?」


「あはは。電車は乗った事がないのう。心配いらん。各神社の鏡で移動出来る」


 ???


 ハテナな私にタケル様はニヤッと笑って鏡の前に立った。


「まぁ、見ておれ」


 と、タケル様が『建大社』と唱えると、ぼやーと薄く光ってシュルシュルと鏡の中にタケル様の身体が吸い込まれた。


「おぉファンタジー! すごい! 漫画じゃん! てか、超便利だね。お爺ちゃん。私も出来るのかな?」


「どうかな? 儂は鏡で移動した事がないしな」


「そうなんだ~。タケル様が帰ってきたら聞いてみようっと。そうだ、お爺ちゃん、私昼から暇なんだ。何かある?」


「自主練したらどうだ? そう言えば次郎がまた来ると言っていたぞ」


 ゲッ。次郎か。毎日毎日。自分家じぶんちで夕飯食べればいいのに。まぁ、次郎のおばちゃんが色々食材を持って来てくれるからいいけど。お歳暮の時期は、カニとか肉をいっぱいくれるから嬉しいんだよね。


「自主練もいいけど、いい加減、この正装と言う名の部屋着を洗いたいんだよね」


「しかし、さっき草津で鬼が一体出たと言ってたから、夕方は御勤めがあると思うぞ」


「そうなんだ。はぁ。今日の内にやるのか… 気が進まないなぁ」


「まぁ、そのうち慣れるだろ」


 お爺ちゃんは松葉杖で神社の方へ行ってしまった。私は、暇になったしいつもの休日仕様に戻るか。そう、昼寝です。


 うとうとと二時間ほど寝た後、三時過ぎに茶の間へ行くと、知らない人が正座していた。


「え? 誰?」


 渋いスーツのイケオジは私を見ると、上から下まで目で確認してようやく立ち上がった。


「はじめまして。私は建大社の当代神主の橘です」


「はい。こんな格好ですみません。建神社の建美です。お、お爺ちゃん呼んで来ますね。どうぞ、座って下さい」


「あぁ。お気遣いなく。私はあなたに用があって参りました」


 え~。私? てか、タケル様は?


「私ですか? じゃぁ、どうぞ。今、お茶を入れますので」


 私は急いでお茶の用意をする。ちょっと、プチパニック状態だ。何でまた大社の人が私に。


「どうぞ。粗茶ですが」


「あぁ、ありがとう」


 さっきから一切笑わないこの橘さん。お茶を一口飲むとさっそく本題に入った。


「先程、タケル様より建美さんの事情を伺いまして、無理を言ってタケル様にこちらへ連れて来てもらいました」


 は? いつ? 私寝てたけど。もぉ、タケル様ったら声かけてくれればいいのに。


「それは重ねてすみません。大分お待たせしてしまって」


「いえいえ、無理を申したのは私ですので。タケル様は今、鬼を回収しに草津へ行っています。それでですね、私からの提案なんですが、建美さんはまだ高校生でしょう? 今回、代理とはいえ建美さんにとって、日常生活でかなりの負担になるのではないかと。ですので私が留守護代理になろうかと思いまして。いかがでしょう?」


 いかがでしょう? って。そりゃ、私は願ったり叶ったりだけど。

 これってどうなの? 私が決めてもいい事なの?


「はぁ… そうですか。タケル様はこの事ご存知ですか?」


「タケル様にはまだこの事は申し上げておりません」


 ん? 謎。なぜに話を通していない。橘さん、何か思惑があるのかな?


「では、私の一存では決めかねます。みんな揃ってから話すのはどうでしょう? タケル様ももう直ぐ帰って来るんですよね? それにお爺ちゃんも呼んで来ますよ?」


「いやいや。あのね、建美さん。うちとあなたの神社の歴史はご存知ですね? 本来、タケル様の助力をするのは私共だと思うんですよ。これはいい機会ではないでしょうか? 建造殿もお年のようですし、次代も居ないようですしね。私としては、今回を機に戻せばいいのではないかと思いましてねぇ。一応現在、建美さんは留守護代理ですので、一番に話をさせて頂いただけです。はっきり言えば、この話にいなは無いんですよ」


 涼しい顔の橘さんは一気に私をまくし立てると『もう決まった話』と言ってくる。


「いやいやいや。おかしいでしょう。タケル様の意思は? どっちが正しいとか関係なくないですか? 留守護っていう役はタケル様が居て初めて成り立つモノなのに。勝手に我々が決めていい事ではないと思いますが?」


「はぁぁぁ。あなたも解らない人ですね。ヤマトタケルの神は本来のやしろに居るべきだと言っているのです。あなたにとってもいい話だと思いますよ。実際、鬼は怖いんじゃないですか? 『ビビっていた』とタケル様より伺っています」


 そりゃぁ、ビビるよ。鬼だぜ? 初めてづくしで急展開な感じでちょっと他人事な感じはあるけど、でもそれとこれは違うよね。


「しかし、私はやっぱりタケル様に意見を聞くべきかと。てか、もし私が『いいですよ』ってなった場合、どう言う風にタケル様へ話を持って行くつもりですか?」


「あぁ。それは『あなたがどうしても変わって欲しいと懇願した』と。でなければタケル様は納得されないでしょうから」


 ははははは。こいつ。もうこいつでいいや。こいつ、始めから『留守護』を奪う気だったんだ。そんなにいいのかねぇ。でも、これはなんかムカつくし。やっぱり筋が通ってないから却下一択だな。


「いやいや、橘さん。もう一回言いますがこれはみんなで話す事です。それに『懇願』って。しれっと嘘つかないで下さい」


 若干、青筋立てている橘さんはお茶をガンッとちゃぶ台に叩き置いて、大きな深呼吸をした。


「話になりません。タケル様には私が話しておきます。では」


 と、勝手に話を終わらせて帰ろうとする。


 これはあかんやつだ。ここで帰らせたら、有る事無い事言ってタケル様を丸め込むな。


「橘さん、大人になって下さい。それは悪手あくしゅです。タケル様との信頼が崩れますよ」


「はん。小娘、もうちょっと頭を使え。大人の世界ではどうとでもなるんだよ」


 ニヤッとした橘さんはさっさと玄関へ向かう。


「おぉ! もう帰るのか? 挨拶は終わったか?」


 ナイスタイミング! のほほ~んとしたタケル様が玄関を開けた。


「「タケル様!」」


「何じゃ? 息がぴったりだな。ははははは」


 このオヤジに先越されたらダメだ。


 でも、相手は一枚も二枚も上手だった。橘さんは私を自分の背中でさえぎり、タケル様に見えないようにすると一気に話しかける。


「タケル様。先程、建美さんより『留守護代理』を変わって欲しいと提案がありまして、私は受けようかと思います。まだこんなに可愛らしい少女です。私も忍びない。いかがでしょう?」


 タケル様は橘さんの影からひょこっと顔を出して私を見る。


「ほぉぉぉ。そうなのか…」


 私は橘さんの影から思いっきり首を横に振りまくる。


 そんな私を見てニヤッとしたタケル様は、それ以上は何も言わずに橘さんと私に神社の拝殿へ来るように言った。


「橘、建美、今から力試しをしてもらう」


「タケル様、そんな事をしなくても私は快く留守護を引き受けますよ。それに勝負などしなくとも、どちらがまさっているか分かりきっていると思いますが?」


 橘さんは自分が勝つと思っているらしい。


「まぁ、そう言うな。こう言う事は明確にした方が後々遺恨いこんも残りにくい」


「しかし… いや、わかりました」


「建美もそれでいいな?」


 私は無言でウンと頷いた。


「そうじゃな~、よし。戦闘が一番分かりやすいな。勝負は一分間じゃ」


 は? 一分? そんな短いの? それでどうにかなるの? てか、戦闘って… 痛いのとか嫌なんだけど。


 私が眉間にしわを寄せて考えていると、タケル様は問題ないとニコニコしている。何か考えがあるんだろうか?


「では、お互い向き合え。我は助力せんからな。橘にとってはハンデになってしまう。建美、自分でやれる所までやってみろ」


 え~、本当に大丈夫? 怪我とかしない?


 私は橘さんに渋々向き合う。


「建美さん、今ならまだ間に合います。こんな茶番は止めませんか? あなたが私に留守護役を譲ってくれれば話は終わるんですがね?」


「いえ、問題ありません。やってみましょう」


 私は腹をくくって戦闘態勢? に入る。う~ん。今更ながら戦闘出来ない… タケル様の『礫』を見た事あるけど、やった事ないじゃん! 攻撃系の言の葉を習ってないよ~。どうしよう。

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