第4話 盾

「それでは、建美。始めるぞ」


「はい」


 翌日、私とタケル様は神社の本殿裏の林で『言の葉ことのは』の練習を開始した。


「まずは言の葉じゃが、一般的には歌や和歌を指す意味なのは知っているか?」


 私はブルブルと横に首を振る。


「そうか… ま、そうなんじゃ。それで、神力を使う時に唱える言葉も我らは『言の葉』と呼んでいる。実際、昔の和歌には『神力』を引き出す文言もんごんも入っているしな。それはまぁ、今は置いておいて。我らが使う『言の葉』は今で言う『呪文』みたいなもんじゃ。ほれ、お前が良くするげーむで三角帽子の杖を持った者が唱えとるやつじゃ」


「あ~、魔法使いの呪文ですね。わかりやすいです。てか、タケル様ってゲーム知ってるんですか?」


「お前が学校に行って居る間にな。少しぷれいした事がある。ごほん、話を戻すぞ。言の葉には色々あってな、代表的なのは、我が同化している時に神力を補助したり強化する言葉だな。今日教えるのは誰もが一番初めに習う言の葉じゃ。恐らく、建美自身の神力は強いから、これは建美だけでも発動できるじゃろう」


「はい」


「よし、我の横に来い。そして我の真似をして一度やってみろ」


 私はタケル様の横に立ち同じ姿勢を真似する。タケル様は右手の人差し指と中指の二本を揃えて自身の額を押さえ、シュッと目の前の地面に向かって一線を空に書いた。


たて


 すると、目の前に薄い氷のような透明な壁が出来た。まるでガラスの盾だ。軽く三メートル四方はありそう。


「ほれ、建美の番じゃ。心の臓とヘソに力を入れろ。それで指先に全神経を集中させるんじゃ」


 私は言われた通り、お腹にグッと力を入れ、心を落ち着かせる為に深呼吸した。よし。指に集中、指に集中。


 シュッ。


『盾』


 …


 って、当たり前か。何も出てこない。


「ほれ、何度もやれ。練習あるのみじゃ」


 それから何十回と空振りしながら言の葉を繰り返した。一時間ぐらい経った頃、現れたのはボヨヨ~ンと水のように揺らめく薄い壁。四方は一メートル有るか無いか。私の盾は十秒ぐらいで消えてしまった。


 …


「まっ、最初はこんなもんじゃ。がっかりするな。しかし、初日に出来ただけでもすごいんじゃぞ! 大体は何日か練習して出来る様になるんじゃから。な? 練習じゃ。ほれほれ」


 ガックリ肩を落とした私は、気合いを入れ直して『盾』の練習を続行した。タケル様は時折、コツを教えてくれたり姿勢を注意してくれて、昼頃には二メートル四方のボヨヨン水壁が出来るようになった。


「はぁ、はぁ。タケル様。何で私の壁はタケル様のような頑丈な感じにならないんですか?」


「う~ん。これは元々持ち合わせた神力の質にもよるしな。水面のようで美しいではないか。何ぞ不都合なのか?」


「え~。氷みたいなのが完成系じゃ無いんですか? この水状だと貫通しませんか?」


「完成系? 違う。『透明の壁』が完成系じゃ」


 そうなんだ… 私の壁ってこれでOKって事?


「何だ? 信じられんか? では、その場から十メートル程下がってみろ」

 と、タケル様は私の水の壁に向かって何かを放った。


つぶて


 タケル様から出た石みたいに小さな光の弾が私の壁に当たる。すると、ボヨヨン壁はトランポリンの様に弾を受け止め、弾き返した。


「「おぉ!!! 」」


 タケル様も予想外だったのか、その様子を見てニヤッと笑いながら驚いている。


「これは! 凄いじゃないか! 弾き返すのか。一石二鳥じゃな。しかも弾き返された『礫』の威力が上がっている」


「そ、そうなんですか? 攻撃にもなるって事ですか?」


「あぁ。弾き返される事を考えれば、次の攻撃もされ辛くなるしな。いい壁じゃ。我の『盾』は当たった瞬間に攻撃が消えるからな」


「消えるんだ。吸収されるのかな? って、これってありがとうございます? なのかな? まっ、いっか。出来たんだし」


「あほう。これは我が力加減をしているから壁が消えなかっただけじゃ。自分より神力が上の者には壊されるぞ」


「壊れる? タケル様のだとパリンと割れるとか?」


「あぁ。攻撃で壊れてしまうから。次々と壁を発動しないと攻撃を防げなくなる。相手が上手うわてなら続け様に攻撃して来るじゃろうし」


「そうなんですね…」


「まぁ、まだ初日じゃ。これからがんばればいい。それに代理じゃしな。これぐらいできれば十分だ」


「はぁ、はい」


 う~ん。納得いかない。負けず嫌いな性格が出てしまう。もっと、もっといい『盾』って、気だけが焦ってしまう。


「よし、飯にしよう。神力は身体に負担がかかる。飯をいっぱい食わねば」


「ご飯? 体内エネルギー的な?」


「ん? う~ん、多分」


 って、曖昧だな。タケル様は首を傾げながら、私と母屋へと帰る。


 そう、昨日の今日で、タケル様は神社の本殿からこっちの母屋へ引越しをして来たのだ。しかも本殿の神棚の鏡を持って。そんな大事な物を持って来ないでと言ったんだけど、『これは伝令具だから鬼や穢れが出た時に知らせが来るから手元に置きたい』と言っていた。『お前たちのスマホみたいなもんじゃ』と神様達の通信機らしい。


「建美、今日の昼は何じゃ?」


「夏の残りのそうめんです。季節外れですけど、賞味期限が近くて… すみません」


「よいよい。我はそうめんは好きじゃぞ。かいわれ大根とキュウリを頼むぞ」


「はいはい。タケル様って意外とグルメですね。タケル様の主食? って神棚のお供え物ですか?」


「あぁ。みさ子が居た頃はめしの他に色々作ってくれたからな。建造も建美が作ったおかずを添えてくれていたぞ?」


 あ~、お婆ちゃん。


「お婆ちゃんって始めからタケル様を視えたりした人なんですか?」


「みさ子は昨日も言ったが巫女シャーマンの血が濃くてな、幼い頃から霊や黒いモヤをよく視ていたそうじゃ。恐らく、我の事ははっきりとでは無くとも感じては居たんじゃないか? ここの嫁に来てからは我の方から姿を見えるようにしたしな」


「そうなんだ」


「あぁ、懐かしいな。みさ子がこの神社に来た時、泣いて喜んだんじゃ。悩まされていた変なモノが居ない、澄んだ空気で息がしやすいってな。ここには我が居るからな。居るだけで空間が浄化される」


「居るだけで浄化て。ぷぷ。鬼清浄機的な? てか、お婆ちゃんも苦労したんですね」


「そうじゃなぁ。だからお前の母… あっ! 忘れておった。天カスも欲しい」


 えっ。今、あからさまに話変えたよね?


「タケル様、お母さんが何? バレバレなんですけど」


「ん? 何の話じゃ? 我はそうめんの具について… その… 建美にとって辛い出来事を口走ってしまったな。すまん。今のは忘れろ。そのうち母親の事は話してやる」


 タケル様は私に気をつかたのか、苦笑いしながら私の手を握る。


「お母さんもお婆ちゃんの血を引いていたとか? シャーマン的な?」


「うむ。みさ子の娘だしな。ま~、細かい事はまた今度だ」


 納得いかないけど、今ゴネてもこの感じは話してくれないよね。多分。


「わかりました。今度絶対ですよ」


 私は家に帰るなりお昼の用意に入る。


 お母さん。か。


 お母さんは私が小さい頃に事故にあったと聞いている。お父さんも同じ事故に巻き込まれたそう。私はまだ幼かったから、記憶にあるのはお爺ちゃんとお婆ちゃんとの日々だ。ぶっちゃけ、お父さんとお母さんは写真でしか知らない。幼稚園の頃とか、友達の両親に羨ましい気持ちもあったけど、今は何とも思わない。タケル様は気を使ってくれたけど、思い出がほとんど無いので、それほど心にズキッとは来ないんだよね。


「タケル様は昔からずっとここに居るんだよね。お母さんの事も知ってて当然か。今度、色々教えてもらおうっと」


 私はそうめんをちゃぶ台に運んで、みんなを呼ぶ。


「お爺ちゃん~タケル様~、お昼出来たよ~」


 おう、とみんなが茶の間に集まった。


「「「いただきます」」」


 ずるずる、ちゅるちゅるとそうめんのすする音と、争奪戦がまた始まった。そう言えばタケル様ってよく食べるよね? そんなに焦らなくてもまだあるのに。


「タケル様、まだまだあるから。そんなに急いで食べなくても大丈夫ですよ」


「おぉ、そうか? 目の前に大皿で、しかも分け合う感じが、どうしてもな。戦闘態勢に入ってしまう。ははは」


 もう。お爺ちゃんもつられてそうめんを口いっぱいにかっこんでいる。


「それより建美。どうだ? 出来そうか?」


「うん。多分。『盾』? ってのは出来そうかな」


「ほぉぉ。もう出現させたのか?」


「うん。まだまだボヨヨンだけど」


「ボヨヨン? 何だそれは?」


「う~ん。私の『盾』って水面みたいにボヨヨンってしてるの」


「そうか。ま~、出来ただけでも上々だな。これで身を守れるようになるしな」


「そうだね。お爺ちゃんも出来るの?」


「儂は神力があまり無いからな。タケル様と同化した時しか出来ない。だから、ほとんどタケル様の力のようなもんだ」


「そうなんだ。じゃぁ、結構すごくない? 私」


「ははははは。そうじゃな。流石儂の孫だ。でも油断は禁物。気をつけないと」


「は~い」

 と、今日のお昼はそうめんを三人で二袋も食べてしまった。

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